大切な人を守りたいから(婚約阻止編完結です)
セドリックの家で目を覚ましてから、もう数時間が経っていた。
すっかり夜は更け、窓の外には無数の星が瞬き、街は温かな光に包まれていた。
気絶して中途半端に眠っていたせいか、妙に頭は冴えていて眠気はまるでなかった。
俺はひとり部屋を抜け出し、ノルディア地区の街を一望できるバルコニーに足を運んでいた。
別に黄昏れてカッコつけようとかは思ってないぞ。ただ夜風に当たりたかっただけだ。
眼下に広がる街並みは、昼とはまるで違う姿を見せていた。
石畳の道には街灯が等間隔に並び、その光が淡く街を照らしている。人々のざわめきは遠くかすれ、光だけが夜を彩っていた。グランメル地区の荒々しい活気とはまた違う、落ち着いた華やかさがそこにはあった。
ぼんやりと街を見下ろしていると、不意に背後から声がした。
「こんな時間に外に出ると、風邪をひいてしまいますよ」
振り返ると、そこに立っていたのはアリステリアだった。
月明かりを受けた横顔は白く輝き、昼間の華やかな花嫁姿とは違う、静謐な雰囲気をまとっている。
「アリステリアこそ、こんな時間にどうしたんだ?」
「私も夜風に当たりたくて来たのです。ここから眺める景色が、昔から好きでして」
まさか同じ理由だとは......。
俺が苦笑すると、アリステリアはふっと唇を緩め、少しの沈黙を置いてから口を開いた。
「それにしても……無茶をしますね、あなたたちは」
その声音は責めるものではなく、どこか柔らかかった。
「すまないな。あんな案しか思いつかなかったんだ。本当は婚約破棄に持ち込むつもりだったけど……俺にはできなかった」
「いいえ。そんなことはありませんわ」
アリステリアは小さく首を振る。
「私も納得のうえで選んだのです。それよりも……今回の作戦、わたくしの性格を見抜いたうえで、あの展開に持ち込んだのでしょう?本当に無茶をなさいますね」
何も言い返せなかった。図星すぎる。
沈黙を埋めるように、俺は口を開いた。
「俺が言うのもどうかと思うけど、どうしてセドリックと結婚すると決めたんだ?」
問いかけると、アリステリアは一瞬、視線を夜空に向ける。
星の光を映したその瞳は、静かな決意を湛えていた。
「……わたくしがセドリック様との結婚を選んだのは、ただ家のためではありません。ここ数か月で、本当に多くの人と出会いました。そして気づいたのです。わたくしにも、守りたい人が増えたのだと。家族だけでなく、友人や......あなたたちもそうです。誰かを守るということは、とても大きな責任。でも、逃げてばかりでは大切な人を失ってしまう。だからこそ、少しでも大人になろうと思ったのです。今回の婚約は、そのために必要な選択でした。セドリック様なら、きっと共に歩んでいけると信じられたから。けれど、タカシ様への想いを忘れたわけではありませんよ!彼はわたくしの運命の相手であることに違いはありませんから」
「相変わらずだな、アリステリアみたいな人に好意を持たれてるタカシが羨ましいよ」
思わず本音がこぼれる。冗談半分に言ったつもりだったが、妙に胸に刺さった。
アリステリアはくすりと笑い、首を横に振った。
「ふふっ、そういうあなたがいたから、私はここまで来られたのですよ。忘れないでくださいね」
言葉が詰まった。
「……別に俺は何もしてないよ、ただのお節介な部外者だからな」
「部外者ではありません。あなたも、わたくしが守りたい大切な人の一人なのですから」
アリステリアはそう言って、穏やかに微笑んだ。その顔は、これまで見てきたどんな表情よりも美しくて、胸が苦しくなるほどだった。
そんな顔を見せられたら、もう何も言えないじゃないか。ほんと、ずるいよ。




