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第2話 フリッツ教授。

「え?お前、婚約者がいるの?」


フリッツ教授が驚きの声を上げる。

「え?教授はいらっしゃらないので?」

当たり前のように切り返すと、教授がほんの少し傷ついたような顔をした。


どこに行ってもこの時期は舞踏会の話題だ。婚約者がドレスを贈ってくれたとか、迎えに来る、とか…

さっさとアカデミアに進んで経済学を専攻して、今度こそ誰にも邪魔されずに金儲けの方法でも考えようとほくそえんでいたアルレットは、アカデミアに来てもなお、社交界からは逃れられないことを、いまさらながら気が付いた。行かないけど。


「ええ。迷惑な話ですが…家同士で決めた婚約者がおります。どちらかと言えば、うちからの資産援助目的で、高位貴族の圧力を持ってなされた婚約ですがね。うちは子爵位で相手は伯爵位なんで。断れなかったようですよ?」

「…って…まるで他人事みたいだな?」


フリッツ教授の研究室を片づけながら、アルレットはいやいや答える。

「他人事にしたいですね…小さいころからたかり癖が付いていて、私からはもちろん、他の学生からまでお金を借りて、返さないし。親が…母親は恋人と家出し、父親は愛人と別暮らしして、廃嫡されてます。それで、じいちゃんがそいつを甘やかすだけ甘やかして育てた結果ですね。同情するなら、金払え!ですよね」

「ぷっ」

フリッツ教授が思わず吹き出して笑うのを、横目で見る。

「その度に、本人を締めあげましたが、お金は使っちゃった後だし、仕方なくじいちゃんに言って払わせていましたが…じいちゃんは孫を注意もしないし。」


アルレットは今度の講義で教授の使う資料を受講生分揃えながら、ため息をつく。

「婚約破棄してほしいんですけどね。うちの親もあきれていますし。」

「すればいいんじゃないの?」

教授が、二人分のお茶を入れながら笑っている。

茶器を扱う手も…綺麗なんだなあ。と、感心する。

「決定打がねえ…打てないんですよ。そのじいちゃんがなかなか食わせ物でね?ありとあらゆる手を使って、そいつのしでかしたことをもみ消してくるんです。本人のためになりませんよね?」


ひと段落したので、テーブルに着く。

アルレットはアカデミアに進むとすぐから、この教授の研究室でアルバイトを始めた。もう2年になる。人使いは荒いが、時給は良い。なにより、研究室にある蔵書が読み放題である。


教授の出してくれるお茶は美味しい。

アルレットは立ちのぼる香りに目を細める。


「そいつもね、小物なんですよ。賭け事して大負けするとか、どんと投資して詐欺にあうとか…そういう思い切ったこともしない。問題はそこ、ですよね。ちまちま知り合いに借金をして…お金を借りていることすら忘れちゃうような奴でして。」

「おやおや…こまごまとしたおじいちゃんが返せる範囲内の借金ならまだいいと思うしかないんじゃないの?」

「え?そうですか?じゃあ、教授なら許せますか?誰かれ構わず小銭をたかる婚約者。」

「……そうなあ、難しいかな。…とりあえず、今度の舞踏会は行くの?」

「…行きませんよ。私その日はお腹が痛くなる予定なので行かないと随分前に手紙を出してありますから。下手したら奴の作ったドレス代まで立替払いさせられるかもしれないのに…何を好き好んで…」

「……それは…中々すごい状況だね。アカデミアは王都からは離れた場所にあるでしょう?お相手はお前のことを心配しないの?」


そう、アカデミアはお隣の国と共同運営方式なので、国境沿いにある。アルレットが気に入っているのは、王都から遠く、すぐすぐ行けないので面倒ごとに巻き込まれないこともある。もちろん、純粋な向学心もあるにはある。来て2年だが、一度も帰っていない。


「心配どころか…兄の手紙によると、女の子がより取り見取りのようで、一応、伯爵家の嫡男ですからね。本人は私がいない方が伸び伸びできていいのでは?間違いの一つでもあれば…ふふふっ、破談になるんですけどね。」


優雅に紅茶を飲んでいた教授が、悪そうな顔のアルレットを見て苦笑いをする。


教授は…長く伸ばした金髪を緩く縛っている。瞳は驚く位綺麗なブルーだ。ほんの少したれ目が可愛らしい。カップを持つ指の長くてきれいなこと!


いつも教授の研究室に女子学生が押し寄せて、蹴散らすのに難儀するが、まあ、砂糖に蟻が寄ってくる、みたいな感じだろうか?

本人は自覚がないようだが、何かを垂れ流しているんだな。うん。

しかも聞いたところによると、侯爵家の三男坊らしい。なるほどなるほど。女の子がほおっておかないはずだ。本人はあんまり乗り気じゃないみたいだけど。女嫌いなのかしら?

しかも、論文が評価されて、領地無しだが子爵位もすでに得ている。

私は諸事情有って、社交界にはお邪魔していないが、この人、社交界でもきっと…。


まあ、下世話な想像は止そう。そう、アルレットはカップを持ったフリッツ教授を見て、一つため息をついた。


…顔のいい男は気を付けよう。






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