第九話:仕事の価値
サムが掲示板の最初の依頼を引き受け、薪集めに向かった翌日。
村の広場には、集められた大量の薪がきれいに積み上げられていた。
村人たちは驚いたようにそれを眺めている。
「おお、ずいぶん集めたな……」
「これでしばらくは薪に困らねぇな」
サムは額の汗を拭いながら、誇らしげに薪の山を見つめていた。
「どうだ、こんだけあれば十分だろ?」
俺は頷き、報酬として干し肉と麦粉を用意する。
「お疲れ。依頼通り、報酬を受け取ってくれ」
だが――
サムは、用意された干し肉を見て、首をかしげた。
「いや、いいよ。薪集めなんて別に大したことしてねぇし」
村人たちがサムの言葉に頷く。
「そうだよな、薪集めなんて普段からやってることだし……」
「わざわざ報酬を受け取るまでもねぇんじゃねぇか?」
俺はその反応を見て、少し考え込む。
(……なるほど。そういう感覚か)
この村の人々にとって、**「仕事に報酬をもらう」**という考え方はまだ馴染みがない。
今までは、村のために必要なことは当たり前にやるものだった。
だが、それが本当に“最善”なのか?
「サム、お前が薪を集めてくれたおかげで、他の村人たちは畑仕事や家畜の世話に専念できた。
つまり、お前の働きが村全体の役に立ったんだ」
サムは少し困ったように笑う。
「まあ、それは分かるけど……でも、村のためにやるのは当然だろ?」
「当然か?」
俺はゆっくりとサムを見据える。
「なら、次もお前が薪を集めるのか?」
「え? まあ、時間があれば……」
「お前に時間がない時は?」
サムが口ごもる。
「誰かがやるだろ?」
「その“誰か”がいなかったら?」
「……うーん」
サムが腕を組んで考え込む。
「じゃあ、こう考えよう」
俺は、薪の山を指さす。
「例えば、お前が畑仕事をしたいと思っていても、薪集めが必要だからそっちを優先するしかなかったら?
逆に、薪が十分にあれば、お前は畑仕事に集中できるだろ?」
「……まあ、確かに」
「仕事っていうのはな、**“自分がやらなくても済むようにする仕組み”**なんだよ」
サムが驚いた顔をする。
「薪を集めることは、村全体の暮らしを楽にするための“役割”だ。
誰がやってもいいが、それを“誰かがやる”ことを保証するために、報酬を設定する」
「……」
「そうすれば、誰かが自主的にやるようになる。誰かが“俺がやる”と名乗り出る」
「でも、それって……」
サムがふと気づいたように言う。
「“仕事をする人”と“報酬を支払う人”が決まってくるってことか?」
「そういうことだ」
「じゃあ、俺が報酬を受け取るってことは……次に薪を集めるのは俺じゃなくてもいい、ってことか?」
「正解」
サムは驚いた顔で干し肉を見つめる。
「……仕事って、そういうものなのか」
彼の声には、少しの戸惑いと納得が混じっていた。
村人たちも、俺たちのやり取りを聞いて何かを考えているようだった。
「確かに、薪集めを誰かが“必ずやる”って決まってたら安心だな……」
「それなら、畑仕事や家畜の世話も、そういう仕組みにすればいいのか?」
次第に、村人たちの間で議論が始まる。
俺はその様子を見ながら、確信した。
(これで、村の人々は“報酬を受け取る意味”を理解し始める)
サムはしばらく干し肉を見つめたあと、ようやく手を伸ばした。
「……じゃあ、ありがたくもらうぜ」
そう言って笑う彼に、俺は頷いた。
「これが、“仕事の価値”だよ」