革婚 リコチャン その1
ごきげんよう。
リゼット・コンスタンス・ベンフォードでございます。
お陰様であの後無事に可愛い女の子が生まれました。
あ、ちなみに女の子を出産したのはチャリで毛色から察するに父親はスタッフィです。あんなに毛嫌いしていたのにどうしちゃったんでしょうね?妊娠中の経過が芳しくなく寝たきりだった私は、長らくチャリに乗るのはもちろんのこと顔を見に行くことすらできず、随分淋しい想いをさせてしまいました。スタッフィめ、どうやらそこに付け込んだとしか考えられません。
「おまあ!」
という叫びを上げつつソファに座る私の膝によじ登ってくる幼児こそ、うちの息子のリアンでございます。あ、おまあというのは本人的にはお母さまと呼んでいます。ちなみにアレンはおとうです。なかなかのセンスの持ち主です。
リアンという名前は実家の父が付けました。ルイゾン伯爵家では当主が命名する慣例がございまして、それでジョルジュが無駄に派手だと扱き下ろした私の名付け親も当主だった祖父なのです。私が偽装だと信じていた伯母夫婦と義両親の初顔合わせでの取り決め通り、騎士爵を持つアレンに私が嫁ぎ二人の子がルイゾン伯爵家の跡取りになりますので。
初恋相手の名前を付けた祖父の名付けのセンスについては大いに疑問が残りますが、父も父で相当酷い。初めに提示されのは『コンスタンタン』だったので思いっきり却下しました。コンスタンタンという名をどうこう言っているわけじゃありません。前世でもヨーロッパでは割とメジャーなお名前だったと記憶しております。しかしながらリゼット・コンスタンスの息子がコンスタンタン?お父様の手抜きとしか思えないではありませんか!
結局コンスタンタン以外一つも思い付かなかった父は果樹園に散歩に出かけ、たまたま居合わせた作業中の農夫達に何か良い名はないかと尋ねました。雲の上の領主様っていうよりは小さな村の村長さん的にしか思われていない父ですが、そこはやっぱり腐っても貴族。農夫達が大事な跡取りの名前なんて畏れ多いとビビるのも当然です。
『リアンはいかがですかな?』
と苦し紛れに申し出たのは曾祖父が付けたルイゾン領で作出した林檎の品種の名。うまいこと責任を逃れたようです。
それを知っていれば話は違ったかも知れませんが何も知らぬ我々はリアンに好印象を持ちました。アレンとリアン、良い感じにお揃い感を覚えさせてくれるじゃないかとすっかり父のセンスを見直したのに、他力本願で出てきた林檎の名前だったとは!でもまぁコンスタンタンよりはずっと良い。何しろ私の本名はリゼット・コンスタンスなんですもの。
ロンパースのお尻をフリフリしながら母の膝に果敢にアタックするリアンは、遂に登頂に成功しました。しかしちょこんと座るわけではありません。むっちりしたガニ股あんよを踏ん張りグラグラしながら立ち上がるのです。
なんだかなぁ……
我が子ならばどんな容姿でも可愛いに違いないとは信じておりましたが、生まれてきた坊やが亜麻色の髪とライムグリーンの瞳ってだけじゃなく、顔立ちもアレンにそっくりだなんてと私は幸せを噛み締めたものでした。何の因果かこんな美形と結婚し子をなすことになったのです。地味で野暮ったい私に似るよりも、願わくばアレンの遺伝子を引き継いで欲しいと思うではありませんか。
ところがです。義両親が小さい頃のアレンにそっくりだと断言し、ユベールなんてあまりの激似っぷりに顔を見る度爆笑するほどだというのに、どうも違和感が半端ない。それもそのはず、このように足腰の強さに物を言わせ普通の幼児の目標設定の更にその向こうを目指そうとする傾向は、私の幼児期にそっくりなのだそうです。どうやら淑女らしからぬ屈強な足腰の獲得は田舎育ちだけが理由ではなかったらしいです。
しかもです。
『そうそう、このくらいの頃の梨子ちゃんもこんなだったわよ!』
と妃殿下が断言した小さい頃というのは今生の私ではなく前世の方です。
『おじいちゃんが亡くなった時、火葬場で焼き上がりを待っていた時に』
話は逸れますが言い方っ!
『梨子ちゃんたら何故かビール瓶を両脇に抱えてよちよち歩きでお部屋をぐるぐる周っていたのよ。焼き上がるまでずーっとね』
繰り返しますが言い方っ!
それはそうと、謎の行動をする幼児の私は真剣そのもので、まるでトレーニングに勤しむアスリートのようだったのだとか。となると今日の私がこんな風に仕上がったのは田舎育ちという環境のせいだけではなく、前世の人格にも引き摺られてのことでしょう。そして膝の上で私の手に掴まりグラグラしながら直立しようとしているリアンには、確かに同じ匂いを感じます。
となると早々に剣を握らせてお稽古を開始する必要あり。衝き動かされるように木に登り更にはバルコニーに跳び移ろうと思い立つようになる前に、軌道修正をせねばなりません。
「おとう!!」
嬉しそうに叫ぶなりリアンは正面から私の肩によじ登りました。どういうことかわかります?わかりませんよね?今リアンは私の後頭部を抱えて逆向きの肩車をしてくれちゃっているのです。きっと少しでも高い所から外を見ようとしたのでありましょう。大好きなお父様が帰ってきた気配を感じた模様です。だったらいくらでも抱っこして窓から見せるのに、どうしてこうなるのかな?
「リコっ!大丈夫か?」
リアンの読み通りアレンは帰って来ておりました。そして部屋に入るなりリアンに顔面を塞がれた上に、嬉しさでピョンピョン跳ねられ悶絶している現場の私を目撃し慌てて救出してくれました。
「おとう!」
抱っこされたリアンはご機嫌でアレンにしがみつく、のではなく……
バンッ!と両手を離してバンザイしながら仰け反りました。持って生まれた勘の良さなのでしょう。脚だけをしっかり絡め逆さまにぶら下がっているのです。
キャッキャと笑うリアンと血の気を失ったアレンと私。リアンの成長に伴ってどんどんこんな場面が増えております。典型的なやんちゃとか腕白とかじゃないんだよなぁ。じゃないけれど何をしでかすかわからないからとにかく目が離せないんだよなぁ。
思わずお口がへの字になった私でしたがアレンは違います。抱き直したリアンをむぎゅむぎゅしたり頬ずりをしたり、例によってデコチューをしまくったりと夢中で愛でております。私は可愛いものが大好きだと自負しておりましたがアレンは違いました。嫌いではないものの興味は無かったそうです。甥っ子姪っ子やウィルきゅんに対しても『小さいな』というサイズ感への印象しか持たなかったのだとか。しかしミロを家族に迎えて初めて自分が猫好きだと悟り、リアンの誕生で子ども好きだったと自覚したようです。それも大好きが溢れて止まらないガチの可愛いものマニアです。
お腹をこちょこちょされてケラケラ笑うリアンは身体を捩って私に手を伸ばしました。ほんの一瞬の後、ドスンと両腕に感じるリアンの重み。こやつめ、アイコンタクトすらないままダイブしやがった!なんか、やる気がしたんだよね。咄嗟に駆けつけていたからギリギリ受け止めはしましたが、私の背中を冷や汗が伝っています。
「リアン!メッ!でしょっ!!」
思わず大きな声で叱りつけましたがリアンはきょとんとしています。一歳児の理解力を思えば仕方がないのはわかります。リアン自身は危ないことなんかしているつもりはないのですものね。でも、やらかされる度に寿命が縮む母としては叱らずにはいられません。その場でバシッと叱るのが大事なのは猫と同じです。
『うーっっっ』と唸りながら不満気に下唇を突き出すリアン。ライムグリーンのお目々には涙が溜まっています。振り向いたリアンは助けを求めるようにアレンをじっと見つめました。だけどね、アレンは『そんなに叱らなくてもいいじゃないか!』なんて余計な口を挟んだりしない、実に理想的なパパなんです。
「リアン、危ないことをしたらいけないよ?」
一緒になってガミガミ叱らずに優しく諭せるところも理想的なパパと言えるのでありましょう。私はついついガツンと叱ってしまうので、アレンのフォローはありがたい限りです。
しかしです。うちのリアンときたら困った子で……
たった今助けを求めたくせにリアンはきゅーっと目を吊り上げてアレンを睨みました。そして
「おとう、チライっ!」
とキッパリと宣言したのでありました。




