第1話 私の婚約者。
最初はたまたま、だろうと思った。
あれはまだ私が10歳ぐらいのころだ。相手の伯爵家嫡男のダニエルも同じ年。婚約してしばらくしてから、城下の祭りに誘われた。もちろん護衛は付くが。
沢山の出店、飲食店…棒に付いた綿菓子を持った私の婚約者が、私を振り返って言った。
「あ、アルレット?僕、お財布を忘れちゃった。」
綿あめを既に受け取ったダニエルが、たいして悪びれてもいない顔でそう言う。
うちは子爵家だが手広く事業をやっているので、お金に困ってはいない。常に、綿あめを買うくらいの金は持ち歩いている。
「あら、ダニエル様、その位でしたら。」
そう言って私は深く考えもせずにお会計を済ませた。奴の持っていたのは自分の分の綿あめだけだったので、仕方なく自分の分も買った。振り返ると…当たり前のように綿あめを食べるダニエルがいた。
…まだ、もしもよ?あれが二人分だったら、そんな考えが奴にあったら…
私もまだ幼く、純情だったのだ。
それからも同じような事象が起きた。
どうもお出かけのたびに、お財布を忘れる癖があるらしい私の婚約者。
それなりのお年頃になって、レストランに行ったときは、さすがに係に言って伝票を持ってこさせて、ダニエルにサインさせた。ツケ、と言うやつである。
毎回ご馳走になるのもどうかと思って、2回に一回は仕方なく払ったが。
学院の高等科に通うようになって、驚いた。
「あの…ダニエル様の婚約者の方ですよね?」
全く知らない女の子に、声を掛けられた。
「…ええ。そうですが?」
緊張した面持ちのその女子生徒が、ほっとした顔をする。どうもダニエルと同じクラスの女の子らしいな。
「…あの…私、先日ダニエル様に誘われてカフェに行ったのですが…」
あ…なんとなくわかった気がする。
「ダニエル様、お財布をお忘れになってしまって…」
自分で誘っておいて?しかも、婚約者がいるってのに、マメな奴だな。ほいほい付いて行くこの子もどうなの?
「立て替えておいて、と言われて、立て替えたのですが…」
未だに返してよこさない…ってわけですね。
「おいくらですか?」
私が聞くと、もじもじして女の子が答えた。
「…カフェは2000ガルドぐらいだったんですが、帰りに本屋に寄って頼んでいた本を取って帰らなければいけないとおっしゃいまして…」
クズだな。
「それで、全部でおいくら立て替えられたんでしょうか?」
「1万ガルドです」
「……」
あの男に、ほいっと1万貸す?
「分かりました。私が責任もって回収しておきますから。あなた、お名前は?」
「え?…マカリー男爵家のドロテと…申します。あの…」
ぱきっ、と指を鳴らして準備運動を始めた私に、ドロテさんが何か言いかけた。
「なんでしょう?」
「あ、いえ…」




