セドリックとアリステリア(珍しく真面目回です)
俺はパーティ会場を出て、セドリックの家の使用人から案内された応接室のソファに座っていた。
この応接室に着くまでに宮殿の中を五分ほど歩かされた。改めてこの家の大きさを実感する。なんだこの無駄な広さは……。
俺の正面には机を挟んで、セドリックがソファに腰かけている。姿勢がいい。というか、何もかも貴族っぽい。格が違う。
そんな彼が、丁寧に頭を下げてきた。
「申し遅れました。セドリック・レイ・アイゼンヴァルトと申します。改めて、アリステリア嬢をお助けいただきありがとうございます」
セドリックが姿勢正しく頭を下げるので、俺は慌てて手を振って言葉を返す。
「いえいえ!そんな!頭上げてください!」
少し間を置いて、俺は一番気になっていたことを切り出した。
「あのー、セドリック様はアリステリアとの婚約については、どのように考えています?」
俺の問いに、セドリックはすっと表情を緩めて答える。
「僕としては、アリステリア様との結婚は嬉しい限りです。というのも、僕の初恋の相手はアリステリア様なのですよ」
「え?そうなんですか!?どういった馴れ初めだったんですか?」
食い気味に聞いた俺に、セドリックはふっと視線を宙に向け、どこか懐かしむように語り始めた。
「初めてアリステリア様とお会いしたのは、僕が十歳の時でした。当時の僕は、当家の人間として恥じない存在になれと、毎日礼儀作法や剣術や政治の勉強に追われ、自分の“らしさ”など考えたこともありませんでした」
セドリックは視線を泳がせながら、静かに続ける。
「その日も、父に連れられて大規模な夜会に参加していました。正直、何が楽しいのかも分からず、ただ“笑え”“姿勢を正せ”“将来の顔を立てろ”とだけ言われて」
その言葉の端々には、当時の息苦しさが滲んでいた。規模感は違うかもしれないが、俺にもなんとなく分かる。大人の期待は子どもには重い。
「そんな中で、庭の片隅にぽつんと座っていたのがアリステリア様でした。七歳だった彼女は、ドレスの裾をくしゃくしゃにしながら、夜空を見上げていたんです」
そのときの情景が、セドリックの語り口からじんわり伝わってくる。
「僕が近づくと、まるでおとぎ話の妖精にでも話しかけるように、こう言ったんですよ」
『ねぇ、お兄ちゃんは、ほんとは何になりたいの?』
セドリックは小さく笑った。懐かしさと、どこかのろけ混じりの微笑みだった。
「その時、言葉が出ませんでした。僕は“自分が何になりたいか”なんて、考えたことがなかった。だから、思わず黙り込んだ僕に彼女はこう言ったんです」
『大人ってたいへんね。でも、わたしはね、自由に生きたいの。お菓子屋さんでも、詩人でも、空を飛ぶ人でも、なんでも』
「無邪気に笑った彼女の横顔が、今でも記憶に焼き付いているんです……それがきっかけで、僕の中で何かが吹っ切れたんです」
セドリックは静かに語る。少年のような、でも確かな覚悟を持つ声だった。
「僕がやっている事は誰かを守る事に役立ち、そして、彼女を守れる力になると。そのことを、たった七歳の子に気づかされたんですよ」
セドリックは少し頬を搔きながら、照れくさそうに続けた。
「その後もパーティが行われるたびにアリステリア様に会いに行って、色々な話をしました。彼女が大人になるにつれて、より自由奔放な性格になっていき、少し羨ましくなったものです」
分かる。あいつはこっちが気にしてるのをよそに、平気で自由を貫いてくるタイプだ。
「あ、ちなみに彼女が僕のことをどう思っているかは分からないんですよね。直接聞くのが怖くて。将来、国の軍事を担う人間になるつもりなのに、情けない限りです」
そんなことを言いながら、彼は照れ笑いを浮かべていた。見た目は完璧貴族でも、中身はただの一途な青年なんだな。
※※※
一時間ほどセドリックと談笑していた。
途中で「敬語はもういいから、友達として話してくれ」と言われたときは驚いたが、そこからは一気に打ち解けた。距離感の詰め方はややバグってるが、まぁ、話しやすいから助かった。
「貴重な時間を割いてもらいありがとう。アリステリア様の護衛もしながらだが、引き続きパーティも楽しんでくれ。あ、ここでの事はアリステリア様には内緒で頼むぞ」
セドリックはそう言って、まるで悪戯の相談を持ちかける少年みたいな表情を見せた。
「分かってるよ。結婚式楽しみにしてるよ」
俺が冗談混じりに言うと、セドリックは少し照れたように、それでも堂々と答えた。
「あぁ、騎士団の代表として恥じない姿で挑むさ」
※※※
セドリックとの談笑を終えた俺はパーティ会場に戻り、アリステリアのもとに戻った。
「おお、シンヤ!セドリックから何か情報聞けたか?」
タカシが真っ先に駆け寄ってくる。こいつ、情報より茶化す気満々だな。
「あぁ、色々聞けたよ。アリステリアはパーティ楽しめてるか?」
「えぇ!美味しいものがたくさんありますの!」
相変わらずテンションが高い。胃袋に正直な貴族だ。
「シンヤ?大丈夫?なんかテンション低そうだけど」
ソウタが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、あぁ。問題ないよ。ちょっと会場内を歩き回って疲れただけ」
……心配させるわけにはいかない。けど、セドリックの話を聞いて、少し胸の中に引っかかるものが残っていた。
少し離れたところでラティの姿が見えた。
情報収集でもしているのかと思いきや、両手に大皿、満面の笑みで席に着いていた。
……こいつ、サボってやがる。
情報収集そっちのけで飯か。今日の晩飯、あいつ抜きで豪華なとこ行ってやるか……。




