第十九話:交渉の場
翌朝、村の広場に向かうと、ギルバートとバルザックがすでに待っていた。
「おう、来たか」
ギルバートが声をかけると、その傍には村の長老らしき老人たちと、牧畜を営む男たちが集まっていた。
村の中でも影響力のある者たちが揃っている。
俺とサムは互いに顔を見合わせ、軽く息を整えた。
ここが、互助組織を受け入れてもらうための正念場だ。
「それじゃあ、お前らの話を聞こうか」
長老の一人が腕を組み、鋭い視線を向けてきた。
俺は軽く喉を鳴らしながら、昨日ギルバートに話した内容を整理し、言葉にする。
「盗賊の被害が増えているのに、対策が追いついていない。これは、個々で対応しているからです」
「……ふむ」
「そこで、村全体でお金を出し合い、資金を集め、冒険者を雇う仕組みを作るのはどうかと考えました」
その言葉に、牧畜を営む男の一人が眉をひそめた。
「金を出せってのか? ただでさえ厳しいのに、余計な負担を増やすのはごめんだな」
「確かに、お金を出すのは難しい方もいると思います。そこで、お金以外にも、労働や特産品で負担を分け合う形を取りたいと考えています」
「労働?」
「はい。例えば、夜間の見回りをした人は、翌日の作業を軽減する。あるいは、家畜や農産物で報酬を支払う仕組みにすれば、金銭の負担を抑えつつ、全員が協力しやすくなります」
長老たちは顔を見合わせながら、低く唸った。
「……なるほどな。確かに、現状を放っておけば、いずれ村全体が危機に陥るかもしれん」
一人の長老が、ゆっくりと頷いた。
しかし、別の男が厳しい表情で言った。
「だが、見回りを増やしたとしても、盗賊を追い払える保証はあるのか? もし、相手が武装していたら、どうする?」
俺はその問いに、一瞬言葉を詰まらせる。
「……その場合は、最終的に冒険者に頼ることになります。ただ、今のままでは冒険者を雇う資金がない。そのために、まずは“村全体で協力しやすい仕組み”を作りたいんです」
「うーむ……」
長老たちは考え込んだ。
俺の言葉は理屈としては通っている。
だが、長年続けてきた生活を変えることに慎重なのは当然だった。
その沈黙を破ったのは、バルザックだった。
「ま、お前らの気持ちも分かるさ。けどな、仮に特産品や家畜で報酬を支払う形になったとして、その換金先に困るなら、商人たちで協力することもできるぜ」
「商人が……?」
長老の一人がバルザックを見る。
「そうさ。交易が盛んなこの村なら、特産品を現金化するルートは十分ある。だから、ただ貯め込むんじゃなく、適度に商人と取引すりゃ、互助の仕組みも無理なく回るだろうよ」
その言葉に、牧畜業を営む男が少し考え込んだ。
「確かに、商人と取引できるなら、報酬を金に換えやすくなるな……」
「そういうことよ。お前らの負担を最小限にするために、こっちも手を貸すって話だ」
バルザックは肩をすくめながら言った。
「……なるほどな」
長老の一人がぼそりと呟く。
「だが、すぐに決めるのは難しい。まずは試しに、小規模で始めてみるのはどうだ?」
「それなら……」
俺は一つ提案を出した。
「まずは、今月の間だけ試験的にこの仕組みを導入してみませんか? その結果を見て、続けるかどうかを判断するのはどうでしょう?」
この提案には、長老たちも頷いた。
「……まぁ、それならいいかもしれん」
「やってみる価値はあるな」
こうして、俺たちの案は試験運用という形で受け入れられることになった。
まだ始まったばかり。
だけど、村の仕組みを変える第一歩が踏み出された。




