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第10章 ― エンドロールの前に


18時10分 本校舎1階・昇降口


西日がほとんど消え、ガラス扉の向こうに茜の名残がかすかに漂っていた。

まどかは、昇降口で一人、誰かを待っていた。


やがてパトカーの回転灯の赤が、薄闇の中に滲んだ。

サイレンは鳴らさず、静かに止まる。ドアが開き、刑事たちが降りてくる。


「久坂まどかさんですね。通報ありがとうございます。案内をお願いします」


まどかは頷いた。足元を確かめながら、ゆっくりと校舎の奥へと歩き出す。


「事件性があると、あなたは思うのですか?」


刑事の問いに、まどかは少しだけ口元を歪めた。


「“事件”と呼べるかは、わかりません。

 でも――誰かが、誰かを殺したのだとしたら、

 それは、ちゃんと“名前”を与えるべきです。死者にも、生者にも」


 


18時30分 本校舎・地下旧管理室


埃が舞い、懐中電灯の光が壁を滑る。刑事が床の一角を照らした。


「……これか。崩れた床下、そして――ここにあった細工……」


「その中に、仕掛けが隠されていました。

 温度差と木材の変形を計算して崩れる仕組みです。

 数日から数週間単位で“自動的に”殺せるようになっていた」


刑事はため息をついた。


「まるで、時限爆弾だな。だがそれを仕掛けたのは、20年前の“死者”だというのか?」


「いえ、再びそれを“発動させた”者がいるんです。

 それが――私の友人だったかもしれない。

 でも、私は彼を……犯人とは呼びたくない」


 


19時00分 東棟2階・音楽室


まどかは最後に、一人で音楽室へ戻った。


誰もいないはずの部屋で、鍵盤のふたが開いている。

その上に、白い紙が一枚だけ。


まどかはそれを手に取る。


『声なき者たちが、ようやく“言葉”を得た。

 私は、名を名乗るつもりはない。

 ただ、この木霊が誰かに届いたことに――ほんの少し、救われた』


 


19時30分 校舎正門前


夜の気配が完全に降りた。外には報道陣も集まり始めていたが、まどかはそれを避けるように歩き出した。


校門を出るとき、彼女はふと振り返る。


暗い窓、沈黙した渡り廊下。そこに誰かが立っているような気がした。

それは幻だったのか、それとも――


 


……あの声は、今も確かに木霊している。

エンドロール


 


数日後、ニュースで“旧校舎崩落事件”として報じられた事故の詳細は、曖昧なまま処理された。


「原因は老朽化による倒壊の危険性が放置されたものと考えられ――」

「教育委員会は記録の不備を認めつつ、詳細な責任の所在は確認できないと……」


 


しかし、久坂まどかは知っている。


本当にあったのは「崩壊」ではなく、「意図された沈黙」の“破壊”だったことを。


 


木霊のように繰り返される声。消され続けた名前。名もなき死。


そして、名を名乗らなかった誰かが、“次の誰か”に託した小さなノート。


彼らは、確かにそこに“いた”のだと。


 


 


――静寂の校舎に、木霊はまだ残っている。


 



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