【前編】キャット・ミーツ・ボーイ
視点を分けたので、前編・後編でお送りいたします。
金髪ノッポ騎士と猫獣人の少女?のお話、魔の森と迷宮辺りを添えて。
(ジャンルをどれにしていいかわからずだったので、とりあえずファンタジーにしております)
わたしは猫であります。
名前はキャラメリア・カラメリゼ。友人である人族の魔女殿は、とても可愛くて美味しそうな名前だと喜んでくれていますが、実際は闇夜を映し取ったような真っ黒い毛並みと、まんまるのお月様によく似た金茶の瞳を持つごく普通の猫人。他の獣人たちにもよく子どもに間違われますが、それは暗く深い森の中でも俊敏に動けるよう、長い年月をかけて小柄に進化した森に住まう猫人の特徴であって、これでも立派な大人なのです。そりゃまあ、のほほんと人族のように街で暮らしている小綺麗な猫人よりは、ほんの少しばかり小さくて地味な毛色なのかもしれませんが。
(独り立ちしてちゃんと森で暮らせてますし、ささやかですがお薬の商いでお金も稼げているのです!)
猫人が一人前として認められる基準は、とっくの昔に満たしているのです。なのにどうしてこの人族という輩は、こちらの話も聞かずに子どもだと決めつけてくるのか。
「付き添いは結構なのです」
「しかし、君のような子どもを……」
「だーかーら、子どもじゃないと言ってるです! しつこい雄は嫌われますの!」
ふん、とやけに背の高い人族の男を無視して、裏通りへ向かいます。それでなくとも、無駄にキラキラした金髪と派手な白い鎧の組み合わせは目に喧しいのです。よく晴れた青空みたいな青い目は唯一の好感ポイントかもしれませんが、今後の商売の為にも目立つのはあまり好ましくありません。それに、予定より遅くなってしまいましたが、裏通りのどん詰まりからスラムを抜けて北門へ出れば、陽光が沈むまでには森の住処に帰れることでしょう。
「待ってくれ! 裏通りは治安が、」
「獣人に、治安もクソもないのです!」
街の治安が悪くて難儀するのは人族だけなのに、コイツは何を言ってるんです? というか、そもそも難儀するとわかっているのになぜスラムを放置しているのか。やっぱり人族は変なヤツラなのです。
「……か、返す言葉もない……。確かに、君たちの身体能力を持ってすれば、盗賊や悪漢から逃げることなど容易いかもしれないが」
「逃げるものですか、返り討ちですの」
「な、返り討ち……君がか?」
この金髪ノッポ、本当に失礼ですね。
「そもそも、このスラムで森に住む獣人に手を出すような馬鹿はいないのです!」
「っ! 君は、魔の森に住んでいるのか!?」
金髪ノッポが突然肩を掴もうとしてくるので、「触らないでください変態!」と一喝して即ダッシュ。まだ後ろからあれこれ声が聞こえてきますが、もちろん知ったことではないのです。
全部無視して足早に裏通りを突き進むと、行き止まりのように聳える鉄杭が見えてきました。あれを乗り越えてしまえば、あの金髪ノッポももう追いかけてはこないでしょう。いかにも身分が高そうな匂いがしていましたからね。
「ふん、面倒ごとはごめんなのです」
あの鉄杭から先に広がるスラムは、この街、城郭都市カリカテリアのお荷物と呼ばれ、いまだに存在しない場所として扱われているのですから。
城郭都市カリカテリア。
この街は一度、隣接する迷宮カリカから溢れた魔物によって門を破られているのです。当時、人族のお偉い方が魔物避けの強固な鉄杭を作って押し寄せた魔物を足止めしたそうで。居住区のひとつを取り囲むように作られた鉄杭は、復興後も撤去されることはなく、いまではスラムとの境界線になってしまっている始末。いくら門が修復されたとはいえ、一度でも魔物に蹂躙された場所に人族は住みたくないのでしょう。少しでも裕福な者は、まるで不浄の場所であるかのように目を逸らし近寄ろうともしないのです。その証拠に、街の警備を担当しているハズの騎士団が、鉄杭を越えてまで見回りに来たことはありません。
そんな歪な場所を抱えたまま、城郭都市カリカテリアは発展してきました。北東に存在する魔の森を畏怖しながら、その魔の森が育んだとされる迷宮カリカの恵みを甘受する。
迷宮はいつだって平等に、災厄と富を招くから。
「なーにが魔の森ですか! 樹海レテは恵みの森ですの!」
毎日少しずつ住人が増えているスラムを駆け抜けて、一気に魔物の爪痕が残る旧北門までたどり着いてしまえば、しばらくはこの街ともおさらばです。森の住処に戻って仕入れた商品を整理したら、頼まれ物の配達が待っているのでゆっくりできるのはもう少し後ですが……。
(そこは魔女様の報酬に期待しましょう!)
スラム以外をこんな速さで駆ければ、すぐに怒鳴り声や騎士団が飛んできそうなものですが、そこは猫人、気配や足音を消して移動することなど朝飯前。考え事をしながらでも、数分もかからず旧北門にたどり着きました。この旧北門は、復興時に取り壊しになるところを迷宮カリカやその周辺の探索へ向かう門としての利用を訴え、修復後は騎士団ではなく冒険者ギルドの管轄となっている珍しい門なのです。新しくできた立派な北門は、大きな港町に続く街道へ出やすくするためなのかだいぶ西門寄りにある為、この都市に集まる冒険者たちには不評だったりします。
「こんにちは、お勤めお疲れ様ですにゃ」
「ああ、あんたか。今日の閉門は鐘八つだ。戻ってくるなら気を付けな」
「ご親切にどうもですにゃ」
顔見知りでもある人族の門番に猫なで声で挨拶すると、時々こうしてちょっとした情報を教えてくれます。人族相手だと、より猫っぽく振る舞った方が話が早くて助かるのです。先ほどの金髪ノッポには全く通じませんでしたが……。ぐぬぬ。
首から下げた冒険者ギルドのタグを見せながら門を出ると、なだらかな草原の向こうに鬱蒼と広がる魔の森が見えます。
魔の森、樹海レテ。
あの森の『浅瀬』と呼ばれる場所に、森で暮らす獣人たちの住処があるのです。途中、迷宮帰りの冒険者たちとすれ違いましたが、猫人に限らず、獣人が樹海レテに入るのは珍しいことではないので、特に声を掛けられることはありません。
もっとも、すでに陽光は沈む寸前。辺りには夜の気配が漂っているので、こちらに構っている暇はないといったところでしょうか。夜空から月虹が地上に届き始めたら、今度は魔物や盗賊と遭遇しやすくなってしまいますから。魔物の素材や盗賊の討伐は収入源になるとはいえ、迷宮帰りなら家路を急ぐのは当然のこと。つまりお互い様というやつです。
(……それにしても、まったく厄介な目にあいました。頼まれ物が揃う前だったら、危うく大損害です)
すっかり暗くなってしまった森の中を、跳び跳ねるように住処へ向かいます。明かりは時おり木々の隙間から零れ落ちてくる月虹と、あちこちに群生している光苔のみですが、そこは慣れた獣道。猫人は夜目が効くので実に快適な道のりなのです。
「これ、黒猫や」
「待て、黒猫よ」
不意に木々の上から声が掛かりました。こんな夜道でなんて厄介な。
「……今日は厄日なのです」
「なんだ、おまえらしくもない」
「あら、ほんに珍しいこと」
「なんでもないです、こっちのことですの。で、なにか用ですか梟ども」
多少気分はげんなりしますが、仕方ありません。素直に聞く姿勢を見せれば、クスクスとさざめくようなふたつの笑い声が返ってきました。
昼間ならば無視しても構わないのですが、夜はどんなに急いでいても梟の言葉に耳を傾けなければならない。それが、この樹海レテで生きる知恵なのです。
「獣がおる」
「赤銅だ」
「堕ち欠けよの」
「助かるまい」
歌うように降ってくる不吉な言葉に、おもわず喉を鳴らしてしまいました。これは一大事なのです。
「場所はどこですの!」
「北から東、気を付けよ」
「東より西、とく急げ」
「近づいて来てるじゃにゃいですか!?」
あまりのことについ尻尾まで逆立ってしまいましたが、森に住む民にとって迷宮カリカは樹海レテの最西端、城郭都市カリカテリアはさらにその先にあるのです。つまり、いま自分がいるこの場所がまるっと西側に当たってしまうのです。ちなみに言ってしまえば、いまから帰ろうとしている住処も西側……。
「仕方ないのです、今日のところは街に戻りますが、おまえたちもさっさと離れるんですの!!」
ざわざわと木々が揺れて、忍び笑いと共にふたつの気配が遠ざかっていきました。こうしてはいられません!
「魔女様には後で文を飛ばすとして……」
すっかり乱れてしまった尻尾を撫でながら、来た道を戻ることになりました。門番さんには買い忘れがあったとでも言えば、怪しまれることなく北門を潜れるでしょう。
それよりも赤銅の獣の方です。堕ち欠けをひとりで相手にするのは少々厳しいもの。かといって、何日も住処に戻れないのは頼まれ物もあるので困ります。獣人の中から腕に覚えのある者を集めてもよいのですが、浄化スキル持ちが必須となると……。
(んー、どうしたものか……)