豪邸で張り込み(昔話をします)
張り込みを行うための屋敷に到着した俺とラティは、正面にあるターゲットの屋敷が見やすい、二階にあるゲストルームで張り込みを行うことにした。
「まぁ、今日犯人が現れるか分からんし、気楽にやろうぜ。せっかくこんな豪華な家に滞在できるんだ。それに、ずっと気を張ってても疲れるだけだしな」
「そうね」
ラティは窓際の椅子に腰を下ろし、外の通りを見つめた。貴族街の夜は驚くほど静かで、街灯の光が石畳に柔らかく反射している。
俺はキッチンにおいてあった紅茶を入れて、ラティに差し出し、何気なく話しかけた。
「そういえばさ、ラティってどこの出身なんだ?」
「私?」
「あぁ。前に少し聞いた気がするけど、ちゃんと話してもらったことなかったなって」
ラティは少し考えるようにして、視線を夜空に向けた。
「森の都、リュミエールって場所。私みたいなエルフたちが住む、深い森の中の都市よ」
「森の都……か。なんか、いかにもエルフって感じだな」
「まぁ、そうね。でも、今はあんまり帰りたいとは思わない」
その言葉には、かすかに苦みが混じっていた。
俺はその変化に気づき、視線を窓の外にやりながら訊ねる。
「帰りたくないって……何かあったのか?」
ラティは短く息を吐いたあと、カーテンの隙間から通りを覗いた。
その姿は、外を見ているのか、昔を見ているのか分からないような表情をしていた。
「……あの都には、“掟”があるの。外の者とは関わらない。森の外に出てはいけない。助けを求める声があっても、干渉してはいけない。それが“均衡”を保つための決まりだって言われてる」
「なんか、窮屈そうだな」
「そうね。昔は、それが“正しい”と思ってたの。みんながそれで生きてるから。その掟を変えるなんて話も起こらないし、疑問すら持たなかった。でもね、ある夜に、変わったの」
ラティの声が少しだけ低くなった。
「森の外で、人の声がしたの。『助けて』って。外の世界の冒険者だったわ。……掟を破るわけにはいかないって、最初は思った。でも、掟を破るのは怖かった」
その話をしながら、ラティは窓枠に手を添えた。
その仕草は、自分の記憶をなぞるように静かだった。
「だから、その場で治療をしたの。でも、間に合わなかった。森の中に入れていれば、救えたかもしれないのに」
「……掟のせいで、助けられなかったのか」
「そう。みんなは“仕方なかった”って言ってくれたけど、私は納得できなかった。“正しい”より、“助ける”ほうを選びたかった。だから森を出たの」
部屋に沈黙が落ちた。
時計の針の音と、風が窓を揺らす音だけが響く。
しばらくして、俺は小さく笑った。
「……なんか、お前らしいな」
「どういう意味よ」
「お前さ、冷静で理屈っぽいように見えて、結局“情”で動くタイプだろ。それに、毎度アホなことをやってる俺たちとつるむなんて、普通じゃないしな」
ラティは目を瞬かせ、それからふっと笑った。
「まさか、あんたからそんなことを言われるとはね。でも……悪くないわ、その言い方。それに、あんた達と一緒にいるのもそれなりに楽しいわ。今まで生きてきた中で、あんたたちは私の知らないものをたくさん見せてくれるし」
その笑顔を見て、俺は少しだけ安心した。




