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第十三話:街道の交差点

旅の三日目の昼、俺たちはちょうど街道が交わる地点にたどり着いた。

 ここは、各地から旅人や商人が集まり、短時間の休憩をとる場所らしい。


 道の脇には荷車を止められる広場があり、簡素な木製のベンチがいくつか設置されている。

 大きな木が日陰を作り、風が通ることで思ったよりも涼しい。


 「ここで少し休むとしよう」


 バルザックが荷車を止めると、サムがほっとしたように息をついた。


 「いやぁ、歩きっぱなしだったから助かるぜ」


 俺も、旅の疲れがじわじわと溜まっているのを感じていた。

 村では考えもしなかったが、ずっと歩き続けるのは想像以上に体力を消耗する。


 「旅って楽しいけど、けっこうきついな……」


 「はは、そうだろ?」


 バルザックは笑いながら水筒を取り出し、水を飲む。


 周囲を見回すと、俺たち以外にも数組の旅人がいた。

 商人、行商人、馬に乗った男、簡素な装備の剣士……。


 それぞれがそれぞれの事情で旅をしているのだろう。

 そんな中、ひときわ目を引いたのは――


 大きな剣を背負った男と、弓を携えた女の二人組。


 「バルザックさん、あの二人……?」


 俺が視線で示すと、バルザックも気づいたようだ。


 「ああ、見りゃ分かる。あれは“冒険者”だな」


 「冒険者……」


 俺は、言葉を反芻した。


 村のワイルドボアとは違う、

 魔物を狩ったり、盗賊を討伐したり、護衛をしたりと、さまざまな仕事をこなす者たち。

 なんでも屋のような存在だが、何を得意とするかは人それぞれ違うという。


 「ちょっと話してみようぜ」


 興味を持ったサムが、ずんずんと二人組に近づいていく。


 「おい、待てサム!」


 止める間もなく、彼は剣を背負った男に話しかけた。


 「なあ、あんたら冒険者か?」


 男はちらりとサムを見た。

 目つきは鋭いが、敵意はなさそうだ。


 「まあな。お前らは……商人か?」


 「いや、俺たちは村から……」


 サムが説明している間、俺も近づいて行った。


 「そっちのあんたは?」


 男が俺に視線を向ける。


 「アルクです。こいつ……サムと一緒に商人の手伝いでルーデ村から来たところです」


 「俺はローダン。こっちは相棒のエレインだ」


 男――ローダンは淡々と言い、隣の弓を持った女性に視線を送る。

 エレインと呼ばれた彼女は軽く頷き、俺たちを観察するように見つめた。


 「ローダンさんとエレインさんは、いつから冒険者をやってるんです?」


 俺の問いに、ローダンはしばらく考えた後、答えた。


 「もう五年になるな」


 「五年!? そんなに長いのか?」


 驚くサムに、エレインは少し懐かしそうな表情を見せた。


 「最初は別々だったのよ。私は狩猟をしながら細々と仕事をしていて、ローダンは単独で盗賊退治なんかをやっていたみたいね」


 「それが、どうして一緒に?」


 俺が尋ねると、ローダンは苦笑いしながら答えた。


 「昔、ある山道で魔物に襲われたんだ。俺一人じゃ手に負えなかったところに、たまたま通りかかったこいつが助けてくれた」


 「なあ、ローダンさん」


 サムが興味津々とした様子で尋ねる。


 「あんたたちって、どうやって仕事を受けてるんだ?」


 「街道の治安を守るのも俺たちの仕事だからな。商隊から護衛を頼まれたり、村で魔物退治を請け負ったりしてる」


 「どこかに、そういう仕事をまとめる場所があるのか?」


 ローダンは首を横に振った。


 「いや、仕事の話は商人や村人から直接聞くことが多いな。たとえば、誰かが“この先の森で魔物が出た”って話を持ち込んできたら、それを聞いた俺たちが向かうって感じだ」


 エレインが少し微笑んだ。


 「でもね、それは仕事がある時の話よ」


 「……どういうことです?」


 「冒険者っていうのは不安定なのよ。仕事がなければ、何日も無収入になることだってある」


 ローダンが腕を組みながら続けた。


 「それに、大金を持ち歩くのは危険だからな。基本的に手元には必要な分しか持たねぇ」


 「えっ、じゃあ報酬はどうしてるんです?」


 「どこかの街で一気に換金するか、信頼できる商人に預けることが多いな」


 ローダンの言葉に、俺は驚いた。

 冒険者は、報酬を受け取ったらそのまま持ち歩いているわけではないのか。


 「え? でもそれって、要するに手元にはほとんど金がないってことですよね?」


 俺の疑問に、ローダンは肩をすくめて笑った。


 「まあ、そういうことだな」


 「大金を持ち歩くのは盗賊や強盗の格好の的になるし、油断しているところを襲われることもあるわ」


 エレインが冷静に補足する。


 「それって、めちゃくちゃ不便じゃねえか?」


 サムが思わず口を挟んだ。


 「だってよ、せっかく稼いでも、その金を安全に持っていられないんじゃ意味がねえだろ」


 「それは仕方ないことよ」


 エレインは落ち着いた声で答えた。


 「大金を持ち歩けば狙われるし、だからといって貯め込む場所もない。ある程度稼いだら、使い切るか、信頼できる商人に預けるしかないのよ」


 「信頼できる商人っていうのは……?」


 俺の問いに、ローダンは少し口を濁した。


 「商人はたくさんいるが、その中でも信用できる相手を探すのが大事だ。長い付き合いがある商人なら、預けた金を勝手に持ち逃げするようなことはしねえ」


 「中には、金貸業を専門にしている商人もいるわ」


 エレインが補足する。


 「そういう商人は、冒険者や旅人が金を預けるのを商売にしているの。必要なときには借りることもできるわ。ただし、利子はかかるけれど」


 「つまり……銀行みたいなものか?」


 「ギンコウ?」


 俺の言葉に、ローダンが首を傾げる。


 「いや、何でもない。ただ、そういう仕組みがあるなら、少しは安心ですね」


 「安心できるかどうかは、結局のところその商人がどれだけ信用できるか次第だがな」


 ローダンはそう言って苦笑する。


 「それに、そもそも仕事にありつけるかどうかも運次第だ」


 ローダンが少し真剣な表情になる。


 「俺たちみたいに戦える連中は、魔物退治や護衛の依頼がそれなりに入るが、それでも仕事がないときは本当に何もない。数週間、まったく報酬がないこともざらにある」


 「……そんな状態で、どうやって生きてるんです?」


 「食費を切り詰めるしかねぇな。余裕があるときに干し肉や保存食を買い込んでおいて、無駄遣いはしない」


 エレインも少し寂しそうに微笑んだ。


 「だから、私たちみたいに長く続けている冒険者は少ないのよ」


 「……どういうことです?」


 「冒険者の仕事は、不安定だから続けるのが難しい。若い頃は力もあって無茶ができるけど、年を取るにつれて無理がきかなくなる。そうなると、結局どこかの街で落ち着くしかなくなるのよ」


 俺は、言葉を失った。


 冒険者というのは、自由でかっこいい職業のように思えていた。

 しかし、現実は厳しく、一生続けられる仕事ではないのかもしれない。


 「俺たちは今はまだ動けるからな。だけど、いつまでこの生活を続けられるかは分からねぇから、動けなくなったときにまた考えるさ」


 ローダンが遠くを見ながら笑って答えたが、その言葉の裏にある不安は、隠しきれていなかった。


 「さて、そろそろ行くか」


 ローダンが立ち上がる。


 「お前らも気をつけろよ」


 エレインも静かに頷き、二人は荷物を担いで街道の向こうへと歩き出した。


 「ローダンさん、エレインさん」


 俺は、二人の背中に向かって声をかけた。


 「ありがとうございました。お話を聞けてよかったです」


 ローダンは振り向かずに手を上げ、エレインは小さく笑って頷いた。


 「なあ、アルク」


 休憩を終えたサムが、俺の肩を軽く叩く。


 「やっぱり、冒険者ってすげえな。でも、楽じゃねえんだな……」


 俺は、ローダンたちが消えていった街道の先を見つめながら、小さく笑った。


 「……そうだな」


 そして、俺の心の中で、ある考えが少しずつ形になり始めていた。

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