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何かが私を待っているのね


 「お、おねえたま!ブリジットおねえたまッ!」

 「なあに、リコタン?」


 スタスタと歩きながら聖母のように優しい微笑みを私に向けるブリジットおねえたま。


 「降ろして下さい!」

 「だーめ。良い子でじっとしてらっしゃいね」

 

 ブリジットおねえたまは普通に会話しているけれど、前にも言ったが私は小柄でも華奢でもない。転生者のくせにお約束の小柄で華奢で折れそうな手首とか腰とか首とか装備していないし。体型においてもパッとしない中肉中背の特徴の無さで、だからこそアレンもウエイトとして重宝し離したがらなかったんだから。軽々抱き上げているようだけれど絶対に重い。後々何かあっては困るしどうして抱っこされているか謎だし、それに何よりも恥ずかしい。


 いや、恥ずかしがっている場合じゃない。ブリジットおねえたまったらたった今、ものすっごい物騒な事をサラッと口走ったよね?


 「始末なんかしちゃダメです!」

 「んー?ジョルジュのこと?」

 

 ブリジットおねえたまは焦りまくってコクコク頷く私をホンワカと眺めてながら首を傾げた。


 「だって、あのままにしておけないでしょう?ジョルジュって天然なんだもの。ちゃんとわからせてやらないと永遠にあのまんまよ?」

 「……はい?」

 「結婚しようって、コバエみたいにうろちょろ纏わりつかれるのは鬱陶しいでしょ?」

 「そうですけど……」


 そう言えばアレンやアーネストと同級生だったブリジットおねえたまは、ジョルジュとも同級生だってわけで。つまりおねえたまもジョルジュにおたんちんな匂いを感じていたわけで。


 「だからしっかり現実を理解させておけって言ったのよ。大丈夫、今頃はもうリコタンのことは綺麗さっぱり諦めているでしょうからね」

 「始末って……そういうこと?」


 心底安堵した私はだらんと脱力した。あんなにしつこかったのに今頃はもうって随分早くないか?という不愉快さを感じないでもないが、ジョルジュが別の意味で始末されて重りを付けられお池にドボンとかされていなくて良かった。


 「安心して。ジョルジュが罪に問えるほどのことはしていないって、もう把握してあるから」

 「え?いつの間に?」

 「そのことも含めて、両殿下からお話したいそうよ。だから間違いなく連れてくるんだよ~って殿下に言われてるの。だから下ろすのはダメ」

 「殿下に?」


 瞬く私にフフッと笑い、ブリジットおねえたまはズンズン勇ましく進む。


 「お願いーっ、降ろして下さいぃぃ~!」


 涙目で叫ぶ私をブリジットおねえたまはしょんぼりと見下ろした。


 「ダメなのぉ?こんな機会でもなきゃリコタンを抱っこできないのにぃ」

 「こんな機会でもされちゃ困るヤツですから!」

 「んもうっ!アレンは良くておねえたまはダメなんて、リコタンのいけずぅ」


 はんなり言うな!お色気が駄々漏れだ。おまけに『どうしてもダメなのぉ?』とか悲しげに聞かないで欲しい。


 渋々ながら降ろしてくれたのは良いのだが、今度は手首をしっかり握られている。ちなみに連行されているのは王太子殿下の執務室だという。


 「私身に覚えなんてないんです。潔白です。それなのにどんな容疑を掛けられているんですか?」

 「心配いらないわ。リコタンが何も知らずに巻き込まれたのはみーんな判っているから。悪巧みしたのはあの夫婦よ」

 「あの夫婦って、両殿下……ですか?」


 ブリジットおねえたまがヤレヤレと言うように前髪を掻き上げ、フッと溜息を漏らした。


 「あのねリコタン。言いだしっぺはあの夫婦なの。アレンはリコタンを騙すつもりなんか無かった、それだけは信じてあげて」

 「別に良いですけど、結局騙されてはいたんです。被害者意識に変わりはないですよ?」

 「そうだけど……まぁ先ずはあの夫婦が謝りたいらしいから話を聞いて差し上げてね」

 「どういうことだったのかご説明頂けるんですかね?」

 「そうらしいわ、それからね……リコタン、凄くびっくりすると思うし頭にくるでしょうけれど、みんなリコタンを傷つけるつもりなんか無かった……ってことはわかってくれると良いんだけどなぁ」

 「……なんか良くわかりませんが、その言い方だと大暴れしちゃうくらい激怒する何かがあるような予感しかないんですけど」


 ブリジットおねえたまはスッと目を逸した。


 あるのか、あるんだな。大暴れしちゃうくらい激怒するような何かが私を待っているのね?


 「さぁ入って!」


 丁度辿り着いた王太子殿下の執務室のドアをノックすると、出迎えたのはかなりオドオドした様子の殿下だった。


 「リゼット・コンスタンス・ルイゾン嬢をお連れいたしました」

 「あ、ありがとう、ブリジット……」

 「ではわたくしは待機しております」


 ブリジットおねえたまは私を執務室に押し込むなり、逃げるようにバタンとドアを閉めた。残されたのは私とオロオロしっぱなしの殿下と、同じくらいオロオロしている妃殿下。そしてその腕に抱っこされている……


 ウィルきゅーん!


 私を見るなりオンリする!とジタバタしたウィリアム王子が、ヨチヨチと可愛らしくあんよしてきた。


 「イッコチャーン!」


 そう言って両手を差し出すウィルきゅん。天使、ありとあらゆる意味で地上に降りた天使。可愛いにもほどがある。マズイ、召される。


 抱っこすると首に回した手でギュッとしがみついてくる。やっぱりマズイ、心臓がキュンキュンおかしな拍動をしている。本当に死ぬかも。でもそれこそ本望だ!と脳内で叫ぶ私がいる。


 「イッコチャーン」


 王子が耳元で私を呼んだ。なんだこの幼児は。一歳にして恋愛テクの使い手か?


 「はい、なんですか?王子殿下?」


 必死に冷静を装う私なのに王子は容赦ない。『ちゅき!』と言うなりギュッとされて止まらぬ心臓があるだろうか?いやない。止まった。今止まった。私の心臓は絶対に止まった。けれどもそれこそ本望だと、またしても脳内で叫ぶ私……


 「あ、あのね……梨子ちゃん。怒らないで私達の話を聞いてくれる?」


 おずおずと切り出した妃殿下にジト目を向けるとスイッと目を泳がせた。これはアレだ。絶対に後ろめたい何かがあるヤツだ。


 「そうね、今回ばかりはこの私も何をしてくれちゃったのか知りたいわ。怒らないでいられる自身はないけどね」

 「こあーい!」


 ふえっと怯えた顔をする王子に、怒ってませんよーとニコニコ笑いかけつつ内心やり場のない怒りで拳を握った。この夫婦の狙いはこれだ。私の癒し成分、ウィルきゅんを同席させれば私が怒りで我を忘れるのを防げると思っていやがるのだ。そして悔しいかな、狙いはど真ん中的中である。


 「で?私は言われた通りに囮になっていたつもりだったんだけど、一体どうなってるの?」


 ついつい刺々しくなる口調を王子の手前トーンアップしてにこやかに尋ねると、妃殿下の口元がほんのちょっと歪んだ。これ絶対にしてやったりと思っていやがる。くーっ、悔しい。


 「元はと言えばね、梨子ちゃんが王妃陛下の封蝋をするようになったのが始まりなの……」

 「え?なんで?」

 

 王妃陛下は私の封蝋を気に入って下さっているはず。私をどうにかしようとすることはないと思うんだけど?


 「王妃陛下……というかお義母様が、ちょこちょこ出入りするようになった梨子ちゃんに興味を持っちゃったのよ」


 それは薄々気づいてはいた。出身やら何やら随分と根掘り葉掘り聞くなーって思っていたから。そして婚約者はいるのか?と聞かれいないと答えた私を、もの凄く気の毒そうにご覧になっていらしたもの。


 「やたらと張り切りだして縁談を持ってくるんだけど、ものの見事に王太子妃お気に入りの女官目当ての男ばかりで……」


 それでも王妃陛下から持ちかけられた縁談だ。断るなんて面倒なことを私がするはずがない。まぁいいやどうせ結婚なんてこんなもんだと妥協するのを避けるため、妃殿下は片っ端から縁談を潰していたのだそうだ。


 そこまでして人の恋愛結婚に拘る意味がわからない。何が妃殿下を突き動かすんだろう?


 「最近はベーゼン侯爵家からの圧も凄くて……」


 そんな気もしていたが、伯母は男っ気ゼロの私が行き遅れるのを相当案じていたようだ。いい加減見合いでもさせなければと焦る伯母に、妃殿下は必死に待ったをかけていた。


 妃殿下、何やってるのかな?


 とはいえ妃殿下の気持ちは分からないではない。私が崖っぷちなのもジョルジュの言う八割目当ての縁談しかこないのも、縁故採用で分不相応の王太子妃私室付き女官になったせいだ。この人のことだ、責任を感じないはずがない。


 「それで?」


 ついつい冷ややかに続きを促した私に、王子が『にっこにこよー』と注意喚起をしてくる。くっ、この二人、とんでもない爆発防止対策をしてくれたものだ。


 「でも梨子ちゃんは引きこもりっぱなしで彼氏ができる気配もないし、つくづく困ったなーなんて頭を悩ませていたのよね。そうしたら梨子ちゃんが殿下に呼ばれたじゃない?」

 「偽のラブレターの?」


 訝しげに寄った私の眉間を王子の小さな指が突っついた。あー、やりにくいったらありゃしない。でも至福。間違いなく至福。厳しく追及したいのにできないこのもどかしさは拷問だ。いつか必ず何倍にもして償わせてやる!


 「あの時ねぇ、アレンが落ちちゃったんですって」

 「……どこに?」

 「どこに……っていうか、梨子ちゃんに」

 「……何を仰っていらっしゃるのやら、全然わからないんですけど?」

 「あー、だからね」「一目惚れみたいな感じじゃない?」


 きゅるんとした笑顔で乱入した殿下を、私と妃殿下が同時に睨んだ。


 「なーにふざけたことを言ってるんですか!聴取をするって騎士団棟に連れていかれる道中、アレンってばものっっっすごい感じ悪かったんですよ!」


 一目惚れした相手にあんな態度を取るもんか!それに我々は三年前に出会っていて既に面識アリだ。私は綺麗さっぱり忘れていたけれど。


 「リチャード、生え替わりの乳歯を抜くんじゃないのよ。こういうのはじっくりとちょっとずつ進めた方が良いの。そんな乱暴に進めちゃだめじゃない!」


 妃殿下に叱られた殿下がしょんぼりしているが、どうか私の理解をグラグラ揺れている乳歯と同列に扱わないで欲しい。というか、ちょっとずつじゃなくて結構だ。私はさっさと事の次第が知りたいんだ。


 「アレンね、梨子ちゃんが聴取を受けている間に頼みにきたのよ。梨子ちゃんと結婚させてくれって」

 「……ふーん」

 「驚かないの?」

 「うん。随分早くから目を付けていたんだなぁ、とは思ったけど」


 アレンがジョルジュの言う八割に気付いたのは婚約者の振りをしている中でだと思い込んでいたけれど、あの時点でもう見抜いていたのか。凄いな。想像を遥かに越えるガリガリ亡者だ!

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