アレンはダブルで安心
アレンとの話し合いを強要された私は渋々ブリジットおねえたまの後を追いかけた、のではあるが……
ん?騎士団棟ってこっちだったっけ?
いや違う、現住所が王城でありながら城内の土地勘ほぼ無しの私でもわかる。こっちから角を曲がった突き当りは職員用通用口で、騎士団棟とは真逆だよ?
『あの……』と呼びかけようとした時には案の定職員用通用口に到着していて、さっさと扉を開けたブリジットおねえたまが
「さぁ乗って!」
と手を差し伸べてきた。だけど私は『了解です!』とばかりにブリジットおねえたまの手を取るわけにはいかない。アレンと話し合えと言われて連行されるのだ。行き先はアレンのホーム、騎士団棟。会議室とか応接室とか、いくらなんでも取調室はないだろうとは思ったけれど、とにかく騎士団棟のどこかじゃないの?
けれども『乗って』と言うからにはどうやら行き先は徒歩圏内ではないらしい。そしてブリジットおねえたまの肩越しにご立派な馬車が停まっているのが見えた。
「どうして馬車に?」
本能的に一歩後退った私にブリジットおねえたまが片眉をくいっと上げて色っぽく微笑んだ。
「あら、じゃあおねえたまとお馬に相乗りしてみる?」
「ぐぶっ!」
ブリジットおねえたまに抱き締められながら馬に揺られるなんて、馬上で気絶確定ではないか!私はムズムズする鼻を押さえながら馬車に乗り込もうとした。
「へ?」
「久し振りだね、リコタン」
片足を乗せたまま固まっている私を目を細めたユベールが嬉しそうに見つめている。
「ほらほら座って。アレンがそわそわして待っているから」
そう言えばこれ、婚約前の顔合わせの時にアレンとご両親が乗ってきたベンフォード家の馬車だ。でもどうしてユベールがいるんだろう?
首を傾げながらユベールの向かい側に座った私の隣には、ブリジットおねえたまがべったり密着した。しかも逃がすものかと言うかのように私の腕にしがみつき、へなへなと表情を弛緩させていらっしゃる。
「アレンはどこにいるんですか?」
ユベールの合図で走り出した馬車は、まっすぐ通用門を通り抜けて城の外に出た。ということはやっぱり行き先は騎士団棟ではない。
「ベンフォードの別邸だよ」
「なんでそんなところに……」
ぶつくさと呟いてはみたものの大方予想はついた。アレンとて、この私が優しい微笑みを浮かべながら、『私を利用しようとしたのは無理からぬことですから全部水に流してしまいましょうね』なんて穏やかに告げるなんてことは、天地がひっくり返ってもあり得ないとわかっている。それどころか罵詈雑言を投げつけられぐうの音もでないような文句が雨霰と降ってくるのも想定済みだろう。そんな情けない局面を職場の一角で迎えるなんて恥ずかし過ぎる。だからプライバシーが死守できる別邸を選んだに違いない。
「大切な話があるから……アレンはそう言っていた。リコタンに伝えたい事があるって」
とことん話し合えとあの二人は言ったけれど、本当にいい迷惑だ。王太子殿下の思いつきに乗っかった皆さんにグルになって騙された私には、これ以上話すことなんて何もないのに。
そんな私の不満を察したのか、ユベールは馬車の床に土下座しそうな勢いでガバッと頭を下げた。
「ごめんよリコタン。アレン可愛さのあまりリコタンの気持ちを蔑ろにして殿下の作戦に乗ってしまったんだ。本当にすまない」
「私達、リコタンに酷いことをしたんですもの。色々思うところはあるわよね……」
おねえたまも申し訳なさそうに眉尻を下げ、色っぽい溜め息を洩らしている。私は慌てて両手をヒラヒラ振った。
「あ、いえそんな。何とも思っていないとは言いませんけれど、余計な事を思い付いたのは王太子殿下ですし、皆さんも巻き込まれるしかなかったんですよね?まぁ誰か一人くらいおかしいって指摘してくれても良いのにとは思いますけれど……妃殿下や伯母達が心配してくれているのに、開き直って何にもしなかった私も悪かったのは事実です」
妃殿下に痛いところを突かれて返す言葉が無かったのだ。私には一切非がないとは言えない。でもそんな私の言葉におねえたまはうるうると目を潤ませ声を詰まらせた。
「んっ、リコ……タン…………なんていいコなの……」
「…………私達の……私達の義妹は天使か……?」
おねえたまにつられたのかユベールまで掌で目元を覆って嗚咽を洩らしている。だけどこの夫婦やそれからこの作戦に関わった誰もがが願ったのはアレンと私の幸せな結婚で、誰一人として悪意なんて抱いていた者はいないのはわかっている。それでも一人残らず悪ノリして暴走したのはどうかとは思うけれど。
「あのですね、ユベール卿。言い慣れておしまいになったのかもしれませんが、もう義妹はおやめ下さいませんか?」
もう一つ、ここできっちりと訂正をしておかねばとそう切り出した私を、ユベールとブリジットおねえたまが驚愕と絶望がごちゃ混ぜになったような顔で見つめた。
「ユベール卿だなんて……私達のリコタンが……」
項垂れたユベールが頭を抱えなが『やはりあの時ユベールおにいたまと呼ばせるべきだったんだ……』と呟いている。言われてみれば、いち早く呼ばされたブリジットおねえたまはすっかりブリジットおねえたまが定着してしまったのだから、ユベールだってそうだったかも知れないけれど、問題はそこじゃない。
「まだ取り消してくれていないらしいですけれど、私とアレンは偽装婚約なんです。義妹はおかしいですよ」
「「…………」」
沈黙したユベールとブリジットおねえたまが目配せを交わしたように見えたのは気の所為だろうか?
「そ、それはそうと……ここにいるのは他でもない、リコタンに聞いて欲しいことがあるからなんだ」
「はぁ、そうですか」
それはそうとと放置されて良い内容じゃない気はするが、ユベールだって用事がなければわざわざ馬車に同乗していないだろう。唐突に振ってきたのが気になりはするが、ついさっきまであの二人に言いたい放題勝手なことを言われまくっていたのだ。ユベールの話が追加されるくらいどうってことない。聞いてやろうじゃないか。
ユベールは予想に反して大人しく話を聞こうとする私の反応に拍子抜けしたらしく一瞬キョトンとしたが、気合を入れ直すように拳で膝をポンと叩きちょっと前のめりになった。
「ジョルジュと同じだ、アレンにそう言ったそうだね」
「はい、そうです」
私は堂々と肯定した。だってそのものズバリだもの。可愛い弟に何を言うんだ!なんて文句をつけられても知ったこっちゃない。こっちは大迷惑しているんだから。
「リコタンの目にはそう映ったのだろうし、責めるつもりなんかない。むしろ悪いのはこれまで態度をハッキリさせなかったアレンだ。だけどねリコタン。それでも我々には理解して欲しいことがあるんだ」
私は黙って首を傾げた。あのガリガリ亡者を庇いたい兄心はわからなくもないけれど、どうせまた同じ話の繰り返しでしょう?『アレンは本当にリコチャンに恋をした』なんて、どうして信じられるだろう?偽の封蝋を見せられたあの日の目茶苦茶感じの悪かったアレン。私に抱いている気持ちは不快感でしかないのだ。
それでも結婚を望むのは私にいろんな付加価値があるからに他ならないっていう単純明快な話なのに、何故誰も理解しようとしないのだろう?
もちろんユベールも理解しようとしない誰かの一員なので目新しい内容なんて何もないだろう。
私はそう高を括ってほぼほぼ聞き流すつもりで姿勢を正した。
「何でしょうか?」
「アレンは……アレンはね、アレンには……バックアップは必要無いんだよね」
「……は?」
思っていたのと全然違うことを聞かされて私はパチクリと瞬きを繰り返した。
「リコタンは妃殿下の親戚筋の女官で殿下からも気に入られていて、後見人が大物侯爵夫人でボードリエ公爵夫妻も目をかけている。確かにそこしか見ずにリコタンを手に入れたいって考えている男は沢山いるわ。人となりどころか顔も知らないくせにね」
「しかも王妃陛下自ら相手を探してあちこち声を掛けたんだ。あわよくばと縁談が殺到したのは無理無かったよな」
「殺到……」
妃殿下が私に無断で片っ端から握りつぶしたから知らなかったが、殺到するほどだなんて、付加価値って実に空恐ろしい。
思わずブルっと身震いすると、ギュッと抱きしめてきたブリジットおねえたまが『ウフフ……』とセクシーな笑いを漏らした。
「リコタンは無関心だから知らないでしょうけれど、アレンて凄く有能で将来を嘱望されている人材なのよ。殿下からの信頼も厚いし、将来は間違いなく近衛騎士団長になるでしょうね」
「……はぁ、そうでしたか……」
余程確信があるのかブリジットおねえたまは深々と頷いた。
「それに、包み隠さず言っちゃうと我がベンフォード侯爵家って有数の名門貴族家なワケ」
「……それはまぁ、そうですね」
「その上お義父様のお姉様はレナード公爵夫人、お義母様の妹さんはホワイル将軍夫人。後ろ盾はバッチリなのよ」
伯母が貴族ヒエラルキーの頂点に君臨する公爵夫人で叔母は武官のトップの妻。つまりダブルで安心みたいな状況なんだな。
「だけどそんなものに頼る必要なんか全くないくらい実力が有るのよね、アレンって」
貴族社会では環境や人脈も実力だ。なんたって、バッとしない田舎貴族の私が王太子妃私室付き女官になったのが良い例だ。それなのにダブルで安心に頼らずに出世街道をまっしぐらに進んでいるアレンの実力は相当なものなんだろうっていうのはわかる。
でも……だからナニ?って話よね?
「だからナニ?って思っているんでしょうけれどね?」
「……」
ど真ん中の図星に思わず私の目が泳いだ。
「全部リコタンの勘違いってことよ」
「勘違い?」
「うーん、そうねぇ。勘違いっていうか、考え過ぎ?」
勘違いに考え過ぎ?私の?
何を言われているのか理解できず眉間をギュッと寄せると、『ダメよ?』と囁いたブリジットおねえたまに指先でスルリと撫でられた。
「つまりね、アレンがリコタンを望んでいるのはリコタンにくっついているあれこれじゃない、リコタン自身だってこと」
「………………いやぁそれは……」
無いよ。絶対に無い。
次男だけど名門侯爵家の子息で将来を嘱望された近衛騎士で、高身長でスタイルも良いしなんたって顔面偏差値が飛び抜けて高い。しかもダブルで安心付きなんでしょう?
そんなアレンがパッとしない田舎貴族なんかに惹かれるかってんだ!と私は言いたい。
「もうっ!そんな眉唾物見るような目で見ないの」
ブリジットおねえたまはジト目の私に困ったように微笑んだ。




