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『計画はすべて順調だ』


 「貴様が欲しいのはリゼット・コンスタン……」

 「ス!」

 

 横から口を挟んだジョルジュはわかったとばかりに目配せをしてきたが、いくら紛らわしいからって一度は理解できていたのだ。そろそろ覚えられないものだろうか?


 「……スの八割だけだろう!」


 さっきと同様に言い直さずに『ス』のみを追加しているだけなので、そういう所がダメなんだ。それにまだ皆さんには意味不明の八割を主張している。


 「僕は違う。八割なんか必要ない。僕が欲しいのは残りの二割の方だ!だからアレン、リゼット・コンスタン……」

 「だからス!」

 「オーケー覚えた!ス……の前に二度と現れるな!」


 嘘だ、絶対に覚えちゃいないとじとっとした目で見るも、ジョルジュは良いことを言ってやったという達成感に浸っていて気が付きゃしない。それどころか第三近衛騎士団ほぼほぼ勢揃いという状況にも関わらず、無理くり私の手を握って跪いた。


 咄嗟に振り払おうとしたけれどガッチリ握られていてびくともしない。アワアワ慌てている私の様子も恥じらいにしか見えないのか、ジョルジュは目を細めて愛おしそうに微笑んだ。


 「リゼット・コンスタンツェ……」

 「いや違うし!」


 逆に遠ざかるのってナニ?


 「僕とけっこ」「ホギャーーーーッ!」


 部屋どころか倉庫全体を揺らすくらいの絶叫が響き渡った。ジョルジュの血迷ったプロポーズを中断させてくれたのはありがたいが、タックルを掛けられたくらいの勢いでいきなり肩に担ぐなんて、アレンめ、仮にも乙女の端くれの私に何をしやがる。ここはせめてお姫様抱っこにはできないのか?抗議のばた足も虚しくアレンは死んでも離さぬ覚悟なのか両足をガッチリホールドしている。


 「リコは指輪に誓った俺の婚約者だ!絶対に渡さない」

 「もうやめて!そういうの、何の意味もなかったんだから!この人私達が婚約したなんて全く知らなかったのよ!」

 

 『あぁ……』というアレンのそれが?とでも言うかのような気の抜けた返事がやけに気にかかる。そこ、すっごく驚くところだよね?


 「この鬼畜め!リゼット・コンスタン……」

 「ス」

 「スを離せ!」


 私はぐったりと脱力した。ここまで覚えなれないことよりも、さっきまでちゃんと覚えていたことの方が不思議に思えてくる。それにだ。

 

 「あの、ジョルジュさん?私、あなたとは結婚できないって言いましたよね?」


 アレンに担がれジョルジュに尻を向けながら振り向いた状態で、しかもこの大人数に取り囲まれてこんなことを言わされるとは情けなくて涙が滲む。だけどジョルジュは目ざとくそれに気が付いて、しかも絶対に余計な勘違いをした上で両手両足ブランブランの私の側まで駆け寄ってまたまた跪いた。


 「リネンの事など気にするな!僕はどんなイニシャルだって構わない。お前の為ならAをJだと思い込むなど容易いことだ。安心してそのリネン諸共嫁に来い!」

 「無理です!リネンはさておき無理です。でもってどうか訳は聞かないで下さい」


 アホの子とはいえジョルジュにもプライドがある。公衆の面前で私のようなパッとしない女にふられては、さぞや傷つくことだろう。本来なら逆に失礼しちゃう!的な立場にいる私がここまで気遣ってあげているのにだ。『何故?どうしてなんだ!』とかブランブランの手を握り、流れる涙で濡れたほっぺを押し付けながらしつこく聞くんだから、もうズバリ言っても良いですよね?


 「あなたのこと、全然好きじゃないですから」

 「だが僕は好きだ。一気にお前にべた惚れした。だからお前もそうなる」

 「いや、未来永劫ならないです。断言できます」

 「そんな……」


 やっと、これだけ言われてようやくジョルジュが濡れそぼった瞳で私を見上げたので、私はこれ以上微塵も勘違いを起こさぬように、これでもかと言うほど首を縦に振った。


 それなのにジョルジュはまだ縋っている。おまけにだ。


 「リゼット・コンスタン…………ツ?」

 「スだよス……」

 「ス」


 コイツ、一生覚えないだろうなと私は確信した。


 「お願いだ、きっとそのうち情が湧くに違いない。だから僕と結婚すると言ってくれ!」

 「そんな可能性に賭ける結婚なんて嫌ですってば」

 「政略結婚ならそんなものだろう?」

 「政略結婚じゃないし!じゃないのに愛情も無いなんてただの地獄!」

 「案ずるな、愛情ならお前の分まで僕には大有りだ!」

 

 このアホの子をどう処理したら良いのだろう?と途方に暮れたが、それに関してはあっさりと解決した。アレンが、そう、ジョルジュの想像を遥かに超えるアホの子っぷりに呆気に取られていたらしいアレンが、我に返ったのだ。


 アレンは先ず私をぶるんと振り回して縋るジョルジュの手を振り切った。それについては評価したいが、相変わらず担がれてブランブランなのはいかがなものか?


 「いい加減にしろ!リコは俺の婚約者、俺の大切な宝石だ!」


 二点訂正してやりたいが、それよりもまず宝石って肩に担ぐものじゃないと思う……


 「黙れ、貴様の狙いはリゼット・コンスタン」「ス」

 「ス、の八割だろう!」


 もうパターンは読めたので先に言ってみたら、ジョルジュはごくごく自然に受け入れ普通に話を続けているし、一同も何を感じることもなくなっているらしく完全なるノーリアクションだ。一人くらい突っ込む者はいないのか?


 「さっきから何を言っているんだ!リコは俺が見つけた宝石だ。誰にも渡したりしない!」

 

 完全にスルーして話を続けるアレンはまだ婚約者モードを続行中だ。いつまでこの無意味な茶番劇を続けるつもりなのだろう?

 

 「だからねアレン。さっきも言ったけどもうそれ必要ないんだってば」

 「そんなことはどうでもいい……」

 「はい?」


 私は持てる力を振り絞りブランブランの上半身を跳ね上げた。田舎育ちの腹筋背筋瞬発力バランス感覚その他諸々の身体能力を甘く見てはいけない。けれども当然そのまま飛び降りるつもりだったのに、相手は相手でエリート中のエリート、近衛騎士のアレンだ。山猿級の俊敏でイレギュラーな動きも瞬時に察知し、逃がすことなく抱え直されてしまった。


 というわけで、私は絶賛アレンの縦抱っこ中であり、第三近衛騎士団の皆さんの拍手喝采を浴びている。


 まぁいいや。もう相手にするのも面倒だ。このまま続行してやる。


 「どうでもいいって……それ、どういうこと?」

 「…………」


 アレンが無言で極限まで顔を背けた。後ろめたい気持ちですと言っているようなものだ。何かある。アレンは絶対に何かを隠している。


 「アレン!教えて、どういうことなの?」

 「……ジョルジュは計画を実現する為に必要な理由付けのようなものだ」


 …………ん?!


 「……私、かなりの当事者だと思うんだけど、初耳だし全くもって意味がわからないんだけど?」

 「……囮捜査は、その……名目上の理由だ。実際のターゲットは……」


 口ごもったアレンは私をそっと床に下ろした。そして両肩を掴んで顔を覗き込んできたが、その表情を酷く不安そうに歪めている。


 しばらく続いた嫌な沈黙だったが、何度も躊躇い口を開きかけてはまた閉ざしていたアレンが、静かに言った。


 「リコ……君だよ」

 「………………へ?」


 ターゲットが私?


 ……ってことは私は何かの容疑者ってことだよね?犯罪に手を染めたつもりはこれっぽっちもないけれど、何か無意識に法に触れるようなことをしでかしていたのだろうか?


 私は全速力で脳内の記憶を辿ったが何も思い当たらない。そもそも一日中封蝋ばっかりしている引き篭もりの私が、どんな犯罪行為をやれると言うのだ?しかも第三近衛騎士団が捜査に当たるなら、それは王太子殿下に関わる事で。たまーに顔を合わせてはあの通り鬱陶しくあれこれ言われるくらいで、殿下との接触だってほとんどないのだ。


 「何かの間違いでは?」

 「いや、そうじゃない。この計画のターゲットはリコだ」

 「ちょっと待って……計画って…………ナニ?」


 計画……この特殊任務でそんな言い回しは使われたことがない。だけど思い返せばアレンの口から一度だけ聞いた覚えがある。あれは……あれは確か……


 グレンドアへ向かう途中、ジョルジュや公爵に動きはあるのかと私が尋ねた時。アレンは計画は全て順調だと答えた。


 『計画は全て順調だ』


 あれは私が協力させられた特殊任務のことじゃない。何らかの理由で私を嵌めて貶めようとする為に練られた全く別のもの。そして私は何も知らずに踊らされていた……


 「離してっ!」


 金切り声を上げてアレンの両手を振り払い飛び退いた。アレンは両手をだらりと下げ絶望したように私を見つめている。きっと私が気付いたせいで計画が頓挫したからだ。希望を失くした人というのはこんなにも弱々しく今にも崩れ落ちて

しまいそうに見えるものなんだ。アレンはまるで捨てられた子犬のようだったが私はどうでも良かった。


 何を企んだのかはわからない。でも私には後ろめたいことなんか何一つない。それなのに、それなのに私は何も知らずに捜査協力だと信じて言われるがままに動いていた。


 それだけじゃない。


 アレンの人となりを尊敬していた。価値観が合うことに喜びを感じてもいた。心を開いて付き合える相手だとすら思っていた。こんな風に裏切られるなんて思いもしないで。


 息が苦しいのはバクバクと騒がしく暴れる心臓のせいだ。頭の中に鼓動が鳴り響いて、『僕を放置するな!』と喚くジョルジュの声が遠くから聞こえるような気がする。フッと目の前が白くなりよろけた私はブリジットおねえたまに抱き止められ、そのまま横抱きにされた。


 「アレン、ジョルジュの始末は抜かりなくしておくのよ!」


 そう言い放ったブリジットおねえたまは、私を抱いたまま部屋を出た。


 


 


 

 


 

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