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強ち馬鹿の属するカテゴリーは褒め言葉か?


 渋々目を通した手紙は仰る通りすっごいプライベートな内容だった。要するにどう見てもコッテコテのラブレターである。


 そこには君に一目惚れしちゃいましたという告白と共に、今夜、王都の定番デートスポット、ルストッカ庭園の噴水で待っているというデートのお誘いがしたためられていた。宛名として記されているのは、数え上げたらキリがない我が家よりも裕福な下位貴族の中でも、トップクラスにリッチな子爵家のご令嬢だという。


 私は眉間を寄せて考え込んだ。引きこもりの私でも社交の華と謳われる美しいお嬢さんなら思い浮かぶんだけど、この名前はさっぱりだ。パッとしない私に言われるのは不本意だろうが、ということはそういうことだよね?


 何だこれ?女神様級美女を妻に持つ王太子が、ということはそういうこと……な令嬢に逢い引きなんて持ち掛けるはずがないよね?しかもルストッカ庭園だよ?王太子が定番デートスポットでの逢い引きを持ち掛けるなんてあり得ないし、大体この時期の殿下はとってもデリケートなのに。


 「もっちろん僕はこんな手紙書いてないよ!」

 「でしょうね。だって殿下がこの時期にルストッカ庭園に行くはずがありませんもの。くしゃみ鼻水目の痒みで悲惨なことになるでしょう?」


 ルストッカ庭園の一角にはナチュラルな白樺の林がある。そして指定の噴水は白樺林の風下。白樺アレルギー持ちの殿下にとって、春のルストッカ庭園は物忌みポイントなのである。

 

 「そっち?根拠はそっちなの?うわん、リコチャン失礼過ぎーっ!お兄様はそんな方ではありませんって断言してくれると思ったのにいっ!」

 「あーはい、デンカハソンナカタデハゴザイマセン」

 「ほらまた棒読み!あからさまに棒読みっ!お兄様泣いちゃうぞっ!」


 私は臆面もなくどんよりした。殿下が鬱陶しい、とてつもなく鬱陶しくてたまらない。全彼女ちゃんの猫達に共感だ。


 うん、退散しよう。偽物だって証言したのだしもう用済みなんだもの。これ以上殿下に構い倒されてはライフゲージが空になる。


 「とにかく封蝋は偽物だと断言します。ではわたくしはこれで」

 「待って待って、こんな怪しいモノを見せられたんだから色々気になるでしょう?」

 「いえ、特には」

 「あーん、気にして!興味持って!」

 「廊下に出た瞬間に記憶の奥底に眠らせるくらい、ほぼ興味は湧いてませんので。では」

 

 トレイに手紙を乗せ立ち上がろうとしたその時、『待ちなさい!』と言いながら私の左肩を誰かが押さえつけた。何をするのかと振り向くと一人の騎士が冷ややかな目で見下ろしている。


 「このまま帰すことはできない」


 目付き以上の冷たい声で言い放たれた私は顔をしかめた。


 「…………ナゼに?」

 「騎士団棟までご同行願う」

 「ですからナゼに?」

 「証言の調書を取らねばならないからだ。よろしいですね、殿下?」


 よろしくないですよね?と念を込めつつ殿下をジロリと見たが、なんとスイッと目を逸らしやがった。良いんだね?もう、どんなに構い倒してこようとも、一生懐いてなんかやらないぞ?


 「許可しよう」

 「お待ち下さい。わたくしは職務の途中で」

 「殿下の許可がある以上従って頂く」

 

 こういう時こそお兄様を発動してくれれば良いのに、どうにかして!と殿下を見てもわざとらしく窓の外なんか眺めている。今だ、今ならチャンスなんだよ!


 けれども殿下にはチャンスを生かすつもりはないようだ。ふん、もうホントに一生懐いてなんかやらないから!


 となれば……と思ったのに、面倒をみてくれと頼まれているはずのアーネストはへにゃっと力なく笑っている。


 面倒みて!今こそみて!


 「アレンにごねても無駄だからなー。諦めてさっさと終わらせるのが一番早いぞ。行っておいで」

 「だって仕上げなきゃならない妃殿下主宰のお茶会の招待状がぁ」

 「君が素直に従ってくれれば直ぐに終わる。俺とてこの不毛な時間は惜しいんだ。さぁ」


 何が『さぁ』だよ!と睨んで見ても騎士はピクリとも表情を変えない。きっとグダグダ言ってないで早く行くぞ!としか思っていないのだろう。確かに抵抗するだけ無駄なタイプなのかも知れない。それなら騎士団棟に行ってマキまくるのが一番早そうだ。


 「わかりました」


 それでも嫌味をたっぷり込めて特大の溜め息と共に立ち上がる。騎士は僅かに顔をしかめたが口は閉ざしたままだった。


 「参りましょうか」

 「アレン・ベンフォードだ」

 「……」

 「第三近衛騎士団所属のアレン・ベンフォードだ」


 何かと思えばいきなりの自己紹介!なんかこの人、色々足りないんだな。


 言われなくても黒い騎士服で殿下付き第三近衛騎士団員なのは一目瞭然だし、じゃなきゃここに同席もしていないだろう。その要らぬ情報をもたらす前に、お手数ですがとかあいすみませんがとかそういう一言が欲しいところだ。


 「……王太子妃私室付き女官のリゼッ」「知っている、ではこちらへ」


 聞く気はさらさら無いらしく、アレンは踵を返しさっさと歩きだしてしまった。どうして知っているかは知ったことではないが、自分は名乗ったのだから名乗らせてくれても良くないか?出鼻をくじかれた的なモヤモヤが発生しちゃったじゃないのよ!


 いい加減コイツをどうにかして!とアーネストに視線を送ったが、アーネストはまたもやヘニャっと笑っているだけだ。いや違う。『お手上げです!』という口パクに、両手を上げるパフォーマンスを付けやがった。


 わかりました。後程伯母様にチクら……ではなくご報告いたします。どうぞ盛大に叱られて下さいませ。


 使えぬアーネストをプクッと膨れて睨み付けている間に、アレンと名乗った騎士はドアを開けじっと待っている。ただし無言ではあるが結構な熱量の『早くしろ』というオーラを放ちながらである。必要なものは足りないけれど、不必要なものは豊富らしい。


 ムクムクと膨れ上がる不快感を胸に抱きつつ、私はアレンの後に続いて歩き出した。





 「君は……」


 無言で前を歩いていたアレンが突然立ち止まり振り向いた。


 「相当激しい斑が有るようだな?」

 「ムラ?」


 アレンは不躾に私を見つめた。いや、見つめたでは手緩い。ガン見したが適当な不躾っぷりだ。所要時間30秒程でガン見は終了となったが、何故か一歩距離を詰め威圧感たっぷりに見下ろしてくる。


 「あの理路整然とした話し方から察するに強ちバカではないようだし、むしろそれなりの知性を感じたが……」


 これは褒め言葉なのかディスられているのか、どちらに受け止めたら良いのだろう?判断しかねるが胸の不快感がさらに膨らんだのは当然だ。強ち馬鹿の属するカテゴリーは褒め言葉とは考え難いので。


 一旦口を閉ざし何かを考えている様子のアレンは、スッと目を細めるとまた一歩距離を詰めた。


 「興味が無いことに対しては清々しい程に無関心なのだな」

 「は?」


 私、やっぱり何だかディスられてはいませんかね?実際そうです、そうなんですけどね。


 「初対面のあなたに指摘されることではないと思いますが?」


 遠慮なく嫌悪感丸出しで答えるとアレンの眉間がキュッと寄った。


 「君は人の顔を覚えるのが苦手だろう?というよりも興味が無い相手は目の前にいても認知する気がないのでは?よくそれで女官が務まるな」

 「……初対面のあなたに指摘されることではないですから」


 再度繰り返しカチンときてます!の気持ちをそのまま反応させた冷やかなお返事をすると、何故かちょっぴりアレンの頰が緩んだ。微笑みではない。言うなればなんかこう、残念なコを見るような笑い?


 「初対面ではないんだが?」

 「そうでしたっけ?」

 「その全く悪びれない言い方は、やはりこういうことが日常茶飯事で慣れているせいではないのかな?」

 「…………」

 「ほら、反論できないだろう?」

 

 アレンは勝ち誇ったようにニヤリと口の端を吊り上げ、ものっすごい意地悪な笑いを浮かべた。くぅっ!ムカつく。こうなれば意地でも思い出してやる。


 亜麻色の髪に透き通ったライムグリーンの瞳、凛々しく整った眉と鼻筋。ご指摘通りさして興味もなくボヤッと眺めていただけの顔だが、じっくり見ると相当ハイレベルなお顔の造作をしていらっしゃる。近衛騎士の中でも長身で人目を惹くだろうが、私にとって殿下付きの騎士の皆さんはアーネストとその他諸々でしかない。それはハイレベルな顔面偏差値を有するアレンでも同様で、第三近衛騎士団に居たことすら知らなかった。これが妃殿下付きだったら執務室の出入りでお会いするので、流石の私でも顔と名前は一致している。お疲れ様ですと挨拶を交わす守衛さん的感覚であるのは否定できないが。


 悔しいが完敗か?と諦めかけたその時、ふと落ち着いた装飾が施された濃紺の夜会服が頭に浮かんできた。上品なデザインで凄く素敵だな、あれだよあれ、こんな派手なのじゃなくてあんなのを着れば良いのになぁなんて考えたような気がするが、どうしてそんな事を考えたんだろう?一体誰と誰の夜会服を比較したのか……ええとそれは……


 うわっ!?…………居たよこの人、上品な方を着用して下品なのを着たヤツの隣に居た!


 「うだつの上がらない文官のお友達っ!」

 「なっ!友達じゃないぞっ!」


 え?だって愚痴に付き合っていたよね?


 それから怒るのはそっちなの?うだつの上がらない文官というヤツのキャッチフレーズじゃなくて?


 意地悪な笑顔から一転、明らかに怒っているアレンは額に大層ご立派な青筋を立てていた。


 


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