第二十三話:追跡と捕縛
家畜の悲鳴が響く。
「くそっ、逃げた!」
俺とサムは一斉に駆け出した。
松明の明かりが揺れ、夜の闇が深くなる。
家畜小屋の影から、誰かが慌てて走り去るのが見えた。
その背中は小柄で、身軽な動きだった。
「待て!!」
叫ぶと同時に、俺は全速力で駆け出した。
夜の道を全力で走るのは容易じゃない。
石ころに足を取られそうになりながらも、逃げる影を必死に追う。
影は林の方へと向かっていた。
あのまま逃がせば、完全に見失ってしまう。
「サム、こっちへ回れ!」
俺は叫びながら、横の道を示す。
サムは素早くそちらへ駆け出した。
影が林に入る直前、俺は地面を蹴った。
あと少しで手が届きそうだった。
だが、次の瞬間――。
影が突然、方向を変えた。
俺は咄嗟にバランスを崩し、勢い余って転びそうになる。
その隙を突くように、影は林の中へと消えた。
「くそ……!」
必死で目を凝らすが、闇に紛れて姿が見えない。
完全に撒かれた――そう思った、その時だった。
「捕まえたぞ!!」
遠くからサムの叫び声が響いた。
俺はハッとして、そちらへ向かって走る。
道の先に、松明の明かりが見えた。
サムの足元には、一人の男が地面に倒れていた。
「すげぇな、お前」
俺が息を切らしながら駆け寄ると、サムは得意げに笑った。
「こいつ、逃げる途中でつまずいたんだ。で、俺が上から押さえ込んだ」
男は肩で息をしながら、悔しそうに地面を見つめている。
泥だらけで、服はボロボロだった。
ギルバートが追いつき、男の腕を掴んで立たせる。
「さて……お前は何者だ?」
男は最初は黙っていたが、ギルバートの圧に耐えられず、小さく呟いた。
「……別の村から来た……」
その声は、どこか弱々しかった。
盗賊の事情
捕まえた男は広場の隅に座らせられた。
村人たちは警戒しながら距離を取って見守っている。
「……俺の村は、畑を魔物に荒らされて、不作になったんだ」
男は力なく語る。
「村を出て、別の場所で仕事を探そうとしたが、小さな村じゃ働き口なんてなかった……。
どこへ行っても、余所者は追い返されるばかりで、食うにも困った……」
「それで盗みに走ったってのか?」
ギルバートが低い声で問いかける。
「……ああ」
男は力なく頷いた。
「仲間はいるのか?」
ギルバートの質問に、男は沈黙した後、小さく口を開く。
「……いる」
俺とサムは思わず顔を見合わせた。
「俺と同じように、仕事にあぶれたやつがいる。みんな、食うために盗みをしてるんだ……」
男の言葉に、俺たちは言葉を失った。
ただの盗賊ではなかった。
仕事がない。
それが、彼らを追い詰め、盗みを選ばせたのだ。
「アルク、お前はどう思う?」
ギルバートが俺に問いかける。
「……盗みは許されることじゃない。でも……仕事がないのに、どうやって生きればいいんだ?」
俺自身も、自分の考えがまとまらなかった。
サムも腕を組み、難しい顔をしていた。
「だったら、仕事を作ればいいんじゃねぇか?」
サムの言葉に、俺はハッとした。
「仕事を作る……?」
「そうだよ。農作業の手伝いとか、家畜の世話とか、短期でできる仕事を用意して、働いたら報酬がもらえる仕組みを作れねぇか?」
俺は考えた。
定職でなくても、その日暮らしができる仕事を作れれば、盗みをせずに生きる道ができる。
「……例えば、“おつかい”のような簡単な仕事を依頼できる仕組みがあればいいんじゃないか?」
ギルバートがその言葉に頷く。
「なるほどな……それなら、盗みをするよりも安全に食い扶持を得られる」
俺は拳を握った。
盗みを防ぐには、ただ取り締まるだけじゃダメだ。
生きる手段を提供しなければ、同じことが繰り返される。
「……まずは、この男をどうするかだな」
ギルバートが盗賊の男を見た。
「とりあえず、村長に報告しよう」
こうして、ゴート村の盗賊騒動はひとまずの決着を迎えた。
しかし――この事件は、アルクに“仕事”の本質を考えさせるきっかけを残した。




