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地味で野暮ったいのは否定されないリコチャン


 肩から離れたアレンの両手に頬を挟まれ、私のお口がアヒルちゃんの嘴みたいに突き出した。何か言おうにもパクパクするだけで言葉がでない。しかしアレンはマヌケなパクパクアヒルちゃんにはびくともせず、大真面目に至近距離から見開いた私の瞳を覗き込んだ。


 「いいかリコ!念押しするがこれは愛の告白だ。リコは俺が生涯を共にしたいと願ってやまない唯一の女性だ。俺はリコが好きだ。好きだ好きだ大好きだ。凄く凄くもの凄く愛している。はっきり言って自分でも寒気がするほど愛している。リコにはゾッとされるかも知れない……というかリコならゾッとするだろうがそれは仕方がない。愛しているものは愛しているんだからどうにもできない。だろ?」

 「……ほひ」


 瞬きとともにどうにか絞り出した私のお返事をアレンは肯定と受け取ったらしい。顔中を綻ばせ優しく微笑んで頷き、それからまた真顔に戻って一層距離をつめてきた。


 「俺は何かに魅入られその何かを求め探し続けている……そんな気がしていた。頭の片隅では三年前のリコこそ俺の心を捕えた何かだろうと気が付いていたんだと思う。けれども俺は認めたくなかった。あんな地味で野暮ったい、そのくせとんでもないアバズレ女にどうして俺がと必死に抗ってきた」

 「……」


 遠慮なくズバズバ言ってくれているけれどもね、これ、本当に愛の告白なのかな?脳内で全否定するくらいあんな女はナシ!ありえない!って思っていたんでしょう?


 思わずまた首を傾げそうになったが、アレンの両手は相変わらず私のほっぺをぎゅうぎゅう挟んだままだ。そしてちょっぴり細められたしてやったりという目元から察するに、どうやらそれを妨害するためにやってるようである。アレン的には愛の告白なんだろう。されているこっちにしてみればちょっとどうかと思うけど。


 「あの日執務室に呼び出されて封蝋を見せられたリコは、途端に雰囲気を一変させた。何人もの補佐官を相手に一切怯むことなく一歩も引かずに堂々と意見を述べるあの姿。三年前と同じ、冷たく無機質な、けれども目が眩むほどの眩しい光を放つリコは、やっぱり俺が探し求めていた宝石なんじゃないか?そんな疑念が頭に浮かび払っても払っても払いきれず、打ち消そうにも打ち消せなかった。そして無性にハラハラした。この輝きに誰かが気付いたらと思うと居ても立っても居られなくなり……それで聴取をするからと連れ出すことにした。胸の内じゃどうしてこんなアバズレにと腸が煮えくり返っていながらだ」


 一瞬褒められたような気がしたが、結局は相変わらずの脳内全否定キャンペーン展開中。しかも腸が煮えくり返るってよっぽどだと思うのだけれど。これでも前世じゃそれなりに恋愛をしたし告白だってされた。でも告白しながらちょいちょい侮辱としか受け取れない文言を織り込まれたことなんか、一度も無かったけどな。


 やっぱり首を捻りたい。アレンは愛の告白をしているつもりなんだろうか?


 こうなるともう私の心は懐疑心なんか飛び越えて百%疑心暗鬼だ。なのにアレンは蕩けそうな甘い瞳で私を見つめ、それだけではあきたらず額にキスまでしやがった。


 ちょっと!内容てんこ盛り過ぎて大混乱なんですけど!


 『何しとんじゃい!』とは言えない私は唯一可能な瞬きで抗議した。それなのにアレンは糖度を更に増加したトロントロンの瞳で私を見下ろし、もう一度額にそっとキスをした。まるで大切でならない貴重な宝物を扱うように。


 たった今私を地味で野暮ったいアバズレオンナと評してくれちゃったのは貴方ですよね?


 「アバズレというのは一方的な思い込みだった……そう気が付いた俺は今度こそ確信したんだ。やっぱりリコは探し求めていた俺の宝石だと」

 

 あー来るな……と思った通りアレンはチュッ!と音を立てて三回目のキスをした。


 「やっと見つけた宝石を誰にも渡したくない。こうしている間にもリコがまた輝き出したらと思うと不安でたまらなくなった。猶予なんかない。一刻も早く誰にも手出しできぬようにしなければと焦燥感に突き動かされ……それで殿下にリコとの結婚を申し入れた」

 「ふひへふほっほひほひ?」

 「は?」


 ポカンとしたアレンの両手が緩んだすきに急いでその手を振り払い、ズズっと横に移動してからキンキン冷え冷えの視線を向けた。


 「地味で野暮ったいのに?って聞いたのっ!」


 アバズレ疑惑は振り払えても地味で野暮ったい認定については訂正されていない。いつもは無気力なのに突然令嬢らしからぬ気の強さを見せる、そんなムラが物珍しくて宝石に見えちゃったとしてもだ。それでも私は公私ともに認める地味で野暮ったいオンナなのですよ?


 そんな私を容姿パーフェクト家柄良し将来性二重丸のアレンが何故選ぶ?


 けれどもアレンはより一層ポカンとし、もの凄く不思議そうに眉間を寄せた。


 「地味で野暮ったい、だからなんだ?」

 「だから何だって……地味で野暮ったいのよ?やだなぁって思わないの?」

 「どうして?」


 アレンは理解できないとばかりに顔を顰めた。


 「あのね、現実問題一般的に男性は地味で野暮ったいオンナは嫌厭するものでしょう?」

 「俺の好みが一般的かどうかは知らないが、地味で野暮ったいのが好きかと問われれば特にそういうわけじゃない。かと言って洗練されていたとしても派手な女性なら苦手だ。確かにリコは地味で野暮ったいが決して見苦しくはない。それなら何の問題もない」

 「そうかなぁ……?」 

 「そうだろう?地味で野暮ったくてもあわよくばと思われていたのに、綺麗に着飾ったりしていたら今頃どうなっていたか。俺はリコが地味で野暮ったいことには感謝しかない」

 「だけど……アレンなら地味で野暮ったい私じゃなくても……」

 「あのな、リコ」


 アレンは私が移動した分距離を詰め頬に手を添えた。ただし今度はそっと優しくなのでお口はアヒルちゃんではないが、一度は消えた瞳の甘さが二倍、いやそれ以上の甘々マシマシになって視線を絡め取り、私はただ黙ってアレンを見つめ返すことしかできなくなっていた。


 「言っちゃなんだが俺はモテる。言い寄られたり付き纏われたりは日常茶飯事だが、まるで興味なんか湧かず鬱陶しくてうんざりだった。どうしてなのか今ならわかる。たった一つの宝石を探していたからだ。リコは俺の宝石だ。地味で野暮ったくても狂おしいほどに胸がときめく。ずっと探し求めていた唯一無二の宝石なんだ」


 手を離し俯いたアレンは私の左手を掬い上げ、指輪のない薬指に唇を押し当てた。


 「殿下の提案はとても受け入れられるようなものじゃなかったが、『心まで欲しいなら正攻法では無理だ』と言われたら反論はできなかった。リコは俺をせいぜい枝振りの良い鉢植えの観葉植物としか見ていない。しかも俺の取った態度のせいで印象は最悪で今さら取りなすのは難しいだろう。焦りで切羽詰まっていた俺は殿下の計画に乗ることにした。どんな卑怯な手を使ってでもリコの心が欲しかったんだ」

 「…………」


 私が年頃の令嬢としてごく普通の感性を持っていたら激怒するところなのだろう。それともアレンの想いの深さに心を揺り動かされただろうか?けれども私の心の中の針はゼロを指したまま動かなくなっていた。


 私はこの馬鹿馬鹿しい計画の被害者だ。けれどもアレンを枝振りの良い鉢植えの観葉植物としか見ていなかったのは仰る通りだ。そしてなんだコイツ、めちゃくちゃ感じ悪いな!という最悪の印象もだ。


 あの時点で縁談を持ち掛けられたら『は?』としか思わなかったのは間違いない。そして歩み寄る気持ちなんてさらさらないまま、自分の人生なんてこんなものだと白けた気持ちで受け入れたに違いない。それは私を知る誰もが予想できることで、両殿下だけではなく計画に加担した人々皆がそんな結婚はさせたくないと願ってくれたのだと思う。


 寄ってたかって騙されて嵌められたのは私だ。でもそこには一欠片の悪意も無かったと確信できる。もちろん良心の呵責を覚えつつ、こうでもしなきゃどうにもならないとやけくそになったのは間違いない。けれどもパッとしないがらも伯爵家の一人娘なのに、自覚も持たず責任感もなく怖気づいて逃げ回っていた私に原因がないとは言い切れない。


 どうも人生二度目ともなると経験値が多い分感情だけで突っ走れなくなるようだ。取るに足らないミジンコほどの価値しかない私でも、決して少なくない情や想いが注がれて生きてきた。三十路近くの感性を持ったまま14歳から生き直しそんな風に痛感している今、立ち止まって周りを見回している私の目には、私の幸せな人生を望む皆の温かな想いが映っている。


 そしてこれほど必死に訴えられたら、誰よりも強く望んでくれていたのはアレンなのだと信じるしかなくて。だから私は今ぐっちゃぐちゃに混乱し情けないほど狼狽えているのだ。


 「にゃーん」


 いつの間にか私の足元に寄ってきたミロが強請るように鳴いている。抱き上げて膝に乗せると満足そうに前足の手入れをしつつ、何か言いたげにアレンを見上げた。


 お望み通り顎を撫でられミロが嬉しそうに喉を鳴らしている。そしてアレンはゴロゴロという音にすら掻き消されてしまいそうな弱々しい声で『リコ……』と私を呼んだ。

 

 「ん?」


 ミロを見下ろしたまま気の無い返事をすると、アレンが私の肩を抱き頭に頬を推し当てた。


 「すまなかった……今更信じられないだろうが、騙し続けるつもりなんて無かったんだ」

 

 私は膝の上のミロを撫でた。猫は不思議だ。こうやって静かに撫でながらうっとりと鳴らすゴロゴロいう音を聞いていると、心を穏やかにされてしまうのだから。


 「そうでしょうね」


 私の声にアレンがピクリと身体を強張らせたのが伝わってくる。私はミロを撫で続けながら言葉を続けた。


 「私もアレンはそんな人じゃないと思う。相手が私じゃなかったら絶対に殿下の思い付きに飛びついたりしないだろうし……もちろん初めはもの凄く怒っていたのよ?でも……今は私がこんなだからややこしい話になったんだろうなって気がしてる」

 「リコ……」

 「それでもやっぱり酷いとは思うの」

 「当然だよ……」

 

 耳元でアレンの深い溜め息が聞こえた。


 「リコが任務だからではなく男として俺を受け入れてくれたら、直ぐにでも打ち明けるつもりだった。そうするしかなかったしそれでいいと思っていた。白状してしまえば、そんなに難しいことだとも思っていなかったんだ。殿下から提示された期間は限られていたが、俺は男としてそれなりの自信があったし、殿下の『懐に入ってしまえばこっちのものだ』という言葉にそういうものかと思っていたから」

 「なるほどね。でも実際アレンは十分懐に入っていたと思うけど?」

 

 アレンはそっと身体を離し手を伸ばしてミロの背中を撫でた。


 「そうだよ。だがいざ入ってみればオロオロ狼狽えるばかりだった。リコは宝石だ。でもその輝きしか知らなかった俺はリコそのものに心を囚われてしまった。たとえ二度とあの輝きを見られないとしても構わないと思うくらいに。もしもリコに拒絶されたら……そう思うと不安でたまらずリコを失う恐怖に何も言えなくなった。おまけにリコときたら散々俺の心を掻き乱すから尚更だ」

 「私が!?」


 ぎょっとした私を見てアレンは乾いた笑い声を漏らした。


 

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