第十四話:ゴート村への到着
――旅の四日目から六日目、
俺はバルザックとサムと共に旅をしながら、この世界の常識を少しずつ学んでいった。
例えば、各村ごとに微妙に異なる通貨の扱いや物価の違い、交易の重要性、そして街道を移動する際の基本的な心得などだ。
「旅人ってのはな、基本的に街道を外れるもんじゃねぇ。迂回ルートは盗賊の温床になりやすいし、魔物だってうようよしてる。それに、迷ったらまず助けが来ねぇからな」
バルザックの言葉は重みがあり、俺たちの旅の安全を守るための重要な知識だった。
また、村ごとに食文化や商習慣が違うことも知った。
ルーデ村では農作物が中心だが、隣村のゴート村では家畜の放牧が盛んで、肉の消費が多いらしい。
「だから、ここに着いたらお前らも食っとけよ。ルーデ村じゃめったに食えねぇもんがあるぜ」
バルザックはそう言って、俺たちを少し楽しみにさせた。
――そして、旅を始めて七日目の昼。
俺たちはついに目的地である隣村・ゴート村へとたどり着いた。
ルーデ村よりもやや規模が大きく、人口は200人程度。
入り口にはしっかりとした木製の門が構えられており、簡素ながらも門番の詰所らしき小屋が設けられている。
周囲には畑が広がり、村の中央には市場があり、ルーデ村にはなかった活気があった。
「ルーデ村より発展してるな……」
「まあ、ここは交易の拠点にもなってるからな」
バルザックが荷車を止めながら言った。
「おい、あんたらは……商人か?」
門の前で俺たちを呼び止めたのは、槍を持った村の警備兵だった。
背は高く、がっしりとした体格の男で、見た目は少し怖いが、どこか柔和な雰囲気もある。
バルザックが荷車から降りて、落ち着いた口調で答えた。
「商人だよ。俺はバルザックだ。ルーデ村からの交易品を持ってきた。こいつらは俺の手伝いだ」
警備兵は軽く頷き、俺たちをざっと見渡した。
「問題ないな。何かあれば村長のところへ行ってくれ」
特に疑う様子もなく、警備兵はすぐに門を開いた。
俺はふと気になり、警備兵に尋ねてみた。
「……あの、こういう村の出入りって、身分証みたいなものは必要じゃないんですか?」
俺の言葉に、警備兵は少し意外そうな顔をしたが、すぐに苦笑した。
「身分証なんてものは、街や大きな都市なら必要かもしれないが、こんな村じゃ無用の長物だよ。いちいちそんなものを確認していたら、旅人や商人が不便で仕方ないだろう?」
「でも、それじゃあ誰がどこから来たか分からなくなりません?」
「一応、出入りする者の記録は残してるさ。特に怪しいやつがいたら、後で照合できるようにな。でも、よっぽどの犯罪者でもない限り、村に入れないなんてことはないさ」
「なるほど……でも、俺たちみたいに身元がはっきりしないと困るんじゃ?」
警備兵は頷く。
「まあ、貴族や金持ち向けの宿は、客の身元が確かな者しか受け入れないことが多い。だが、この村くらいの規模になれば旅人や商人向けの安宿がある。そういうところなら、身元がはっきりしてなくても泊まれるし、特に困ることはない」
つまり、この村の門番の役目は、基本的には村の安全管理であり、事件でも起こさない限り厳しいチェックはされないということか。
俺たちは門をくぐり、ゴート村の中へと足を踏み入れた。
村の中は、俺の想像以上に賑やかだった。
道沿いには商店が並び、酒場や鍛冶屋のような施設もある。
特に市場には、さまざまな品が並び、商人たちが威勢よく客を呼び込んでいた。
「おい、アルク。見ろよ!見たことない食べ物とかも沢山あるぞ」
「なんだ、もう遊びたくなったのか?」
「そうじゃねえよ。せっかくだし、この村がどんなところか見ておきたいだろ?」
俺も呆れながらも頷く。
「まあ、俺も興味はあるな」
バルザックは村の広場に荷車を止めると、商人たちと挨拶を交わしながら荷物を降ろし始めた。
「お前ら、少し村の中を見てきてもいいぞ。仕事の邪魔になるといけねえしな」
「いいんですか?」
「どうせ取引には時間がかかる。夕方には戻ってこいよ」
俺とサムは礼を言い、村を見て回ることにした。
市場にはさまざまな商品が並び、行商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。
ルーデ村では見なかった磨かれた武器や防具、珍しい布地、加工された皮製品などが並び、見ているだけでも楽しい。
「これが交易の力ってやつか……」
サムが感心したように呟く。
「ルーデ村とは品揃えがまるで違うな」
「この村が交易の要所になってる証拠だな」
俺は市場の活気を感じながら、改めて村の発展には交易が大きく関わることを実感した。
「お、うまそうなの売ってるじゃねぇか!」
サムが目を輝かせながら、屋台の前へと駆け寄った。
そこでは、香ばしい匂いのする鳥の焼串が並べられ、焼き手の男が手際よく炭火で焼き上げている。
「おっちゃん、これ一本くれ!」
サムは銀貨を取り出し、焼串を一本買うと、早速かぶりついた。
「うめえええっ!アルク、お前もこれ食べて見ろよ!」
そう言ってこちらを振り向いたところで――
「うわっ!」
突然、横から誰かがぶつかってきた。
サムは驚いてバランスを崩し、食べかけの焼串が地面に落ちる。
「あーっ!!俺の肉がっ!!」
「悪い悪い、ちょっとよそ見してた」
男は30代くらいのがっしりとした体格で、腰には剣を下げている。
鋭い目つきをしているが、どこか気さくな雰囲気もある。
「おっと……せっかくの焼串を台無しにしちまったな……弁償するよ。ちょうど腹も減ってたし、良かったらそこの酒場で飯でもどうだ?」
男が指差した先には、村の酒場があった。
「おっちゃん、マジか!? じゃあ……遠慮なく奢ってもらうぜ!」
サムは気持ちの切り替えも早いようだった。
酒場の中は賑やかで、村の住人や旅人、そして明らかに冒険者と思われる者たちがテーブルを囲み、酒を飲み交わしている。
「お前ら、何か飲むか?」
男が注文を取ると、サムが即答した。
「お、じゃあ酒を――」
「こいつはまだ未成年です」
俺がすぐに遮ると、男は笑いながら酒場の主人に声をかけた。
「なら、ミルクでも持ってきてやれ」
俺たちは席に座り、男と向かい合った。
「そういや、俺の名前を言ってなかったな」
男は適当に注文をして、さっそく来た酒杯を持ち上げると、にやりと笑った。
「俺の名はギルバート。この村の見回り役みたいなもんだ」
「見回り役?」
「村の治安を守る仕事さ。最近は盗賊が増えてるからな」
隣村に着いたばかりだが、何やら厄介事の予感がする――。




