ワガママを許してもらえますか?(珍しく真面目な回です)
テントのそばまで、俺たちはそっと足を運んだ。
黒いローブの少女は、気づいているようでいながら、こちらを見ようとはしなかった。
「……あの、失礼します!」
ラティが一歩前に出て声をかけると、少女がゆっくりと顔を上げた。
やっぱり、間違いない。
開店初日のタピオカ屋に来てくれた、あの少女だ。
「何か御用でしょうか?」
その声は、街で聞いた彼女とはまるで違った。
飾り気のない、でもどこか張り詰めた、芯のある声だった。
「あなたが……アリステリア様、ですよね?」
ラティが言うと、少女は小さく首を振った。
「どうでしょう。そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。今は名前など重要ではないのです」
俺たちは言葉に詰まった。
その返しに、どこか痛みのようなものを感じたからだ。
「じゃあ……なんでこんなところにいんの?」
タカシが問いかけると、少女は手元のカップに視線を落としたまま、ぽつりと答えた。
「ただ、少し疲れてしまっただけです。誰の声も聞きたくないし、誰の期待にも応えたくなかったのです」
焚き火の火が、ぱち、と小さな音を立てる。
ソウタがそっと呟いた。
「一人でここまで来たの、すごいな……」
少女は笑わなかった。けれど、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「すごくなんてありません。ただのワガママです。あの家では“出来損ない”とでも呼ばれることでしょう」
ラティが小さく首を振った。
「でも、そういう自分を大事にするのって……すごく勇気がいることだと思うよ」
少女は目を細めて、ほんの少しだけ笑った気がした。
「……そのように言っていただけるのは、初めてかもしれません」
タカシが口を開いた。
「帰るつもり、ないのか?」
少女は、少しのあいだ黙っていた。焚き火の炎が、その瞳の奥で揺れる。
「……まだ、その時ではないと、そう思っております」
誰も、それ以上は何も言わなかった。
ただ、夜の森に小さく焚かれた炎だけが、静かに俺たちを照らしていた——。
しばらく沈黙が続いたのち、アリステリアがぽつりと口を開いた。
「……ここに来たのは、婚約話がきっかけでした」
俺たちは顔を見合わせた。
「セドリックってやつの?」
タカシが問いかけると、アリステリアは小さくうなずいた。
「ええ。セドリック様は、申し分のないお方です。容姿も才能も、周囲からの信頼も。でも――」
そこで、アリステリアは視線を焚き火に落とした。
「わたくしは、“誰と結婚するか”を、自分で決めたいのです」
一瞬、誰も言葉が出なかった。
「それって……」
ラティが思わず声を漏らすと、アリステリアは静かに続けた。
「ワガママだとは、分かっています。でも、わたくしの人生ですもの。誰かに決められた未来ではなく、自分で選び取る自由がほしかったのです。たとえそれが、家の役に立つ選択だとしても……心が置いてけぼりになるような未来は、選びたくなかったのです」
ソウタが息を呑む。
「それで、一人で森に?」
「ええ。ほんの少しだけ、自由でいたくて」
アリステリアは微笑んだ。どこか寂しげで、でも、その瞳には強さが宿っていた。
「この場所で、誰にも“いいえ”と言われず、好きなものを食べて、好きなときに眠る。……それだけで、今は十分なのです」
その言葉に、焚き火の音が応えるように、ぱちりと音を立てた。




