古い夢
直感的に分かる。これは夢だ。夢の世界なのだ。長い廊下は薄暗い。しかし同時に、僕を不気味さに囲みはできない。暖かく弱々しいランプは廊下を照らす力を持たなかった。廊下の壁にへばりついたポスターは光が足りないのか。その内容を僕に伝えることをできない。廊下の途中は丁字路に別れている。僕は、左右が逆さのトの字となるように廊下の先を眺めている。廊下の先は悲劇的な暗闇である。やたらとツヤツヤとした廊下の地面には、僕のキュッキュッという足音が一人、虚しく響いて、その足音は地面に溶けてじんわりと消えていった。
僕は、これを夢だと思った理由がやっとはっきり分かった。この廊下はやたらと暖かい。しかし、それに見合わないほど空気が重いのだ。重い。これを詳細に述べるのは難しい。僕にだって、夢の世界の空気のことは分からないし、だから説明もできない。しかし、重い。重たさの原因は何となく分かっていた。だからこそ重いと感じたのかもしれない。
この廊下にはなんとなく見覚えがあった。僕の住んでいる地域にある少し大きな総合体育館の廊下だ。小さい頃、僕は母に連れられてこの体育館にあるプールによく来た。小学生の頃はここにある室内プールの水泳教室に通っていて、僕の幼馴染もそこに通っていた。小学校の宿題をそこに持ってきて休憩時間にやったり、幼馴染と歓談したり、色々なことがあった。
僕はなぜこの夢を見ているのか、この廊下の照明のように薄く、ぼんやりと、感じた。僕は今、もう大人になってしまった。いつしか、この体育館の記憶も忘れかけていた。現実のふとしたきっかけが、僕の心のどこか奥深く、暗く、重く、低く、僕の気持ちすらも溶けて入らないような底にある、この記憶を呼び起こしたのだ。そしてその呼び起こされた僕の記憶にある体育館が、また僕を呼んでいるのだ。それにしても、どうしてこうも夢の中の景色はぼんやりと薄暗いのだろうか。はっきり言って、この体育館にはいい思い出が多い。僕は水泳教室は好きではなかったが、幼馴染と過ごす時間は嫌いではなかった。暗い思い出なんか、ひとつもないんだけどな...。
この先の丁字路の先は、確か幼馴染とよく遊んでいたソファがある。丁字路を分岐点の壁に進んでいくと、つまり僕から見て右側の壁には、ドアがいくつか連なっている。そこはよく人が出入りしていて、たまに中学校の知り合いが通ったりした。思い浮かぶのはソファの上で遊ぶ小さな僕ら。
僕は、思い出した。そして同時に寂しくなった。この暗闇は、廊下の元々の暗さだったのだ。ポスターに興味がなかった僕らは、ポスターの内容なんか知りようもない。ましてや、思い出すことなんかできるはずもない。
あぁ、僕はこの丁字路を曲がることができない。僕は、そう直感した。寂しさが心に薄く広がったころ、僕の意識はポスターに、廊下に、薄明かりに響いて静まっていった。
朝起きる。夢にすら見ないことだってある、忘れてしまうはずの毎日を僕は生きていく。僕は、幼馴染にLINEを送った。
「次の土曜日は暇か?」
新しい沈黙が、僕の心に溶けた。