表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いただく流儀

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うへえ、3月だっていうのに雪降りをするとか、ここら辺もたいした気候になってきたもんだよ。これがまた来週からはあったかくなるっていうんだから、気持ちはともかく身体がなかなかついてこないよね。

 いかに万全に思われた体調でも、たちまちコンディションを悪くしてしまう。病は気からなのか、健全な精神は健全な肉体に宿るのか、答えを出すのは難しいな。

 最終的には個々人によって違う、というところに落ち着きそうではあるが、ひょっとしたら誰かの意図で動かされている可能性もあるかもしれないな。

 私が昔に体験したことなんだけど、聞いてみないかい?


 大学時代かつ単位がある程度取れてしまった年、というのはゆとりを作ることも可能だ。

 このモラトリアムな時間を楽しまなきゃと、平日休みを入れている僕は、これを食べ歩きに使うのが常だったんだ。

 当時の僕が住んでいた近隣は、ラーメン街道の異名を冠されるほどのラーメン激戦区。とはいえ、お店が短期間に潰れてはたつことを繰り返す……ような状態になっていないあたり安定はしているのだろうなあ。

 私がひいきにしているラーメン屋は、徒歩30分ほどかかるところにあった。もっと近場で済ませろという声もあったが、あのラーメン屋は新商品の回転がひときわ早くてね。うかうかしていると、食べないうちに販売が終わってしまうことも、ままあった。

 もったいないおばけな私としては、それらの見逃しがズルズルと尾を引いてしまうものでね。ひっきりなしに足を運んでいた、というわけさ。


 あの日もまた、雪がちらつく3月頭だったかな。

 午後になっていったん降り止んだのを機として、私は重い腰をあげてラーメン屋へ向かった。平日の午後ということもあって、人も車どおりも普段に比べるとおとなしめだ。

 私が店を訪れた時も、先に居たのはご夫婦と思われる男女がテーブル席に一組。それ以外の席はがらんどうに開いていた。

 店は食券制になっている。入ってすぐ横の自販機を見て、いまどきの限定メニューを確かめる。

 肉増しウマ塩ラーメン。いかにも分かりやすさを重視したネーミングだ。

 さっそくそいつを一枚。ついでにミニチャーシュー丼をセットでひとつ。ガラガラであったこともあり、カウンター席で食券を出すと、すぐに厨房奥から店員さんが出てきてテキパキとこなしてくれたよ。


 話が話なら、ここで食レポのひとつでも書きたいところだが、今回大事なのはそこでないから割愛させてもらう。

 たらふく食べて、お店の戸をお腹をさすりながら開けたとき。ふわり、ふわりと空を漂う白い粒が目に入り出した。

 雪だ、とすぐ判断したよ。同時に「傘持ってこなかったな、やべえ」とも。

 いまだ消化しきらない身体を小走りで運ぶ。店を出てから数分経つ間に、どんどんと空に舞う白い粒たちの数が増えていく。

 雨と同じ、身体を湿らせられると気持ちが急いてくるもので。赤信号待ちももどかしく、いくつかは車の通りがまばらなのをいいことにどんどん渡って、家へ向かっていたんだよ。


 で、それが来たのは道半ばのホームセンター前の信号だった。

 横断歩道を渡り切るや、私のお腹がぐう~と音を立てて鳴り出したんだ。

 調子が悪くなった、という感じじゃない。この奥からこみ上げてくる物足りなさは、空腹のそれだ。


 ――おいおい、まだ食べたりないってか? 育ち盛りはもう過ぎたろうに。


 近くにあるラーメン屋が、しきりにニンニクの香りを放って誘惑してくるが、私の意思は固い。そのまま店前を横切って先を急いだ。

 が、お腹の虫はおさまることを知らない。10歩前後進むや、あたりに漏れ聞こえしているんじゃないかと大声をたてて、アピールをしてくる。

 先の空腹感もまた、どんどんと増してきた。ただの気まぐれでなく、心なしか目まいさえ感じ始めていたよ。何度か、こうなるまでご飯を我慢した記憶があるから分かる。

 身体が本気で、栄養を求めていたんだ。


 だが、私は家へと急ぐ。

 降雪はさらにその量を増し、粒の大きさと密度たるや、すでに建物のそこかしこに張り付いて白く染めだしているほど。路面にも少なからずその傾向がみられて、おそらく積もり出すのは時間の問題。

 足元も滑り出していて、全力疾走はかえって危ない。つったか走りながらも、私はガードレールや家のカベに手をつきつつも、家へ急いだんだ。

 脚さえ重さを感じる。純粋にエネルギーが不足していて、今にも地面へへばりたい……そう漏らしてくるようだが、身体にひりつく雪の冷たさを覚えて、私も自身に鞭を撃った。

 表面が湿ると、内はそれに負けまいと熱を発する。お腹のあたりなど、先ほどからずっとマグマのような熱をもって、私の中で暴れ出すかと思ったよ。


 そうやって家のドアへ、なかば倒れこむように手を掛けて開いたとき。ふと、そこまでの道程を見やった。

 私の歩いた跡は雪によってあらわになっているが、そこに黄色い脂らしきものがたっぷり浮かんでいたんだ。それは食べてきたラーメンのスープに乗っかる背脂を、ぐずぐずに溶かしたようなものにも思えたよ。

 そして室内に戻った私の身体はがりがりに痩せていたんだ。ダイエットで喜ぶレベルを超えて、お医者さんいわく命にかかわるほどにね。


 どうやら私の身体とラーメンの取り合わせを、雪たちは味わいたかったらしい……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ