南へ(ただ移動するだけの回です)
朝食を食べ終えた俺たちは、軽く身支度を整えて、前にソウタから聞いた魔法の研究施設が密集する場所に向かっていた。
その研究施設は、グランメル地区の最南端に位置し、俺たちの家からだと徒歩で半日はかかる場所にある。グランメル地区の最南端は商業地区とは対照的に、周囲に住居はほとんど無いらしい。ソウタ曰く、研究の一環で行われる大規模実験では時々大きな事故が起こるらしく、自然を開拓して研究施設が作られているという。
ソウタの働く研究施設は俺たちの家からかなり距離のある場所にあるわけだが、半日間ずっと歩きっぱなしというのは流石にしんどい。しんどいというか、正直だるい。昨日まで下着泥棒を追い回していた身としては、半日かけて南端まで歩く気力なんてほとんど残っていない。
なので今回は、ギルドから出ている乗合馬車を使うことにした。
「おぉ......やっぱり文明って最高だな.......」
タカシは馬車の座席に深く腰掛けながら、窓の外を眺めている。
窓の外といっても、見える景色は延々と続く木々だけなのだが。
「まぁ、確かに徒歩で半日はきついよな。研究施設には宿泊施設も併設されてて、ほとんどの人はそこで寝泊まりしてるってソウタも言ってたし」
「そりゃそうでしょうね……。バカ真面目に通勤してたら、それだけで一日終わっちゃうし。それに、爆発事故なんかが起こるかもしれない施設に毎日通勤するって、ちょっと......」
向かいの席に座るラティが、若干引き気味に呟く。
そういえば、この世界に来る前、何かのテレビ番組で、往復七時間かけて通勤してる人の特集を見たことを思い出した。
その人は、新潟のある場所から東京の渋谷まで、在来線と新幹線を使って片道三時間半かかるらしい。そんなことなら、東京と言わずとも神奈川くらいに安いアパートでも借りればいいのに、と思って見ていた。だが、その人には家族がいて、毎日子供の顔が見られるなら七時間でも十時間でも通勤してやる、と言っていたな。
考え事をしていたせいで、間の抜けた顔でもしていたんだろう。ラティが怪訝そうにこちらを見てきたので、俺は今考えていたことを二人に話した。
「前にさ、変な特集見たことあるんだよ」
「特集?」
ラティが首を傾げる。
「あぁ。家族のために、片道三時間半かけて通勤してる人の話。毎日往復七時間だぞ? 正直、俺なら絶対無理だなって思いながら見てたんだけど、その人は“家族の顔が見られるなら苦じゃない”って言っててさ」
「へぇ~。愛ってやつだな」
タカシが適当な相槌を打つ。
ラティも腕を組みながら、少しだけ感心したように言った。
「毎日七時間も移動に使うなんて信じられないけど.......。でも、それだけ大切なものがあるってことなのかもね」
「まぁ、そうなんだろうな」
「でも、その理屈で言うとさ......」
タカシは顎に手を添えて、何か深刻そうな表情で続ける。
「ソウタ的には、俺らよりも通勤時間を選んだってことになるよな......」
その言葉の後、数秒間の沈黙が流れた。
「俺らは、通勤時間に負けたのか......」
謎の沈黙を破ったのはタカシだった。うなだれて顔を押さえている。
「いやいや、流石に通勤に往復一日かかるんだったら、そりゃ向こうで泊まり込みするでしょ」
「まぁ、そうだな。むしろ毎日帰ってたらソウタの方がどうかしてる」
俺がそう言うと、タカシはゆっくり顔を上げた。
「......じゃあ俺らは負けてない?」
「何と戦ってんだよお前は」
「ソウタとの絆だよ!」
「そんなもん通勤時間で測るな」
ラティが呆れたようにため息をつく。
「むしろ、そんな遠い場所で研究してるのに、今でもあんたたちとの交流が続いてるってことの方がすごいんじゃない?」
「......それもそうか」
タカシは納得したように何度か頷いた。
納得の仕方が雑だな。




