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第9章 ― 声なき木霊

17時20分 本校舎・地下旧管理室


埃を巻き上げながら、まどかはその名を口に出した。


「……槙野、一成……?」


三隅は頷いた。その顔には、教師としての感情よりも、古い記憶を探るような寂しさが浮かんでいた。


「槙野理人の、叔父にあたる人物です。20年以上前、この学校で教師をしていました。だが……彼はある日、忽然と姿を消した」


「……失踪、ですか」


「ええ。だが……真相は、そう単純ではなかった。あの日、彼は――ここで、命を絶ったのです」


「……なぜ、それが事件に?」


三隅は懐から一枚の写真を取り出した。色褪せた集合写真。旧校舎の前で並ぶ教員たち。

その中央に、若い男性の姿。どこか、理人と面影が似ている。


「彼は、ある教育方針を巡って上層部と対立していました。“学ぶ者”のためでなく、“管理する側”の論理が支配する教育――

 その仕組みを壊そうとした結果……孤立し、追い詰められていった」


「でも、どうして……今になって、彼の死が関係を?」


「遺された“仕掛け”があったのです。彼はこの校舎に、自分の死の“記録”を隠した。

 誰にも見つからぬように、時間と構造を利用して」


まどかは周囲を見渡す。旧管理室の壁の一部が、不自然に膨らんでいる。


「……あれは?」


三隅はうなずいた。


「“物理トリック”です。木製の構造体を歪ませ、時間差で“崩壊”させる装置。

 木の伸縮、気温差、釘の緩み……それらを計算して“数日後に落下”するよう仕組まれていました」


「……そうか。第三準備室の天井が落ちたのも……」


「ええ。それは“警告”だったのです。誰かが彼の死を再び掘り起こしたことへの」


まどかの脳裏に、あのときの衝撃音が蘇った。


天井が落ちたことで起きた“偶然の事故”は、偶然なんかじゃなかった。


それは、誰かの“意思”だった。


 


 


17時40分 本校舎2階・渡り廊下(西棟側)


まどかは三隅と別れ、一人で西棟へと向かった。

空が朱に染まり、渡り廊下の窓から差す光が、影を長く落としている。


渡り切った先、西棟の3階へと階段を上がる。板張りの足音が、小さく軋む。


そこに、槙野理人がいた。


薄暗い廊下の先、学食跡の前に立っていた彼は、振り返ってまどかを見た。

夕焼けに染まるその横顔が、一瞬だけ“他人”に見えた。


「来ると思った」


「理人くん……話して。あなたは何を知ってるの?」


彼はゆっくりと、手に持っていたノートを差し出した。古びた、黒い表紙のノート。


「これが、叔父の“日記”だよ。……あの部屋で見つけた」


まどかは震える指でそれを受け取った。ページを捲る。


『――私の死は無意味ではない。この仕組みが回る限り、また誰かが辿り着くだろう。

 私は彼らに殺された。しかし、名前を記すことはしない。

 誰が犯人だったかではなく、誰が“気づいた”かが、重要なのだから。』


「……これって……」


「遺書、みたいなものだよ。でもね、読んでいくうちに気づいたんだ。

 彼は、自分の死を“未来の誰か”に託そうとしていた。つまり……“木霊”のようにね」


まどかは言葉を失った。


「犯人を暴くことが、正義だと思ってた。けど違う。わたしたちは、ずっと“囁き”を聞いてた。

 この建物に染み込んだ、“死者の声”を」


理人はまどかに背を向け、歩き出した。


「ねぇ……これから、どうするの?」


「それを決めるのは君だよ。僕は、ただ“音を伝えた”だけだから」


まどかはその背中を見つめていた。沈黙の中に、確かに――声が響いた気がした。

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