誰が教えた文官に?
「でもあの方とご一緒でしたよね?愚痴を聞いていらっしゃったのでは?」
「愚痴というか……どちらかと言うと自己正当化の弁明と言ったところだったかと」
「でもご一緒でしたよね?」
「だが友人ではない!」
「…………まぁそれならそれで別に良いです」
そう言ってスタスタと歩きだした私の前に、先回りしたアレンが立ちはだかりムッとしながら見下ろしてきた。
「そういうところだ。少なくとも自分に関わる事くらい興味を持ったらどうなんだ?」
「それって必要でしょうか?」
「自覚が無いようだが、君はどうにも危なっかしい」
危なっかしい?特に事件などに巻き込まれることも無く、平穏無事に過ごしておりますけれど?
「君は何かと斑があり過ぎる。興味関心だけじゃない。ぼんやりして何も考えていないようで驚く程の洞察力を見せてくるし、素っ気ないかと思えば強い訴求力を持った論理的な話をする。しかもそういう時の君は……突然纏う空気が変わるんだ。あの夜もそうだった」
「あの夜って夜会の?」
「そうだ」
ちょっと何を言われているのかよくわからないのですわぁ……と首を捻っているうちに、アレンはどんどん先に行ってしまう。慌てて小走りで追い付くと、チラっと横目で見たアレンの歩みが少し遅くなった。
「恐らくだが……目が違うんだろう。何かを訴えかけようとする時に君は目を輝かせるから。それに付随して雰囲気が一変する」
「誰でもそうじゃありません?」
「君ほどの変化を見せる人間はついぞお目に掛かったことがないね」
「はあ、そうですか……」
何気なく窓硝子に映る自分に目をとめた。そこにはいつも通りのパッとしない私が映っている。妃殿下がポジティブに捉えてくれている眼力。多分アレンが言うのはそのことなんだろうけれど、どうもこの人はよろしくないものとして見ているらしい。
「だから危なっかしいんだ……危なっかしくて、見ていられない」
もう何度目だろう?この意味不明な戒めを聞かされるのは。両親にだってこんなお小言貰ったことなんかないのに。
「ご忠告ありがとうございます。以後注意しますわ」
「心にもないことだからと言って、こんなに気持ちのこもらない話し方をするのも君だけだ。口先だけで言っておけば良いだろうと考えているのが手に取るようにわかるな。彼は強引なやり方をしなかったから何事も無く済んだが、誰もがそうとは限らないんだぞ」
「それはまぁそうですが、もう平気です」
「どうして言い切れる?」
「だって私、あれ以来夜会には出ていませんから。苦手なので避けているんです」
アレンは酷く驚いた様子で目をみはった。何故かかなりのビックリ具合だ。強張った顔は衝撃を受けたって言うよりも、戦慄が走ったの方がピッタリじゃない?って感じるくらい。
そして躊躇うように何度か口を開いてはつぐみ、おずおずと尋ねてきた。
「もしやアレがトラウマになったのか?」
「一部始終ご覧になっていらしたでしょう?そんなこと、あり得ると思います?」
「……ないな」
アレンはどういうわけか安堵したように小さく息を吐き、眉尻が下った顔で私を見つめた。
「もしかしたらですが、黙って眺めているだけだったのを、気にされています?」
「いや。あの時の君には助けなど必要無かったと思うが?実に見事な追い詰め方だった」
仰る通りでその事に関して恨む気持ちは一切ないし、アレンをうだつの上がらない文官の友達だと思い込んでいた私は、口を挟まれても『黙れ!』とキレていたかも知れない。
「褒めて下さるならもう良いではないですか。言ってやりたいことは全て言いましたからスッキリしましたし」
その上厄介な夜会を回避できるのだもの、有り難いとすら思えるくらいだ。
「だが彼が君に言い寄ったのは……実は俺に原因があるんだ」
「はい?それこそ騎士様と私に面識は無かったですよね?」
これが初対面じゃないのはわかったが、あの時は絶対に違う。女官になったばかりで今よりももっと知り合いが少なかったもの。訝し気に見上げるとアレンの眉尻がもう一段階下げられた。冷ややかな目が印象的だが、案外表情豊かな人のようだ。
「君とは初対面だったがアーネストは貴族学院で共に学んだ友人だ。それに友人では無いがジョルジュも同じクラスだった」
ジョルジュ。そう言えばうだつの上がらない文官はそんな名前だった記憶がある。
「それが何か?」
「だからそう云うところだろう?思いもよらない事が自分の身を脅かすんだ。少しは気にしたらどうだ?」
だって、正直この三人がクラスメイトだったと聞いても、はぁそうですかとしか思わないし。現に自力で撃退できたんだからそれで良いと思うのよ。
だけどアレンはそうじゃないらしく、私の想いなど関係無しに事情を語りだした。
発端はあの夜警備担当だった為夜会には参加できなかったアーネストだった。
まず……
世話役のアーネスト。夜会に不慣れな私が壁の花になり、1人でしょげていないかと心配する。
そして……
偶然見掛けた招待客として参加していた学友で同僚のアレンに、ダンスの相手をしてやって欲しいと依頼。
しかし……
私は控室でご馳走に舌鼓を打っていたため不在。直接紹介できず人となりと見た目の特徴を伝える。
それを……
たまたま近くにいたジョルジュが耳にし、このチャンスを活かさぬ手はないと思い立つ。
という一連の流れだったそうだ。
「ですが、あなたに三年越しで気になさる程の落ち度があるとは思えませんよ?」
「いや、それがだな……」
アレンは気の毒に思えるくらいゲンナリした顔を私に向け、大きな溜息を吐いた。
まだ三人が学生だった頃、ジョルジュは恋人だった少女に別れを告げられた。好きな人ができたという。
未練たらたらのジョルジュは考え直してくれと懇願したが、少女は頑なで結局二人は破局した。
「そうしたら、彼女が俺に言い寄って来るようになったんだ。それを知ったジョルジュが、彼女を誑かして引き離したのだと決めつけて……」
「逆恨みされたんですか?」
アレンはガックリと項垂れた。それ以降、ジョルジュが何かとウザ絡みしてくるらしい。
「しかもどう勘違いしたのか、アーネストは君を俺の恋人にどうかと引き合わせようとしていると思い込んで、それならば自分が落としてやると勝手に啖呵を切って立ち去ったんだ」
「うわぁ……」
「騎士や文官の間にも君の噂は広まっていたが、どの女官が君なのか知っているのは、妃殿下付きの第四近衛騎士団の奴らとアーネストだけで……ジョルジュは早い者勝ちだと考えた」
「ですね」
女神様級美女の親族ならば、女神ではなくとも天使か妖精くらいに違いない……そう思うのは男の性なんだろう。当時は用も無いのに妃殿下エリアをウロウロする輩が後を断たず、女官長は頭を悩ませていた。
しかし今とは違い私とて結構城内をウロチョロしていたのだ。それなのにいつまで経っても女神様の親族の天使ちゃんが姿を見せないと思われていたのは、ひとえにパッとしない私の存在感の薄さによるものであろう。大体私は従姉妹同士だった前世でさえ結衣ちゃんとは似ておらず、今生では親族ですらない。アーネスト同様呼び名も知らぬ血縁の無い親戚筋の一人に過ぎないのだ。天使ちゃんになれる根拠などまるでないのに、ヤロウ共というのは本当に浅はかで呆れさせてくれる。
髪の色、髪型、ドレスの色、デザイン。アーネストの話からヒントを得たジョルジュは私を探し始めた。止めなければと後を追ったアレンだが、途中でジョルジュを見失ってしまう。そしてようやく見つけたのが、あの廊下で。
一人でいるジョルジュを見たアレンは胸を撫で下ろした。その安堵の気持ちが顔に出たのだろう。腹を立てたジョルジュがぶちまけた言い訳が、例の罵詈雑言だったのだ。
「そうしたら君がひょっこり出てきて、これは修羅場になるかと身構えたのだが……君はその……風格すら漂う程に落ち着いていたし、実に堂々たる話振りで……これは口出し無用だなと直感した」
「だから黙って見ていたと?」
「あぁ、そうだ」
アレンは三年分のモヤモヤをようやく吐き出してホッとしたらしい。けれどもこうして私が誰の助けも求めていなかったのを認めているのだ。つまりアレンが説教がましく言うような、危なっかしいのなんのって根拠もないわけで。そして私はあの一件が起こった経緯なんてどうでも良いと言っているのに。
「でしたらやはり私には詳しい事情を聞く必要はなかったかと思うんですが?」
むしろ知りたいのは、だったらどうして詳細を聞かされなきゃならなかったかってことの方だけど?それから引っ掛かるとすればもう一点。アレンの執務室でのやたらと感じの悪い態度だ。
「そうかも知れないが、聞いてもらわなければ俺が謝罪する意味も理解できないだろう?」
「まぁ!謝るお気持ちがおありになるの?」
「もちろんだ。リゼット・コンスタンス嬢、迷惑をかけて大変申し訳なかった」
アレンは胸に手を当て深々と丁寧に腰を折った。
「いえ、先程から申しております通り、もうどうでも良いと思っていますから」
ついでに夜会スルーの言い訳という怪我の功名も手に入れたのだし、今となっては結構美味しい事件であった。だから私は社交辞令的な微笑みを浮かべてみたのだけれど、どうもアレンの反応がよろしくない。なんだかまだモジモジしているのはどうしてだ?
「まだ何かございますか?」
「……いや、どうだろう?……たが、しかし……そうだな。やはり謝るべきだろうか?」
「そんなに迷うくらいなら良いですよ。こちらには謝って欲しいようなことは何もありませんもの。あ、でも執務室での態度は正直不愉快でしたね。相性というものがありますし好き嫌いの感情はどうにもならないのはわかりますが、あれだけ露骨に出されるのはいかがなものかと思います。私はともかくその場の雰囲気を悪くしますもの」
「それなんだが……ちょっと、いや、かなり君を誤解していたようで……本当に申し訳ない」
アレンの騎士らしいピシッとしたお辞儀は、さっきのよりも一段階深い。表情といいお辞儀といい整い過ぎてシラっとしてるように見えるけれど、結構表現豊かなのね、この人は。