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縁故採用バンザイ!


 前世の縁故採用で女官になって早三年、私は19歳になった。


 三年も経てば何故アンジェリーヌ……というよりも結衣ちゃんがグイグイ来たのか、それに両親があっさり二つ返事をしたのか?流石の私にも察するくらいはできるようになった。


 女官……縁談においてこのキャリアはとてつもない付加価値となり、評価爆上がり必至。アンジェリーヌが里の両親に女官にしたいと打診をした時もこの点を猛プッシュし、だからこそ両親はポイッと私を預けたのだ。パッとしない私に持ち込まれる縁談などたかが知れている。人は良いけれど気弱だとか優しいが騙されやすいとか、優秀な兄弟に良いようにあしらわれ、貧乏くじばかりをひいているとか。いい人なんだけど不安要素が気になって、両手を上げて喜べないような相手なんだろうなと、家族一同早々と諦め達観していたのだ。


 身の程なんてわかっている。パッとしない自分に高望みをする資格なんか有りはしないのだから、些細な不満は飲み込んで程々の人生を送れば良いじゃないか……


 アンジェリーヌは他人事とはいえ、私のあまりにも投げやりなスタンスが気に掛かったようだ。しかもこの無気力転生者は前世の従妹で、今生で巡り合ったのも何かの縁。少しでも視野を広げ新たな可能性を見出して欲しいと声を掛けて下さったのだろう。

 

 女官として働けば様々な出会いもある。見初められてアプローチを掛けられるなんてことも有るかも。そんなこんなで生まれた恋を育み、幸せな家庭を築いて欲しい。


 それなのにちょっとではなくかなり方向性がズレてしまったのは本当に申し訳ない。だって敬愛する女神様のお気遣いを台無しにし、私は日々執務室にお籠りで外部との接点などほとんど作れぬまま、一人で作業に明け暮れているのだ。


 最早女官ではなく王家お抱え職人を名乗った方がしっくりくるだろうと我ながら思うくらいに。




 王太子妃私室付き女官のお仕事はいくつかに分類される。


 王太子妃の


 身の回りの管理

 スケジュール管理

 使用人の管理

 社交対応

 所持品管理


 等々。


 アンジェリーヌ王太子妃殿下にお仕えして三年、今はもう下っ端の新人さんじゃないのにも関わらず、私は一切そういった重要な仕事には手を出していない。何故かというとスペシャリストとして確固たる地位を築いている……とまで御大層なものじゃないけど、とにかく他の業務に携わる時間がないのだ。

 

 皆が忙しく様々な仕事をこなしている中、私は日々執務室の隅に置かれた机で黙々と、妃殿下の書状入りの封筒を蝋と印璽を使い封印し続ける。


 そしてこの単純作業に、妙なところでやたらと几帳面という一面が活かされるとは、誰が予想したであろう。


 『封蝋とは非常に重要なものである』


 初めて印璽を手にした時、女官長はそう言った。王太子妃殿下が送られた公式な文書が封印されている証なのだから、心して取り組むようにと。だから私は素直に従った。結果としてドハマリし封蝋に明け暮れる私を見ては、妃殿下が『そうじゃなくない?』と複雑な表情を浮かべているのだけれど。


 蝋を炙って溶かし封筒に滴して印璽を押す。それだけの作業ではあるがだからこそ美しく仕上げるには技術が必要だ。蝋の多過ぎず少な過ぎぬ最適な量、固過ぎず柔らか過ぎぬ適度な硬度、それらを見極め印璽をぶれなく垂直に一定の圧力で押し込む。そうやって仕上げられた封蝋の美しさは見る者の目を奪い、今では芸術品の域とまで言われるようになっている。


 他国の事情までは知らないが、我が国の王室では王族の印璽を使い自ら封蝋することはない。どんなにプライベートな内容でも、印璽を使う以上はフロム王室のオフィシャル文書に分類されるのだ。だから封蝋は文官や女官のお仕事である。


 王族の中でも社交や慈善活動を一手に任されている妃殿下は、飛び抜けて文書のやり取りが多い。茶会や夜会ともなると三桁に上る封蝋を仕上げなくてはならない。


 『このままじゃわたくし、お里のご両親にお詫びのしようがないわ』


 眉尻をぐーんと下げながら妃殿下が嘆くが仕方がないのだ。


『美しすぎる封蝋』と評判を呼び、王太子妃私室付き女官なのに王妃様からもご指名を受ける私の封蝋テクに対抗しようとする強者など存在せず、結局一手に封蝋を引き受けざるを得ない現況になっているんだもの。


 執務室に籠もりっきりだから私の認知度は相当低い。王太子妃私室付き女官の人数が合わないと、座敷わらし的な噂があるのもそのせいだろう。貴族の婚活市場で引く手あまたな女官。私は間違いなくその女官なのにも関わらずだ。


 西洋風異世界のご多分にもれず、この世界も適齢期を過ぎた女性にやたらとアタリが強い。人権なんて皆無くらいに酷く、何を言っても構わないくらいに思っている奴らも掃いて捨てるほどいる。でもって西洋風異世界のご多分に漏れず女性の適齢期が早い。ただし15~6なんてことはなく、妃殿下の婚儀も二十歳だったけれど私の歳にはとっくに婚約していた。そろそろ婚約者がいないとマズい年齢なのに私ときたら恋人すらいない。恋人はおろか引きこもっているせいで気になるカレすら存在しない。着々と進行している行き遅れのカウントダウンに妃殿下はやきもきしておられるのだ。


 視野を広げ何かに取り組む熱意を持ちエネルギッシュで活気に溢れた日々を過ごし、その中で誰かと出会い素敵な恋をし成就させてゴールインという、妃殿下の敷いた線路からしっかり脱線している私。良かれと思ってしたことが見事に裏目に出てしまった妃殿下は、責任を感じているしこの崖っぷちともいえる状況に相当焦っているようだ。

 

 ご成婚から三年。有能な王太子妃と認められ一年前には待望の王子様も誕生。順風満帆なアンジェリーヌ王太子妃殿下の唯一の心労の元は、どうやら引き篭もりの私らしい。そこで妃殿下が一つの考えに辿り着くのはごく自然な流れだと思う。この封蝋職人もどきはれっきとした伯爵令嬢なのだもの。


 『せめて夜会に出てらっしゃいな』


 妃殿下から溜息交じりに言われてもスルーできるのは前世の従姉妹の強みだ。縁故採用バンザイ!


 夜会って厄介。いや、駄洒落ではなく。本当に厄介、だから嫌い。しかし都合の良いことにまだ女官になりたてだった私は、夜会でとあるトラブルに遭遇した。それがトラウマで……とグズグズ言えば、無理強いできない優しい妃殿下は変わらぬ私の女神様だ。


 


 


 


 


 


 


 

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