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論破するまでやってやる


 まるで田んぼでおたまじゃくしを見つけた腕白坊主みたいなワクワクの詰まったテンションマックスな殿下のその笑顔。これを目の当たりにしたら嫌な予感しかない。そして今この状況での嫌な予感と言ったらただ一つ……


 「ついに宝石を見つけた、誰にも渡したくないなんてアレンに言われたら『よし、一肌脱ぐぞ』ってなるに決まっているじゃないか!当然全面協力以外の意見なんて一つも無かったんだ」


 宝石……なるほど、そこで発生したキーワードだったのか。夢見がちで現実から目を背けているアレンが宝石なんて言い出したのだから、これを逃す訳にはいかないと周囲が色めき立ったのも致し方ない。


 「あ、念のために言うけど宝石ってリコチャンのことだからね!」

 「……ですよね……」


 この期に及んで期待はしていなかったが念押しされるのは実に辛い。どっちかと言うとネギ背負った鴨なのに宝石って……他に言い方はなかったのか?そんな言い方をするから周りも絆されたんだ。大体周りの皆さん、絆されないで!


 「流石にアレンのご両親はびっくりなさったらしいのだけれどそういう事情があったし、何よりもアレンの熱意に負けたんですって」

 「あー、やっと見つけた宝石をと言われては窘められなくてとか言ってましたっけね……」


 ご両親よ、コニー達の話から察するに気持ちは解るけれど、あなた方も周りの皆さんと一緒なってまんまと息子に絆されてちゃダメですよ。そこはビジっと『無理あり過ぎ!』って指摘してくれなくちゃ。


 「ニッコニコよー!」


 ちょっぴり顔を顰めただけですかさずこの指摘。ウィリアム王子の有能っぷりが凄すぎる。とても笑う気になんてなれないが、言うことを聞かぬ表情筋を強引に動かして笑顔を造るしかないではないか。そしてしてやったりとニンマリしている二人が憎ったらしいったらありゃしない。殿下なんて勝者の余裕まで漂わせていやがる。


 「囮捜査って口実で婚約に持ち込んで、徹底的に逃げ道を塞ぐ。その上でアレンが思う存分想いを伝えれば、リコチャンに欠けていたナニカが芽生えるんじゃないか……僕らだって無茶苦茶な計画だとは思ったよ?でもリコチャンだから仕方がなかったんだ。でしょ?」

 「…………うっ」


 でしょ?と言われてぐうの音も出ず、だけど変なうめき声が出た。

  

 王子の手前膨れっ面すらできない。すると殿下は良い笑顔を浮かべながら余裕で話し出した。


 「アレンってば切羽詰まっちゃってるからさぁ。大急ぎで全部の手配を済ませるのは大変だったんだけど、第三近衛騎士団が総力を上げて頑張ったんだから。リコチャンさ、帰り道すんごい遠回りされた上に同じ道を三周したのに気が付かなかったでしょ?アレが無かったらリコチャンの残業も無しだったろうし厳しかったよね。ブリジットのお手柄だよ!」

 

 ぐぬんっ!うっすらそんな気がしないでもなかったが、近衛騎士のブリジットおねえたまが道を間違うなんて考えられなかったんだもの。住み込みで三年も前から現住所が王城なのに、引き籠り過ぎて土地勘無いのがバレそうで疑問は抱いたけれど口には出せず。そもそも間違えたんじゃなくて故意にだった訳で、してやられたが恥ずかしくて文句も言えない。唇を噛むしかない私に殿下はヘヘンと胸を張った。


 「ほらね、僕の騎士団優秀でしょ?」

 「…………ですね」


 あんな短時間で偽ラブレターの黒幕がクルドス公爵だったのを突き止めただけでも驚きだったのだ。それなのに相当多岐に渡る関係各所への根回しまで終えるとは。しかもそれって職務の範疇なのかな?んなことやってられるかよ!って思う人だっていただろうに。っていうかまさかこれ、強制ボランティアで無償労働なんてことは……


 「あぁ、皆には僕のポケットマネーから特別手当てを付けといたよ」

 「それはどうも……」


 うん、こう見えてこの人そういう気遣いは出来るんだよね。変な計画は立てちゃうけどね。


 「……てことで作戦は完璧って思っていたんだけどさ」


 再び王子を妃殿下に預けた殿下が腕組みをして眉をしかめた。


 「あんなに難航するとは思わなかったよ。想像を絶するアレンの拗らせでさ」

 「拗らせ?」


 思わず聞き返した私に妃殿下も曇らせた顔で頷いた。


 「絶対に離したくないって気持ちが強すぎて、一番大事なことが言えなくなっちゃったのよ」

 「なんか凄い勘違いしているみたいだけど、離したくない理由は考えているのと違うから。それに何よ、大事なことって?」

 「リコチャンが好きだって告白だよ!でもとうとう言われたんでしょ?」


 横から口を挟んで投げられたのが包み隠さぬ直球で、思わず白目になった私を見て殿下がによによと笑っている。


 「言われましたけど……本当にお二人が考えているような意味じゃないですから」

 「梨子ちゃんのわからず屋!」

 「だってホントに違うもの。アレンはね、超が付くくらいマニアックなの。だから愛する婚約者として私を扱うことに拘っただけだってば」

 「だったら先ずは言うよね~、好きだ、愛してるってさ。なのにずっとずっと言えなくて、それなのにあの状況でとうとう好きだ!って叫んだ。伝えられずにいたからこそ矢も盾も堪らなくなったんだろ?」


 ちょいちょい割り込んで直球を投げてくる殿下が鬱陶しい。確かにあれだけの拘り具合だ。好きだの愛しているだのは真っ先に言うべきワードなのかも知れない。散々甘い視線と言葉をを投げかけたくせに、好きだの一言は私が囮役を投げ出すまで一度だって言わなかった。


 殿下の笑いが更にによによ具合を増しているのが何とも腹立たしい。どうしてもそっち方面に誘導したいらしいが、私にはアレンの狙いは八割の付加価値っていう確信がある。だから絶対に譲れないのだ。


 「大体こんなに説明しているのに、何を根拠に付加価値説を主張しているのよ?」


 一向に私が折れないせいで妃殿下の口調がいつになく苛立っているが、一歩も引き下がるつもりはない。論破するまでやってやるだけだ。


 「アレンは執務室でも騎士団棟に行く間もすっごい嫌な感じだったんだから!強ちバカじゃなさそうだとかあまりにも興味関心が薄すぎるとか」

 「違うの?」

 「そうだけどっ。でもたまたま同じ場所に居合わせて、三年ぶりに再会した相手に言うことじゃないでしょう?それにムラが激しいってすっごいしつこかったんだから!何よムラって?そんなこと言われたのは初めてだけど?そもそも激しくて悪いの?誰かに迷惑かけた?なのにどうして初対面同然のアレンにボロクソ言われなきゃいけないのよ!」


 あの時の苛立ちが甦りグチグチと文句を言い出した私を見た二人は、揃って口を開けて顔を見合わせた。


 「わかった気がするわ」

 「何が?」

 「アレンが落ちちゃった理由」

 「は?」


 『チャッター!』と意味もわからぬまま真似っこしてキャハハと笑う王子。あぁ可愛い。可愛いけれどこの苛立ちをひた隠しにして耐えるのが辛い。『落ちちゃったじゃなーい!』と怒鳴り散らしたいのに半笑いを浮かべるしかないのも辛い。


 「だけど……ムラはないわよね」

 「ないな、ムラは酷い」

 「アレンたら、この恋愛音痴相手になに墓穴を掘ってるのかしら?」

 

 そろそろ菩薩像になってしまいそうな私をチラ見しつつごそごそと小声で囁き合ったあと、二人は揃って済まなさそうな顔で私を見た。


 「僕らはリコチャンの幸せを願っている、ホントだよ?」

 「いくらなんでも理不尽だとは思ったわ。でもこんな強硬手段でも取らなきゃ、非恋愛脳の梨子ちゃんが誰かを恋愛対象として見ることなんかないでしょう?これしか方法が無かったのは確かだけれど、だからって黙って勝手なことをしたのは悪かった。ごめんなさい、梨子ちゃん」

 「リコチャン、ごめんね」

 

 眉尻を下げた妃殿下に抱かれている王子までが『ゴメンネー』とペコリしている。そんな彼らは王族で、私は吹けば飛ぶような弱小貴族の娘で。よって私は彼らに逆らうなんて不可能なのだ。


 散々ごねたのは事実ではありますが。

 

 「もう良いです」


 渋々そう言うとこの件に関しては無関係の王子までもがパァっと顔を輝かせた。


 「ありがと、嬉しいよ!リコチャンならきっとわかってくれると思っていたんだ!」

 「いえ。成る程それは仕方がないなとは思いませんけれど、私を思って下さったようですので」

 「そうそう、ホントにそうなんだよ」

 「わかっています。そしてそのお気持ちを、上手いことアレンに利用されちゃったんですよ」


 そう言った私に妃殿下は不愉快そうに眉間を寄せた。


 「梨子ちゃん……まだそんなことを言ってるの?」

 「逆にどうしてアレンの肩を持つのか、こっちが聞きたいわよ」

 「あぁもう、いつからこんなに強情になったのかしら?」

 

 『転生の悪影響?転生すると性格まで捻くれるの?東村山の伯父さんの法事の時はあんなに素直で可愛かったのに……』等々、より一層表情を険しくしブツブツ呟いていた妃殿下がわざとらしく溜息を吐いた。


 「こんなわからず屋を好きになるなんて、心の底からアレンがお気の毒だわ!」

 「どうしてよ?騙されてしなくてもいい苦労をさせられて、気の毒なのは私じゃないの」

 「だからそれはアレンが企んだんじゃなくてリチャードが思い付いたんだってば」

 「そんなの言い訳になると思う?結婚したいなら正々堂々そう言えば良いじゃない。それを皆でグルになって逃げ道を塞ぐなんて酷すぎる!」

 「あの段階で正々堂々と言われてみなさいよ。ふーん……で終わりになるに決まってる!」

 「ふーんで悪い?貴族の結婚なんてそんなもんですから!これでも私は正真正銘の伯爵令嬢なんですけど?」

 「ふーんじゃ幸せ感じないでしょう?私にはね、梨子ちゃんには幸せな花嫁さんになって、スパダリにメロメロに愛される結婚生活を送って欲しいの!」

 「私はふーんで結構です」

 「ダメですっ。そんじょそこらの無能な男になんか、梨子ちゃんはあげられません!」

 「頑固オヤジ?」

 「まぁっ!王太子妃に向かってなんてことを言うのっ?!」

 「ひどーい。いきなり権力振りかざしてきた」

 「だったら言うけどね、アレンは近衛騎士よ?わたし達になら梨子ちゃんを褒賞として下賜しちゃう権力だってあるんだから」

 「うっわー、ご褒美扱いとか最低!」

 「だからしてないでしょうが!」

 「そうだけど、それなりのことはされた」

 「そうだけど権力は振りかざしていないわよ。誰もが前のめりで協力を申し出てくれたんだから」

 「そうだけど頼んでないし」

 「どうせ結婚するなら幸せになれば良いじゃない!この臆病者!」

 「オクビョウモノぉ~?」


 出口の見えない言争いは、間延びした王子の一言で中断された。

 

 


 


 

 

 

 




 

 

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