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第十一話:旅立ちの準備

翌朝、村の広場には静かな緊張感が漂っていた。


 バルザックの荷車のそばで、サムが荷造りをしている。

 その横には俺もいた。


 「本当に二人で行くのか?」


 村長のガルドが、腕を組みながら俺たちを見つめる。


 「ええ。バルザックさんとも相談しましたし、村長も了承してくれましたよね?」


 「そうだが……アルク、お前は本当に大丈夫なのか?」


 村の外に出るのは、俺にとっても初めてのことだ。

 だが、ここで尻込みするつもりはない。


 「問題ありません。村のことを知るには、外の世界を見るのが一番です」


 この旅は、ただの荷運びではない。

 バルザックが村長と話をした結果、村で獲れたワイルドボアの燻製や毛皮を隣の村で売ることになった。


 村の食料に余裕があるわけではないが、ワイルドボアの肉は保存が利く。

 また、毛皮は寒さの厳しい地域では高く売れるという。


 「それに、バルザックさんの話だと、この村には貨幣があまり流通していないんですよね?」


 「そうだな。ほとんど物々交換だからな」


 「だからこそ、金の価値を知るためにも、俺が行く意味があると思っています」


 バルザックは頷きながら、俺たちの荷物を確認している。


 「アルク、お前さんは貨幣を使ったことがないんだったな?」


 「ええ。この村では、ほとんどが物と物の交換ですから」


 「なら、旅の間にじっくり教えてやるよ」


 バルザックは懐から数枚の硬貨を取り出し、手のひらに広げてみせた。


 「こいつが銅貨、一番小さな単位だな。村の子供でも持ってるくらいのもんだ」


 銅色に輝く小さな貨幣。

 たしかに、見た目はそこまで高価な感じはしない。


 「十枚集めると銀貨になる。銀貨は宿代や食事代に使われることが多いな」


 「十枚で一段階上がるのか」


 「そうだ。そんで、五枚の銀貨を集めると小金貨になる。こいつで武器や防具を買ったりするわけだ」


 なるほど。

 戦いを生業にする者にとっては、小金貨が重要な単位なのかもしれない。


 「さらに、十枚の小金貨が集まると大金貨になる。これは貴族や大商人が使うレベルの貨幣だな」


 俺はバルザックの手のひらに並んだ貨幣をじっと見つめた。


 「つまり、銅貨→銀貨→小金貨→大金貨の順番で価値が上がる、ということですね」


 「そういうことだ。簡単だろ?」


 俺は小さく頷いた。


 「なるほど……じゃあ、銀貨三枚っていうのは、どのくらいの価値なんです?」


 「まぁ、一日の労働三回分ってとこだな」


 「じゃあ、サムの仕事の報酬は結構いい方ですね」


 「おう、そりゃもちろんよ」


 サムが俺たちのやり取りを聞きながら、袋の紐を締める。


 「準備はバッチリだぜ」


 「食料は?」


 「干し肉とパン、それに水筒も持った。寝る時用に毛布もな」


 「金は?」


 「……あ、そういや金は持ってねぇな」


 「ダメだろ、それじゃ」


 俺は小さくため息をついた。


 「旅先で何かあった時、金がないと何も買えないぞ。少なくとも、銀貨一枚は持っておけ」


 「分かった分かった。バルザックさん、俺の報酬から銀貨一枚、前借りできるか?」


 「いいぜ。ただし、ちゃんと働いてもらうからな?」


 バルザックは笑いながら、銀貨をサムに手渡した。


 「さて、そろそろ出発の時間だな」


 バルザックが荷車を確認しながら声をかける。


 「アルク、サム、行くぞ」


 俺たちは最後に村の方を振り返る。


 リナや村人たちが見送るために集まっていた。


 「気をつけてな!」

 「お土産話、楽しみにしてるよ!」


 リナが心配そうにこちらを見つめながら、手を振る。


 俺とサムはそれに手を振り返し、バルザックと共に村を後にした。


 これが、俺にとって初めての旅だった。


 そして、ここから先、金の価値を知ることになる旅でもある。

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