第一話:目覚め
転生先の異世界には、冒険者ギルドという概念がなかった。
魔物討伐は自己責任、情報共有もまともにされていない。
そんな世界で生き抜くため、俺は一つの決断を下す。
「ギルドを作り、世界の仕組みを変えていく。」
金策、人材確保、制度づくり……すべてゼロからのスタート。
異世界転生者ならではの発想と現実の厳しさが交差する、ギルド創設の物語が今始まる!
――痛みと共に、意識が浮上する。
まるで深い水底に沈んでいたような感覚だった。何も考えられず、空虚な時間が続いていたはずなのに、唐突に現実へと引き戻された。脈打つような頭の痛み。視界の端で揺れる木の葉の影。土と草の匂いが混じる、湿った空気。
(ここは……どこだ?)
霞がかった意識の中で、そう思った。しかし、それ以上に――自分が誰なのかさえ、はっきりしない。
瞼の裏に、色のない記憶が浮かんでは消えていく。ぼやけた街の景色。何かを学び、働き、誰かと話し、笑っていたような……そんな曖昧な過去。しかし、それらを掴もうとすると、霧のように指の間から消え去る。
(俺は……誰だ?)
喉が渇いていた。呼吸が苦しい。強い倦怠感と共に、焦点の合わない視界を動かすと、薄暗い天井が目に入った。
どうやら、屋内らしい。
木造の梁がむき出しになった天井。簡素な家具が並ぶ部屋。窓から差し込むのは、どこか黄昏めいた光。
ふと、そばで誰かが動く気配がした。
「あ……目が覚めたんですか?」
優しい声だった。振り向くと、そこには十七、八ほどの少女が立っていた。素朴な布のワンピースを着ている。栗色の髪を編み込みにして、少し驚いたような顔でこちらを見つめていた。
(知らない顔だ)
しかし、こうして自分を覗き込んでいるということは、何らかの関係があるのだろう。
「……ここは?」
自分の声がかすれていることに気づいた。少女は心配そうに眉を寄せる。
「村のはずれに倒れていたんです。頭を強く打って……もう、三日も眠っていましたよ」
三日――?
そう言われても、何の実感もわかない。ただ、言われるがままに、額へと手を伸ばす。包帯が巻かれていた。軽く押すだけで、じんと鈍い痛みが響く。
「名前……覚えてますか?」
少女が恐る恐る尋ねる。
名前――
喉の奥に、何かが引っかかるような感覚があった。思い出せない。いや、何か知っているはずなのに、形にならない。
(俺は……)
考えるほど、霧は深まるばかりだった。だが――
「アルク……」
それだけは、口をついて出た。
確信があったわけじゃない。でも、その名前が妙に馴染んでいる気がした。
「アルクさん、ですね?」
少女は微笑んだ。その表情に、わずかに胸が温まる。
だが、すぐに冷えた現実が押し寄せてきた。
俺はなぜ、こんな場所にいる?
ここは、どこなんだ?
何より――なぜ、前の世界の記憶がない?
アルク、とりあえずそれが今の俺の名前らしい。
言葉にすると、妙に馴染んでいる気がした。まるでずっと昔からそう呼ばれていたかのように。しかし、それ以外の記憶は霧の向こう。つかみかけた何かは、指の隙間からこぼれ落ちるばかりだった。
だが、考え続けても答えは出ない。
「ここはどんな場所なんだ?」
頭の痛みをこらえながら、俺は少女に尋ねた。
「ここはルーデ村です。王都から馬で三日くらいの距離にある、小さな村です」
ルーデ村?聞き覚えのない名前だ。いや、それも当然か。俺がどこから来たのかすら分からないのだから。
少女は椅子に腰を下ろし、手慣れた様子で温かい飲み物を用意してくれた。木のマグカップに注がれたそれは、ほのかに甘い香りがする。
「お父さんとお母さんが、あなたを家に運んだんです。森のはずれで、頭から血を流して倒れていたって」
「……そうか」
思わず額に手を当てる。じんと響く鈍痛は、まだしばらく続きそうだった。
「でも、良かったです。目が覚めて」
少女は安堵したように微笑んだ。
その表情に、少しだけ胸が温まる。
とはいえ、状況はまだよく分からない。
ルーデ村という名の村。俺を助けてくれた少女とその両親。そして、俺は森のはずれで倒れていた――それだけだ。
(なぜ俺は、こんな場所に?)
問いが浮かぶが、答えは出ない。
しかし、今は焦るより、状況を整理する方が先だ。
「俺を助けてくれた人たちに礼を言いたい。動けそうなら、直接話を――」
「ダメですよ!」
少女が驚いたように声を上げた。
「まだしばらくは安静にしないと!怪我が悪化したら大変です」
「……そうか」
正論だ。まだ体に力が入らないし、歩けるかどうかも怪しい。
「とりあえず、ご飯食べますか?」
少女が立ち上がる。
視線を巡らせると、質素な木造の家の中に、暖炉があり、小さな食卓があった。そこに湯気を立てるスープと黒パンが置かれている。
「……もしかして、俺の分も?」
「ええ。ずっと寝てましたし、お腹すいてると思って」
彼女は笑いながら、スープを差し出してくれた。
温かい匂いが鼻をくすぐる。
ひどく、懐かしい気がした。
(前にも、こんなふうに……?)
ふと浮かんだ記憶の欠片に、心がざわつく。
しかし、今はそれを考えるより――
「……ありがとう」
スプーンを手に取り、一口すする。
優しい味が、少しだけ体の芯を温めた。
なろうは見る専門でしたが、これまで見た作品でも内政エピソードが好きなので、戦闘描写というよりも、その周辺の物語を描きたいなと思って投稿することにしました。完結まで応援いただけると助かります。