第五話:獣を仕留める罠
夜の帳が降りるころ、村にはいつもより張り詰めた空気が漂っていた。
村人たちは静かに息を潜め、
――ワイルドボアが再び現れるのをいまかいまかと待っている。
そして、俺も昨日完成させた落とし穴の周辺に隠れ、最後の準備を進めていた。
「ワイルドボアは餌につられて近づくはずです」
リナが小声で囁く。
「でも、もし違う方向から来たら……?」
「その時は、こっちで追い込む」
俺は周囲を見渡す。
村の男たちは、松明を手にして待機している。
もしワイルドボアが罠の位置とは別の方向へ進みそうになったら、火を使って追い立てる作戦だ。
「みんな、準備はいいか?」
俺が小さく問いかけると、男たちは黙って頷いた。
全員、緊張しているのが伝わってくる。
――その時だった。
バキッ――!
遠くで、小枝を踏み砕くような音がした。
村人たちが息を飲む。
(……来た)
闇の向こう、畑の端のあたりで、大きな影が揺れる。
月明かりの下、ワイルドボアの巨大な体が浮かび上がった。
重い鼻息が、夜気を震わせる。
獣は、ゆっくりと頭を下げ、土の匂いを嗅ぎながら進んでくる。
(計画通り、罠の近くへ誘導する……!)
ワイルドボアの動きを注視しながら、俺は手のひらにじっと汗を握った。
ワイルドボアは、用意しておいた餌の匂いに引かれ、足を進める。
俺たちはじっと身を潜め、その瞬間を待った。
ワイルドボアは、まっすぐ進んでいく。
そのまま――落とし穴の上へ。
ズズッ――!
ワイルドボアの巨体が、穴の上の葉や枝を踏み抜く。
次の瞬間――
ズドンッ!!
巨大な体が、一気に穴へと落ちていった。
「よし……!」
村人たちの間から、小さく歓声が上がる。
俺たちの作戦は成功した。
だが――
ここで終わりではない。
穴の底で、ワイルドボアが苦しげに吠え、暴れ回っている。
「アルクさん、これで……!」
「いや、まだ終わりじゃない!」
俺はすぐに落とし穴の縁へと駆け寄り、様子を確認する。
ワイルドボアは、足を取られてもがきながら、穴の壁に体当たりを繰り返していた。
このままでは、いつか這い上がってくるかもしれない。
「武器を持ってる者はいるか!?」
俺の言葉に、村人たちが慌てて手元の道具を見直す。
「おれが槍を持ってる!」
村の若者が、一歩前に出た。
「いいか、狙うのは首元の急所だ!」
ワイルドボアの弱点は、喉や胸の柔らかい部分だ。
そこを的確に突けば、仕留めることができる。
俺と村の男数人で槍を構え、ワイルドボアの動きを見極める。
(今だ――!)
合図とともに、槍が突き出された。
グゥオォォォ――ッ!!
鋭い悲鳴が響き渡る。
ワイルドボアの体が、最後の一度だけ大きく跳ね上がり――
やがて、静かになった。
「……仕留めたか」
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
村人たちの間に、安堵の空気が広がる。
「やった! ワイルドボアを倒したぞ!」
「これで畑が荒らされなくなる!」
喜びの声が上がり、村人たちが互いに労をねぎらい合う。
リナも、目を潤ませながら俺の方を見た。
「アルクさん……ありがとうございます!」
「いや、俺一人の力じゃないさ。みんなのおかげだ」
俺はそう言って、少し笑った。
だが――その時だった。
ガサガサッ――!
近くの茂みから、何かが動く気配がした。
(……!?)
俺は反射的に身構える。
そこに現れたのは――
一匹の黒い影。
それは、ワイルドボアとは異なる、しなやかな体つきをした獣だった。
(……あの爪痕の主、か?)
俺は思わず、唾を飲み込んだ。




