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猫のいる異世界万歳!


 「アレンが他の人とは違うって言われたらそうなんでしょうけれど……」


 私は天井を見上げて考え込んだ。


 アレンの狙いが付加価値じゃないとしたら気の迷いくらいしか思い付かないけれど……いや、待って!アレンが私を見て物珍しさから興味を持ってそれを恋愛感情だと思い込んだって可能性もある……っていうか、きっとそれじゃないの?

 

 今まで青い鳥を探し続けてきたアレンだ。なかなか見つけられない焦りもあっただろう。そこに王太子妃私室付き女官としては異分子も良いところの私が現れたのだ。なんだコイツは!?という驚愕が好奇心を呼び起こし早く青い鳥を見つけ出したいというアレンの願望の強さがバグを誘発させ、結果リコは宝石に至った……


 「ちょ、ちょっとリコタン?あなたまたとんでもない勘違いに行き着いたんじゃないでしょうね?」


 腕組みをしながらふんふんなるほどと頷く私のほっぺををブリジットおねえたまが慌てた様子でぱちぱちしている。

 

 「いえ、謎は全て解けた!って感じですんごく腑に落ちたところですが?」

 「やだーっ、そっちじゃないったら。本当ならうるるんとかきゅるんとかするはずなのに、こんな悟りを開いたようなカオしちゃって。絶対に変な所に着地してるわ!」


 慌てたブリジットおねえたまが私の両肩を掴んで勢い良く揺すり、それを見たユベールが急いでブリジットおねえたまを羽交い締めにした。


 「ほらほらブリジット。リコタンがガックンガックンしているぞ!」

 「だってユベール。リコタンったらまた盛大に勘違いしているのよ!」

 「この様子だと疑いようもないが……あとはアレンに任せるしかないだろう。それにリコタンの理解を得られないなら、アレンには結婚する資格なんか無いってことだ」

 「でもユベール……私……リコタンが可愛くてたまらないのに……今更他人になるなんて、そんなの耐えられない……」


 ブリジットおねえたまの頬を涙が一粒転げ落ち、それからおねえたまはスイッチが入ったみたいにえぐえぐと泣き出した。


 「嫌よ……社交界に五万といるような上目遣いと猫撫で声しか武器がないあざとい女の子なんか絶対にイヤ!私はリコタンが良いの。年頃なのに捨て鉢で壊滅的にやる気のないリコタンじゃなきゃダメなの!リコタンと義姉妹になりたいのよ!」


 そう言うとブリジットおねえたまはとうとうさめざめと泣き崩れた。このけしからん神ボディの美貌の女性騎士にそこまで思って頂けるのは光栄だが、内容は少々気にならないでもない。あー、やっぱりそんな風に見えてたんですねぇ……と乾いた笑いが浮かんでくるようだ。


 けれどもそれよりも気になるのはまた別の部分である。


 「今更他人ではなくて私とアレンは偽装婚約なので元々他人ですし、ブリジットおねえたま達もそうなんですが……」


 おずおずと申し出ると顔を上げたおねえたまが私をじっと見つめ、それからまたわんわん泣き出してしまった。


 「あー、ごめんなさい。でも偽装婚約は偽装婚約でどうにもならないっていうか……でもでも私、これからもずっとブリジットおねえたまって呼ばせて頂きますから……だからもう泣かないで下さい!」

 「ホントに?ホントに呼んでくれるの?」

 

 鼻を啜りながらおねえたまが首を傾げている。私は急いでコクコクと何度も頷いた。


 「ハイ、約束します!」

 「ユベール、聞いた?聞いたわよね?リコタンはずーっとおねえたまって呼んでくれるんですって!」

 「あぁ、ハッキリこの耳で聞いた。けれどもリコタン……私は……私は、もう一生ユベールおにいたまとは呼んでもらえないんだね……」


 片手で顔を覆ったユベールが声もなくハラハラと涙を流している。だからって意向に沿うのはどうなんだ?繰り返すが彼等は今更他人になるんじゃなくて元々他人だ。それなのにおにいたまと呼ぶのは色々誤解を招きそうな気がするんだけど。


 それでも幸せそうに微笑むブリジットおねえたまとは対象的に、絶望で目の前が真っ暗だ!と言わんばかりのユベールを見るのは忍びない。絶対に私は悪くないんだけど、臆面もなく涙を流し続けるユベールはどうにも私の罪悪感を掻き立てるのだ。


 「え……と。わかりました。あの……よろしければユベールおにいたま……と呼ばせて下さいますか?」

 「なんだって!」


 ユベールはドサリと床に膝をつき私の両手を取って握りしめた。


 「本当かい?本当に私をユベールおにいたまと呼んでくれるのかい?」

 「え……えぇ。差し支えなければそのように……」

 「差し支えなんてあるもんか!」


 ユベールはキッパリ言うけれどそうなの?


 『どんなもんでしょう?』とブリジットおねえたまに視線を送ったが、おねえたまも嬉しそうにコクコクするばかりだ。そうかなぁ。差し支えなければと言いはしたが差し支えないとは思えないけど?


 しかし考えてみれば今後この夫婦と絡む機会は無いだろう。

だったらそんなに真剣に思い悩むようなことじゃなかったよね!


 「リコタン!」

 「は、はい?」


 担いだ米俵を降ろしたくらいの肩の荷が降りた安心感にほっぺがダランと弛緩したのを見逃さ無かったのだろう。ブリジットおねえたまが鋭く私の名を呼んだ。

 

 「あなたまさか差し当たっておにいたまおねえたまって呼んどけばいいや、なんて考えていないでしょうね?」

 「め、め、滅相もございません!」


 仰る通り差し当たってそのように考えていた私は、射抜くようなブリジットおねえたまの視線に震え上がりながら答えた。


 「それなら良いけれど……ダメよ、私達をドはまりさせたんですもの、あなたは永遠に私達のリコタンで、私とユベールはずっとずーっとリコタンのおにいたまとおねえたまなんだから。逃げようったってそうはさせないわ」

 「そうだよリコタン。我が家の子ども達も君に会うのを楽しみにしているんだから」

 「えぇえぇ、リコおばたまってお呼びするんだって、それはもう張り切ってねっ」


 未だガクブルの止まらぬ私を無視して二人は盛り上がった。ファミリーの休日のお出掛けに私も連れていこうとか、いやそれよりもグレンドアまで足を伸ばして一泊してこようとか、いやいやそれならいっそ夏休みに避暑を兼ねて数日滞在したら良いじゃないかとか。『子ども達、きっと大喜びするわね』とブリジットおねえたまが言えばユベールもニコニコと頷いているが、一体全体どの面下げて赤の他人の私に同行しろと言うのだろう?


 『いくらなんでもそれは……』と口を挟みたいのは山々だけれど、夫婦のテンションはどんどん上昇するばかり。あれをしたい、これをしようと提案をし、いいねいいねと手を叩いてはしゃぎ、ついにはお弁当を持って森まで遠乗りをして池でボートに乗って釣りをして、捕れた魚はその場で焼いて皆で食べよう!等という具体的なプランニングまで始める有り様だ。


 それ、私の立ち位置は何処になるんだろうね?


 それからも二人はキャッキャウフフと盛り上がり口を挟む隙など一ミリも無く、疑問を呈するどころじゃない。結局私の立ち位置は不明なまま馬車は新居として準備を進めていたベンフォード家の別邸に到着した。


 「じゃあね、リコタン。夏の休暇を楽しみにしているわ!」


 私を降ろすや否や二人はそそくさと馬車に乗り込み、ブリジットおねえたまがにこやかに手を振っている。


 「最後にもう一度確認しておこうか。アレンは王太子妃のコネなんか必要としていない。ずっと探しやっと見つけた宝石を誰にも渡したくない。だからリコタンと結婚したい、ただそれだけなんだよ、わかったね?」

 「…………」


 わかるか!と言ってやりたいがそれこはぐっと飲み込んだ。どうせ反論したって無駄なのだ。どう見ても『了解です!』とは言っていない私の顔を眺めふるんと首を振ったブリジットおねえたまは、ユベールの腕にそっと手を掛けた。


 「ユベール、もう良いわ。私達が手助けできるのはここまで。あとはアレンに任せましょう」

 「そうだな。そもそもいつまでも気持ちを伝えられずリコタンを盛大に誤解させてきたアレンが悪いんだ。一番大切なことすらできないアレンにリコタンと結婚する資格などない」

 「えぇそうよ。でもきっと大丈夫。アレンは宝石を見つけたんですもの!」


 手を取り合い見つめ合いうっとりと頷き合う夫婦は完全に二人の世界に入っている。私は黙ってそっとドアを閉め馭者に馬車を出すように告げた。どうやら慣れたものなのか『ですね』と一言言った馭者が手綱を弾き走り出した馬車は通りに向けて走り出した。


 走り去る馬車をしばらく見送り私はノロノロと玄関に向かった。


 立て続けに二組の夫婦に好き勝手なことを言われ続け、もうくたくただ。この上アレンと対峙するなんて本当に御免被りたいが、妃殿下が言う通り一度しっかり話をしてけじめを付ける必要があるだろう。何しろ未だに式場のキャンセルもしてくれていないのだもの。


 そうだ。折角きたのだからちゃちゃっと話をつけてミロネッコを連れて帰ろう。引き取りの準備はほとんどできているし、今日から一緒に暮らしても不都合はないはずだ。


 重かった足取りがミロネッコに会えると思っただけで軽くなるし、思わず頬が緩んでしまう。私はルンルンとドアに駆け寄りノッカーを軽快にコンコンと鳴らした。


 「ミロネッコぉ……」


 中からドアが開け放たれるとキョトンとこちらを見ているミロネッコと目が合った。何か、ちょっと見ない間に大きくなったんじゃない?それに毛艶も良くなって益々可愛いんですけど!


 ふらふらと歩み寄り手を伸ばすとミロネッコは嫌がりもせず大人しく私の腕の中に収まった。あぁ、久し振りなのになんてお利口さんなんだろう!ちゃーんと私を覚えているのね。


 小さな頭にほっぺを押し当てると待ってましたとばかりにゴロゴロと喉を鳴らす音が響いた。


 「至福……」


 ああもう、可愛い可愛い可愛い可愛い。神様、転生先にも猫を存在させて下さったこと、感謝してもしきれません。ノーキャット、ノーライフ。猫のいる異世界バンザイ!この転生に悔い無し!

 

 目を細め撫でて頂戴と催促するミロネッコの仰せのままに、私はゴショゴショと顎の下をくすぐった。ミロネッコはすっかり脱力状態でしっぽだけをユラユラと揺らしている。


 可愛い。ウィルきゅんも可愛いがミロネッコも可愛い。甲乙付けがたい可愛らしさだ。さっきまではウィルきゅんの圧勝であったが、こうしてミロネッコを抱っこすると軍配は断然ミロネッコに上がる。王子を凌ぐなんて、ミロネッコ、お前やっぱり魔性の猫だね?


 「リコ……」

 「ヒェッ⁉」


 呼びかけられ顔を見上げるとそこにいたのはアレンで、私は思わず引き攣った悲鳴を上げた。

 

 「どうした?そんなに驚いて」

 「だって急に出てくるんだもん!」


 ミロネッコを抱いたまま一歩後退りする私を見たアレンは顔を強張らせた。


 「急にって……俺は初めからミロを抱いてここにいたぞ?なぁ?」


 はて?それでは私はアレンなんて一切目に入らぬまま腕の中からミロネッコを取り上げたのかしらん?


 『なぁ?』と問われたマリアンは玄関のドアを閉めながら気の毒そうにアレンに頷いた。

 

 「あ、ごめんなさいマリアン。気が付かなかったわ」


 自動ドアじゃあるまいしこの屋敷のドアは誰かが開けなきゃ開かない。そして私は開けていない。開けてくれたのはマリアンなのに完全スルーでミロネッコに突進してしまった。


 「いえいえ、久し振りにミロをご覧になったのですもの。致し方ございませんわ。ですが、ねぇ……」


 柔らかだったマリアンの視線がアレンに移ると途端にさっきの気の毒そうなものに変わっている。そりゃそうだ。アレンときたら大失恋したのか?くらい悲しそうな顔をしているんだから。

 

 「あ……ごめんなさい、アレン」


 ミロネッコを取り上げられたのがそんなに悲しいだなんて、アレンは想像以上に魔性の女ミロネッコに籠絡されているらしい。


 


 


 


 

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