近況報告 新婚リコチャン
ごきげんよう。
リゼット・コンスタンス・ルイゾン改めリゼット・コンスタンス・ベンフォードでございます。
結婚して元々仰々しかった名前が二文字ほど長くなり、更に仰々しくなりました。
新婚生活はと申しますと、家に帰ればミロがいる……というわけでとても幸せです。願わくば毎晩ミロを抱きながら寝たいのですが、アレンが言うには私の寝相は壊滅的に悪いのだとか。鍛えている自分なら問題ないが子猫のミロには危険極まりないので無理だと言われ、泣く泣く断念しました。
知らなかったよ。両親にもそんなこと一度も言われたことがないのだもの。
あ、そうそう。我が家に新加入したメンバーについてお知らせしますね。黒馬のチャーリーです。名前はチャーリーですが牝馬です。っていうか本当はチャーリーじゃなくてチャリなんですよね。実家にいた時も私が与えられた馬の名前はチャリでした。
『まさかチャリって……あのチャリじゃないでしょうね?』
と王太子妃殿下はドン引いたお顔をなさいましたが、あのチャリですが何か?だって馬車が自動車なら馬はチャリ。馬ってそのものズバリチャリ感覚なんですよ!
伯爵令嬢でありながら田舎貴族の我がルイゾン家では、一人娘を深窓の令嬢として育てるつもりなんかさらさらなく、独りでふらふらと馬に乗って出歩くのも行ってらっしゃいと笑顔で見送るような家庭でした。
それでも唯一母の強い拘りだったのは『令嬢たるもの横乗りするべし』で、幼い頃から横乗り一辺倒。横乗りしかしたことがないので比べようが無いのですが、どうも普通に乗るよりも難しいらしいです。というかドレス着用で横乗りする令嬢はパッカパッカと並足での優雅な乗馬しかしませんものね。
しかしながら田舎ではそんなことは言っていられません。突然の夕立ちなんかに見舞われようものならギャロップで屋敷までまっしぐらに戻らなければならないし、遠回り回避の為に小川くらい飛び越えたい。そんな環境が私を自然と横乗りの名手として成長させたようです。
馬が欲しいと申し出た時、アレンは休日の遠乗り用だと思ったそうです。そして違う、通勤に使いたいのだと言ったら三分ほど言葉を失っておりました。
王城勤務の皆さんはほとんどがお貴族様で、そんな皆さまの通勤手段は自家用馬車です。そして名門ベンフォード侯爵家の分家の我が家にも二人乗りのあの可愛い馬車だけじゃなく、それなりの自家用馬車がございます。ましてや妃の私室付女官ともなればコネ入職の私を除いて上位貴族の令嬢や夫人ですから、家紋付きのご立派な馬車通勤です。私だって変に浮くのは避けたいので初めの頃は馬車で乗り付けておりましたが、これがまぁ、結構な通勤ラッシュなのです。
勤務先が王城なんですから警備が厳しいのはわかります。でも通用門の前にズラリと並んで待っているあの時間が惜しくてならない。これさえ、これさえなければもう小一時間寝ていられたのに、と。
元々朝が苦手でお寝坊な私ですが今は尚更朝が辛い。というのもご承知の通り夫は気力体力満ち溢れる鍛え抜かれた騎士なので、お付き合いが大変なのです。それでもマリアンは、ぶつぶつ文句を言いつつもあちこち擦りながら普通に起きてきた上に、当然のように出勤する私を見て、田舎育ちの基礎体力の凄さに感服してはいるようですが。どうやら武官の新妻は昼まで寝台から降りられない……という事態に陥るのがスタンダードらしいのです。その為結婚式の翌朝、顰めっ面ながらのこのこと朝ご飯を食べに起きてきた私を見たマリアンに、何かとんでもない誤解をされたらしくさめざめと泣かれました。
だけどその田舎育ちの基礎体力を持ってしてもやっぱり日々寝不足で、一分一秒でも長く寝ていたい。だって女の子の日かアレンの夜勤の日にしかまともに寝られないんですもの。
馬だったら通勤の馬車の大行列に並ぶこともなく、簡単なチェックを受けたら城内の月極め駐輪場的な厩舎に預けるだけ。更に帰りも馬車のお迎えを待たず自分のタイミングで帰れると良いことばかり。おまけに横のりの名手の私ならば一々乗馬服を着る必要すらなく、そのまま乗って降りて職場に直行できちゃう。こんな便利ツールを使わぬ手はありません。悪目立ちよりも優先すべきは睡眠時間の確保なのです。
三分ほど言葉を失ったアレンですが朝が辛いと切々と訴えたらまたもや言葉を失くしました。というか反論できなかったのですよね。だって朝の辛さの元凶なんですから。それなのに馬車通勤の私だけが早起きして不毛な待ち時間を耐えなきゃならないなんて理不尽も良いところ。そりゃあ反論もできないでしょう。
堅物そうな見た目ではありますがアレンは常識に囚われず柔軟に物事を考えられる人で、常識を打ち破るどころか爆破する勢いくらいの私の要望を、ちゃんと受け入れてくれました。あ、先ずはアレンの愛馬スタッフィで横のりの実技を確認した上ではありましたが。おまけにギャロップは勿論軽々と障害物を飛び越える私とスタッフィを見て、半日言葉が出なくなりましたが。
そしてやって来たチャーリーことチャリはスタッフィを毛嫌いしています。これと言った理由はないはずですが、なにせ一目あったその瞬間からとっても嫌そうな顔をしていました。生理的に無理、とでも感じた模様です。私としてはスタッフィに対するナメクジでも見るような冷たい視線がツボなのですが、スタッフィは仲良くなりたくて必死なのになんか可哀想。気付かれないようにソロリソロリと近寄りもう少しってところでバレて激怒される……を延々繰り返しています。そんなことするから余計毛嫌いされるのになぁとも思うけれど、まぁ頑張れ。アレンも『身につまされる』とか言って涙ぐみながら応援しているんだからね!
女官の仕事は今もフルタイムです。妃殿下は時短をお望みでしたが、何しろこと封蝋に関しては私の代わりが存在しないのでどうにもなりません。妃殿下も女官長もこうなることを想定していなかったので、今めちゃくちゃ焦っています。何だかんだ言って私があっさり嫁に行くこと自体が想定外だったのでしょう。
技術を伝えるのも仕事のうち、ということで後輩ちゃん達への指導も開始しまして時短どころではありません。それでもジョルジュによる拉致監禁疑惑の原因になった在庫管理や商会への発注は、元々やっていた部門に投げられるようになりました。妃殿下のトップダウンですから逆らう術はありません。
私達夫婦はどちらも勤務が不規則でなかなか休みが合いません。それなのに同じ第三近衛騎士団のブリジットおねえたまとは休みが合うの、ホント謎。アレンがいない休日になるとブリジットおねえたまと子どもたち、そして漏れなくユベールおにいたまが我が家にやって来ます。
私の甥っ子姪っ子になった三人の子どもたちったら、誰もかれもが美形揃い。両親のいいとこ取りの三者三様違ったお顔で、長女のアデリーヌちゃんなんてママのだだ漏れのお色気をバッチリ受け継いでおりまして、私の数倍色っぽい。恐るべき六歳児であります。
一方次女のマリアンヌちゃんは元気一杯の四歳児。ミロには意地悪するわけじゃないけれど、いきなり『生まれた時から共に育ってきました』くらいの距離感でグイグイ来たために逃げられました。今も襲来の気配を察知するとどこかに隠れでお帰りになるまで出て来ない、幻の猫になっております。
末っ子のベンジャミンくんは親指命の二歳です。一日の大半、彼の親指はお口の中に入っていますが、チュッチュしながらニマっと笑う笑顔の可愛いことったら。構わん、一生指しゃぶりを続け給え!と叫び出したいこの胸の高鳴りを抑えるのには苦労します。ブリジットおねえたま達の悩みの種ですしね。
そうそう、アーネスト夫妻には女の子が生まれエレナちゃんと名付けられました。これまた可愛くて悶絶ものです。私とは遠縁も良いところなんですが、ほら、社交界デビューも私だけが偽装だと思っていた婚約式も丁度良いっていうざっくりした理由だけでエスコートしてもらったので、兄……とまでは言いませんが従兄弟くらいの気持ちですから、嬉しさも可愛さもひとしおです。
猫のミロ、馬のチャリとスタッフィ、姪っ子のアデリーヌ、マリアンヌ、甥っ子のベンジャミン、アーネストベビーのエレナちゃん、そしてご存知ウィルきゅんと、私の世界は可愛いの大渋滞でございます。
あ…………アレンですよね。それがなんだかすっかり弾けちゃいましてね。
兎にも角にも一緒にいたい。尚且つ密着したい。立っていれば抱き寄せたいし座っているなら膝に乗せたい。そして前にも言いましたがアレンはデコちゅー大好きさんでございまして、相変わらず読経のような愛の囁きにチュッチュチュッチュとデコちゅーの合いの手を自ら入れまくる。ちょっとでも離れようものならリコ、リコ、リコ、リコと連呼しながらついて回り金魚の糞もいいところです。
二人きりならまだ良いのですが、人前だろうとなんだろうとお構い無しなのは本当に困ります。本音をさらけ出せずに鬱積させていた人ってそんなものなのでしょうか?
近頃ではミロまでが『あー、またか』という反応です。私の膝の上で丸まってゴロゴロ言っている時でも、アレンの声が聞こえた瞬間すん!って無表情になって逃げて行くのです。本音を言えばアレンのお膝に乗せられるくらいなら、ミロをお膝に乗せていたいのだけれど。
とはいえやはり見事にキャラ崩壊したアレンは可愛い。私、ちっちゃくて可愛らしいものに目がナイと自負しておりましたが、スタッフィとチャリも同じくらい可愛くて萌えちゃう。そしてどうやらアレンはこの括りに入るようです。
うーん、存在感が大きい分可愛いの大渋滞の主な要因は、アレンなのかも知れませんね。




