第四話:狩人の知恵
ワイルドボアの突進の癖を見て、俺は確信した。
(あいつは方向転換が苦手だ……)
普通のイノシシなら、障害物を避けたり、うまく曲がったりする。
でも、ワイルドボアは違った。
罠から逃れた後、まっすぐ木に向かって突っ込み、何度も体をぶつけていた。
つまり――
「進行方向に障害物があれば、突っ込まずにはいられない」性質を持っている。
(なら、進行方向に罠を仕掛ければ……)
落とし穴で仕留めるのが、一番確実な方法かもしれない。
「リナ、村の人たちを集めてくれ」
「え? 何をするんですか?」
「落とし穴を掘る」
「……ええっ!? そんなの間に合いますか?」
「時間がかかるかもしれない。でも、次の襲撃までに間に合わせるしかない」
ワイルドボアが再び村を荒らしに来るのは、時間の問題だ。
失敗したままでは、また村人が被害に遭う。
俺は村長のガルドを訪ね、事情を説明した。
「……落とし穴だと?」
「ああ。ワイルドボアは直進の性質がある。なら、その進行方向に深い穴を掘って待ち伏せすればいい」
村長のガルドは腕を組み、しばらく考え込んだ。
俺の言っていることを理解はしているが、慎重に考えているのだろう。
「……なるほど。理屈は分かるが、簡単にはいかんぞ」
「もちろん、俺一人じゃ無理だ。だから、村の人たちにも協力してもらいたい」
落とし穴を掘るには、時間と人手が必要だ。
畑の手入れや家畜の世話もある村人たちに、余計な負担をかけるのは申し訳ない。
でも、ここで何もしなければ、村の食糧はもっと奪われることになる。
「やる価値はあると思う。俺一人でも掘るつもりだが、手伝ってもらえるなら助かる」
俺が真剣な表情で言うと、村長は長い沈黙の後、小さく頷いた。
「……分かった。皆に声をかけよう」
こうして、村人たちと協力してワイルドボア用の落とし穴作りが始まった。
村の畑の近く、ワイルドボアが通るルートを考えながら、適切な場所を選ぶ。
まずは地面を掘る作業だ。
「……う、重い」
スコップを握りしめ、土を掘り起こす。
村の男たちも加勢してくれたおかげで、作業は思ったよりも順調に進んだ。
だが、実際にやってみると予想以上に大変だった。
(やっぱり一晩で完成させるのは厳しいか……?)
焦りが頭をよぎる。
その時――
「よう、お前さんたち、何をしてる?」
低く、響くような声がした。
俺が振り向くと、そこには見慣れない男が立っていた。
男は、長い弓を背負い、革鎧を身につけている。
年の頃は三十代後半。
鋭い目つきをしており、一目で狩人だと分かる。
「……あんたは?」
俺が問いかけると、男はニヤリと笑った。
「通りすがりの狩人さ。しばらく森を歩いてたら、村が近いもんでな。で、お前さんたちは何をしてる?」
俺は、今やっていることを説明した。
すると、狩人の男は「ほう」と面白そうに笑う。
「落とし穴ねぇ……悪くはないが、普通に掘るだけじゃすぐバレちまうぞ」
「……バレる?」
「ワイルドボアは嗅覚が鋭い。掘りたての土の匂いを察知すれば、警戒するってわけだ」
「……なるほど」
確かに、野生の動物は異変に敏感だ。
ただ穴を掘っただけでは、すぐに察知されてしまうかもしれない。
「で、どうすればいい?」
「簡単さ。**掘った土に、村の作物や獣の匂いを混ぜるんだ。**そうすりゃ、違和感なく誤魔化せる」
「……なるほど、カモフラージュするってことか」
「その通り」
狩人の男は満足そうに頷く。
「ついでにアドバイスしとくが、罠の上には軽い葉や枝を敷くといい。厚くしすぎると不自然になるからな」
「助かる。あんたの名前は?」
「俺か? まあ、呼びたきゃバルドとでも呼べ」
男――バルドはそう言って、少し笑った。
バルドの助言を受け、俺たちはさらに罠の精度を上げることにした。
「まず、掘った穴に村の作物を少し撒いておこう。そうすれば、ワイルドボアが食べ物の匂いにつられて近づきやすくなる」
「わかりました!」
「あと、穴の上に葉や枝を軽く敷いて、違和感をなくそう」
「了解!」
村人たちと協力し、罠の最終調整を進める。
夕方になる頃には、完璧な落とし穴が出来上がっていた。
あとは――ワイルドボアが再び現れるのを待つだけだ。