第十五話:ゴート村の現実
ギルバートと出会い、酒場に入った俺たちは、彼の奢りで食事を楽しんでいた。
ミルクと牛の焼串、そして鳥の焼串。
ルーデ村ではめったに食べられない牛肉に、サムは目を輝かせながら頬張っている。
「っくぅ~! やっぱり肉は最高だな!」
「おい、少しは礼を言えよ。奢ってもらってるんだからな」
俺が呆れながら言うと、サムは慌ててギルバートに向き直った。
「そうだった! ギルバートさん、マジでありがとよ!」
「お詫びもあるしいいってことよ。俺も一人で飯食うより、こうして誰かと食うほうが楽しいしな」
ギルバートは、にやりと笑みを浮かべながら、酒杯を口に運んだ。
酒場には多くの客がいたが、ギルバートに声をかける者も多く、彼がこの村で信頼されていることが分かる。
「で、お前らはルーデ村から来たんだったか?」
「はい。バルザックさんという商人の手伝いで、交易品を運んできました」
俺が答えると、ギルバートは「なるほどな」と頷いた。
「ルーデ村からの物資も、この村じゃ重要だからな。助かるぜ」
「この村は交易が盛んみたいですね。市場も賑わっていましたし」
「まあな。ここは周辺の村の中でもそこそこ発展してる方だ」
ギルバートの話によると、ゴート村は家畜の放牧が盛んな村で、特に牛や羊の飼育が重要な産業になっているらしい。
そのため、肉や乳製品が豊富で、それをルーデ村や他の村へ交易品として輸出している。
「だから、食いもんには困らねぇ。だがな――」
ギルバートの表情がわずかに曇った。
「最近は、村の周辺で盗賊が増えてるんだ」
「盗賊……」
俺は、ローダンやエレインが言っていたことを思い出す。
旅人や商人が増えれば、それに目をつける連中も現れる。
ゴート村は交易の拠点として栄えている分、狙われやすいのかもしれない。
「盗賊って、どんな連中なんです?」
サムが興味深そうに尋ねると、ギルバートは腕を組みながら答えた。
「詳しくは分かってねぇ。目撃証言もバラバラだ。ただ、一つ確かなのは――」
「村の外れで家畜が何頭も盗まれてるってことだ」
「家畜泥棒……?」
「そうだ。普通の盗賊なら旅人や商人を狙うもんだが、こいつらは違う。牛や羊を狙ってくるんだ」
俺は考え込んだ。
金品ではなく、食料を狙う盗賊。
これは単なる金目当ての犯行なのか、それとも別の事情があるのか……?
「そいつら、まだ捕まってないんですか?」
俺の問いに、ギルバートは苦い表情を浮かべた。
「ああ。村の見回りを強化してるが、未だに尻尾も掴めねぇ。村の周りには放牧地が広がってるから、全部を監視するのは難しいんだよ」
確かに、家畜が放し飼いにされている広大な土地を、少人数で管理するのは困難だろう。
ましてや夜になれば、監視の目も行き届かなくなる。
「最近は、村の連中も不安がってる。家畜が減るってことは、生活に直接響くからな」
ギルバートの言葉には、村の深刻な事情が滲んでいた。
「なあ、ギルバートさん」
サムが少し考え込んだ後、口を開いた。
「そういう盗賊を追い払うために、冒険者とかに頼んだりしねぇのか?」
「……頼めるなら、頼みてぇさ」
ギルバートはそう言って、わずかに眉をひそめた。
「だがな、この村には冒険者を雇うだけの余裕がねぇんだよ」
「えっ……?」
俺とサムは、意外な答えに驚いた。
「冒険者ってのはタダじゃねぇ。仕事を請け負うには、それなりの報酬が必要だ。だけど、この村は交易で発展してるとはいえ、金が潤沢にあるわけじゃねぇんだ」
「でも、村が発展してるなら、お金はあるんじゃ……?」
俺がそう言うと、ギルバートは首を振った。
「表面上はそう見えるかもしれねぇが、実際は違う。市場で流れてる金の大半は、交易する商人たちのもんだ。村の連中が持ってる金なんて、たかが知れてるさ」
つまり、ゴート村は交易の拠点ではあるが、富は商人たちの間で回っているだけで、村人たちの生活はそれほど裕福ではないということか。
「だから、俺たち見回りの連中が何とかするしかねぇってわけだ」
ギルバートはそう言って、ミルクを一口飲んだ。
「まあ、冒険者がこの村に来てくれたらありがたいがな。でも、今のところは期待できねぇ」
その言葉を聞きながら、俺は改めてこの世界の現実を知った。
村が抱える問題は、金がないから解決できない。
冒険者を雇えないから、被害が拡大する。
もし、この村に何かしらの仕組みがあれば、状況は変わるのだろうか……?
「おっと、俺ばっか話し込んじまったな」
ギルバートは笑いながら席を立った。
「そろそろ行くぜ。お前らも気をつけろよ」
俺とサムも、食事を終えて立ち上がる。
「ギルバートさん、今日はありがとうございました」
「いいってことよ。せっかく来たんだ、ゴート村を楽しんでいけよ」
そう言い残し、ギルバートは酒場を後にした。
俺は、酒場を出ながら考えた。
この村は、俺たちが思っていた以上に、厳しい現実に直面している。
そして、その問題の根底には、「金」の問題が絡んでいる。
俺がすべきことは何か?
この旅を終えた後、俺に何ができるのか?
漠然としていた思考が、少しずつ形になっていく――。




