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猫ではなくリコだ


 「興味も関心もない……リコはいつもそんな態度でジョルジュをやり込めた時とは別人みたいだった。あの娘には感情ってものがないんじゃないかとまで言われていて……まぁそんな疑惑はウィリアム王子の誕生で吹き飛んだが……」


 私とて心を揺り動かされる相手にならば興味も関心も示すしテンションだって上がる。あの激可愛い天使を前にしてメロメロのデロデロになるのは不可抗力だ。


 「……啞然とされてるな……ってのはわかってはいたけど……別に恥ずかしいことじゃないでしょ?」


 と言いつつ改めて聞くと恥ずかしくついついムッとした私を、アレンは妙に深刻な顔で見つめた。


 「そうだが……でも……あれ程の斑の激しさを見せられると……どうにも気が気でなくハラハラさせられて……ますますリコが疎ましくなった」

 「ムラ……?」


 君は斑が激しい……あの日アレンがそう言って私を詰ったのは、ギャップってことだったのか。


 「そう言われても、私はこういう人間だし」

 「あぁそうだ。だが、あんな斑を見せたらときめく者がいてもおかしくはないだろう?」

 「そうかなぁ?」

 「そうだ!そうなんだ!それなのにリコは……なんというかアーネスト以外の我々を観葉植物の鉢植えくらいにしか思っていなくて、あまりにも無防備に斑をさらけ出すじゃないか!」


 アレンが勝手に怒り出したが怒られても困るよね。


 「やっぱりアレンの取り越し苦労じゃない。アレンが言う通りなら三年の間に一人くらい言い寄ってくるやつがいたはずよ?でもそんなこと、一度も無かったもの」

 「それは…………」


 言葉を詰まらせたアレンは何だかもの凄くバツが悪そうに視線を彷徨わせている。『後ろめたい』を表現するのにぴったりのこの態度。国語のテストで三択の一番目にあったら、次の二つなんか読まずに選らんじゃうやつだ。


 あるんだね。何かしらの罪悪感が。


 ジト目を向けた私とうっかり目を合わせてしまったアレンは、こんなに取り乱すかいな?と首を捻りたいくらい慌てたらしい。咄嗟に持ち上げられてガードに利用されたミロが『ニャ?』と不思議そうに鳴いている。おいでと言うと今度はされるがままで大人しく私の手におさまった。


 膝の上に戻ってきたミロが夢中になって身体を舐め回すのを眺め、それから私はのったりと顔を上げた。


 「それは?」

 「…………それは……俺がその……全部妨害したから」

 「妨害?どうしてまた?」

 「……なんとなく……」

 「……?」


 なんとなくって……小学生男子じゃあるまいし。別にどうしてくれるんだとは思わないけれど、部外者のアレンがぶち壊す必要もないのでは?実際小学生男子じゃないアレン自身も、自分の大人気なさは自覚しているからこの狼狽えようなんだろうけれど。


 「どうしてと言われたら明確な理由はないんだが……なんとなく、ただなんとなく面白くなくて……それで…………わざと幻滅させるような話を耳に入れたんだ」

 「…………例の一件の目撃談?」

 「すまない……」


 そう言って肩を落とし恐る恐るこちらを伺うアレンは、いつもの見るからに近衛騎士です!的な眼光鋭く精悍なアレン・ベンフォードとは別人みたいで、まるで追い詰められて身を竦ませた兎ちゃんだ。ナニその怯えたオメメ……ライムグリーンの潤んだ瞳がゆらゆら揺れてるってどういうこと?しゅーんと下がった眉尻とか今にも泣き出しそうなへの字口とか……なんだかねぇ、またしても可愛らしくないですか?


 心臓がキュン!と音を立てそうになった私は慌てて首を振り咳払いをした。


 「べ、別に嘘をついたわけじゃないし、アレンを恨む気はないから」

 「……怒らないのか?」

 「見たままを伝えたんでしょ?」


 アレンは申し訳無さそうに頷いた。


 「それで幻滅されたんなら私の自業自得だし、それでも私には後悔なんてないもの。でも私だって初対面の女の子が同じように振る舞うのを見たらきっと凄く驚くと思う。軽蔑だってしたかも知れない。もし仲間がそのコに好意を持っているって気付いたら……親切心で見たことを耳打ちするのは理解できるわよ?だからもう」「違う!あれは親切心なんかじゃなくっ」


 いきなり話を遮ったくせに、アレンは口をつぐんで言葉を詰まらせた。


 「だから注意喚起でしょ?あのオンナには気をつけろっていう。同じことよ?」

 「…………その時々はそんな心の中でそんな言い訳を繰り返していたが……違うんだ。俺は、無性に気に入らなくて妨害してやらずにはいられなかったんだ。誰かの為じゃなく……」

 

 コクリと喉を鳴らしたアレンの右手が私の頬に添えられた。


 「俺自身の為に……だったんだ」

 「ん?それがアレンのどんなメリットになるの?」


 『ねぇミロ?』と問い掛けながら抱き上げると、ミロは最もだとでも言うようにゴロゴロ喉を鳴らし始めた。


 「そうでしょミロ。へんなアレンね」


 ワシャワシャと撫でながらミロの頭に頬摺りすると、ミロのゴロゴロは更に大きくなっていく。あぁもうなんて可愛いのーっ!と悶絶しそうになった私であるが、ふと視界の端で何かがパカパカしているのに気が付いた。


 手だ。行き場を失って宙を漂いながらグーとパーを繰り返しているアレンの手。


 一瞬ナニしてるのかな?とは思ったが、そういえばこのお手々、元々どこにあったかというと私のほっぺに添えられていたのでありまして、けれども私はついうっかりミロを構ってしまったせいでほったらかしで。そしてアレンは現在恥ずかしいやら気まずいやら、その他諸々の感情がごちゃ混ぜになっていっそ無表情になっていた。


 だよねぇ。アレンに限ってこんなことをホイホイ気軽になんかしないし、それなりに関係性を築いてきた私だからこそやるんだろう。『ほら、大事なことを言うからちゃんと聞いて!』ってね。なのに私ったらまたまたミロに夢中になってそっぽ向いているから、残されたアレンの右手はさぞや立場がないだろう。思わずグーパーしちゃうのも頷ける。


 「ごめんなさい。話の途中だったわね……」


 私はミロの頭に頬を押し付けたまま首を傾げた。すると今まですっかり表情を失くしていたアレンがいきなりカッと目を開き口をパクパクし始めた。おまけに『ポン!』と音が出そうな勢いで真っ赤になっていく。


 あれまあ!よっぽどお怒りのようですね。


 「ごめんなさい……そんなに怒らないで?」


 私はミロの前脚を持ってちょいちょいと振った。しかしアレンは更に顔を赤くして顔を引き攣らせている。えーっ?ミロの可愛さでテレッとするかと思ったのになぁ……


 「だからごめんなさいってば」


 もう一度ミロの前足を振る。いやん、可愛い!もの凄く可愛い!この可愛さにはもうカンカンのアレンだって降参でしょ?


 けれどもアレンの顔は引きつったままで、というよりもどうやら余計に怒らせたのか肩を大きく上下させて荒々しい呼吸を繰り返している。


 もうアレンのお怒りなんかどうでも良くなってきた。それよりもこんなに可愛いミロを前によくぞ激怒なんかできるものだと感心しちゃうと眺めていたら、アレンが『か…………』と振り絞るようにかすれ声を出した。


 「か?」

 「か……か……」

 「か?」

 「か……か……か……か……」

 「か?」

 「か……かか……かかかか……」

 「か?」「可愛い!!」

 「あー、ミロがねっ!」 

 「違うっ、リコだ!」


 私はプハッと吹き出した。


 「やぁね、ミロでしょ?」

 「リコだ!」

 「ミロだってば」

 「リコだ!!」

 「違うわよ?アレンの大好きな猫のミロ!」

 「違う!俺は別に猫好きじゃないっ!」

 「うっそぉ?!」


 この期に及んでしらばっくれなくてもいいのに、と私はにんまりしながらアレンにミロを手渡した。今さら惚けてもバレバレですってば。


 アレンは優しい手付きでミロを抱き条件反射だとばかりにミロの顎の下をこちょこちょ撫でている。それなのにだ。


 「俺は猫好きじゃないんだっ!」


 言い訳をするって往生際が悪すぎやしませんかね?


 「大好きじゃないのよ!」

 「好きじゃない、というか好きでも嫌いでもない。可愛いのはリコだ。もちろんミロも可愛いが……それは可愛いリコが可愛がるからこそ可愛いなと感じただけだ。俺が好きなのはリコだ。猫ではなくリコだ!」

 「……どうしたのいきなり?」


 ポン!と叩いたら急に動き出した家電製品みたいにせかせかと意味不明なことを捲し立て始めたアレンは、訝しむ私を見てキューっと目を吊り上げた。


 「いきなりじゃない!いいかリコっ!俺はさっきからずっとずっとずーっとリコに告白をしようとしているんだ」

 「告白じゃなくて自白でしょ?」

 「それは後、先ずは告白だっ!」

 「自白は?」

 「告白が先っ!」


 アレンは唸るように繰り返すが私はどうしてこんなことになっているのか、アレンが何を思ってやらかしたのかを聞きに来たのだし、アレンだって重々承知している。なのにアレンたらおかしな話ばかりして全然本題に入らないではないか。


 話題を迷走させた私も悪かった。そこは反省する。でもいつまでもイジイジ引っ張らないでいい加減ゲロってスッキリしちゃえばさっぱりするのでは?何を告白するつもりなのか知らないが、さっさと自白すれば良いのに。

 

 「頼む、俺の告白を聞いてくれ!告白をさせてくれないと一歩も先に進めない。じゃないとコニーが言う通り、俺達は膠着状態のままよぼよぼの年寄りになるぞ!」

 「自白しちゃえば即刻解決なのに?」

 「あーもうっ!」


 アレンは苛立ちながらもそりゃもう優しい手付きでミロを籠に入れ、それから私に向き直りいきなりガシッと両肩を掴んだ。


 「良いかリコ。ぜんっぜんわかっちゃいないが、君は今、全身全霊で俺に口説かれている真っ最中だ!」

 「口説かれる?」

 「そうだ!いかにしてリコへの想いを自覚したか順を追って話そうと思ったが、埒が明かないってことをしみじみ思い知らされた。だから結論から言う。俺はリコが好きだ。しかも限定した意味でだ。俺が抱いているのは紛れもなく恋愛感情で俺はリコを愛している。それも一目あったあの時からずっとだ。わかったか……って、おいっ!首を傾げるな!」

 「だってアレンがおかしなことばっかり言うんだもの」


 一目あった時からって……ジョルジュに『そういう感度も云々』って言われてブチ切れた私ってことでしょう?


 あり得ない。アレンだってアバズレ認定していたではないか。今更何を言い出すのだ?





 


 


 

 


 


 

 

 


 

 


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