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ジョルジュ、無意識に自白しまくる


 「僕がいつまでも独り身なのを弟夫婦が心配するんだが、お前との事以来出会いすらない。だからどうにかきっかけを作ろうとあの手を使った」


 手紙を送った理由を尋ねたら返ってきたのはそんな答えで、私は思わず口をあんぐりと開けてジョルジュを凝視した。


 「……差出人がわからない手紙なんか、相手にされるんですかね?」

 「聞いて驚くなよ?成功率八割超なんだぞ!」

 「それ、いつの話のです?」

 「学生時代だ」

 「…………」


 だからだよ……私は盛大に説教してやりたい衝動をどうにかこらえた。


 恋に恋するヤングガールちゃん達なら、そのミステリアスな感じにもときめいたかも知れない。しかもジョルジュによると普通に記名したラブレターだとほぼ無視されるのに、この方法を使えばぐっと成功率が上がるのだとか。実はかなり悲しい情報なのに得意気に話すジョルジュには悪いが、それなんか解る。誰も来なくてがっかりしたところに現れたジョルジュが優しく声を掛けて来るからこそ、『え?ジョルジュって結構優しいのね!』ってなるんだろう。だけど婚活真っ只中の目の肥たお嬢さん方がそんな怪しい手紙を相手にするわけがない。


 そして二連敗したジョルジュがルストッカ庭園でがっかり項垂れていると、一人の男が接触してきたそうだ。


 「どういうわけか、男は僕がここに居た訳を知っていた」

 「何でです?」

 「さぁ?」


 私の無関心は相当酷いと自覚しているが、ジョルジュのはそれを遥かに超えるらしい。こんなにみっともないことがバレているにも関わらず恥ずかしいとかバツが悪いとか思うこともなく、どんなルートで入手した情報なのか聞こうともしなかったそうだ。


 というのも男が一方的に話した内容の方に興味関心が根こそぎ持っていかれたかららしい。


 だってだって、ジョルジュのキャパはちっちゃいから。 

 

 「男が言うには問題は手紙に封蝋がなかったのが悪いそうだ。言われてみれば確かにあった方がおしゃれっぽいよな」

 「……おしゃれ」


 封蝋は実用性よりも装飾であり芸術であると思っている私なので言いたいことは解る。だけどそれでもおしゃれっぽいの一言じゃないとは思うわよね。


 「そうしたら男が小箱を差し出してきて、開けてみると中には印璽が入っていた。何かと思えば主があなたを応援していると言うんだ」

 「主って誰なんです?」

 「さぁ?」


 ジョルジュはどうでも良いように首を傾け一切気にする様子もない。相手はジョルジュ、疑問に思っちゃダメだ!私は自分に言い聞かせて黙って話の続きを待った。


 『是非これで封蝋をした手紙を送ってごらんなさい。きっと上手くいきますよ。それに主は成功の暁にはお祝いとして退官の口添えをしたいと申しておりましてねぇ』


 相手は誰だか知らない男。でもジョルジュはがぶりと食い付いた。繰り返すが、だってだってジョルジュだから。


 「言う通りにしたところで僕のが何一つ損をすることなんかない。だったら話に乗れば良い。どうだ、僕のこの潔い決断力は。思わず心が震えただろ?」 


 何一つ損はしないどころか、知らぬ間にとんでもない犯罪に加担させられているジョルジュ。うん、ブルブル震えちゃう。ただし感動じゃなくて、あまりのアホっぷりにだけど。


 バックに誰がいるのかもどんな目的があるのかも知らぬまま、ジョルジュは印璽を使って封蝋をした手紙を送った。そして受け取った側が殿下からラブレターが来たとお祭り騒ぎをしたせいで明るみに出た。当然殿下はそんなもの送っていないと言ったが信じたかどうかは定かではない。常識ある誰かがそんな上手い話ありゃしないだろうと諭したのを聞き入れたのか、それとも公になった以上殿下もしらばっくれて無かったことにされると思ったのか、とにかくルストッカ庭園には誰も現れなかったという事情はジョルジュは知らない。馬鹿正直に噴水のちかくで待機しているのを目撃されたってわけだ。

 

 「失敗しても次こそはきっとなんて男が言うもんだから三回やってみたが、結局封蝋してみたところで何の変わりも無かった。弟夫婦を安心させたいとは思ったが、良く良く考えれば僕自身結婚を焦っていないんだよな。だったらそんなことにかまけているよりもとっととここを片付けて、正々堂々胸を張って退官できるように集中した方がいい。だからもう手紙を送るのは止めて男に印璽を返そうとしたんだが、あれ以来会えなくてな」

 「じゃあ印璽はまだ手元に有るんですか?」

 「あぁ、お借りしている物を失くしては大変だ。丁重に管理しているぞ」


 ……動かぬ証拠を大事に保管しているとは。そんな気がしてならなかったがやっぱりジョルジュはアホの子だった。そしてこれがジョルジュが知る全ての顛末らしい。


 「つまりあなた、今でもその男の主が誰かわからないんですかね?」

 「あぁそうだ。どんな事情で僕を応援してくれたのか見当もつかないしご親切にどうもと感謝はしているが、どうにかして正体を突き止めようなんてことは思わないからな」


 ジョルジュよ、感謝なんかするんじゃない。応援じゃなくて利用だし親切なんてとんでもない勘違いだ。私は思わず天を仰いだ。そうしたところで目に映るのは白く味気ない天井だけだけれど、これが仰がずにいられようか?


 ジョルジュは余りにも何も知らず叩いても出てくるものなんかない。それどころか今や社交界に知れ渡っている私とアレンの婚約を小耳にすら挟めない環境下にいたのだ。囮捜査なんかやったところで的外れも良いところで、誰の発案なんだか知らないが絶対に言い出しっぺを突き止めて文句を言ってやる。そして作戦は失敗だけど特別ボーナスは支給されるようにそいつにも交渉させるのだ。お詫びの印にそのくらいの誠意を示すのは当然だろう。特別ボーナスさえ手に入れば無かったことにしてやろうという私は実に寛大だと思う。


 で、それはそうとジョルジュだ。


 知らずに加担したからって無罪放免にはならず、罪に問われはしなくても何らかの処分はされるだろう。何らかって言ったって十中八九懲戒免職だろうけれど。それでも心底退官を望んでいるジョルジュにとっては、とどのつまり文官を辞められるのなら希望退官と変わらないのかも知れない。だってジョルジュはアホの子だから。


 こうなったのは全部ジョルジュが悪いのであって、私が反省する要素は一切ない。それは断言できるけれど無関係でもないわけで、ちょっと可哀想な気もしてしまうのよね。初対面のアレは酷かったものの、決して私に向かって暴言を吐いたわけじゃない。強引に休憩室に引きずり込むような不埒な真似だってしていない。変な下心無しでじっくり向き合って話してみれば案外素直で良いやつだ。ただしそれがまたアホっぽさをマシマシにしちゃうんだけど。


 腕捲りをして一心不乱に作業を続けるジョルジュを見ていると、奇妙な思いが膨らんでくる。何だろうコレ。庇護欲なのか母性本能なのか、とにかく危なっかしくて心許ないジョルジュをこのまま放っておけないような、そんな気持ち。


 この荷物が全て片付けばジョルジュはたとえ処分を受けた身であったとしても、スッキリ晴れ晴れとした気持ちでこの城を後にして、胸を張って領地に戻ることができるだろう。


 『しょうがないなぁ……』


 自分でも呆れたが膨らんだ思いはどうにもならない。私は台帳の記入だけじゃなくて自慢の腕っぷしを遺憾なく発揮して、荷物の移動もバンバン手伝った。四分の一だった地獄は五分の一から六分の一、そして七分の一になり少しずつ極楽浄土へと姿を代えていく。私達は時間の感覚も無くすくらい作業に没頭し、そして遂に最後の一箱の仕訳を終えた。


 やり遂げた。我々はあの地獄を浄化し、整理整頓され尽くした極楽浄土を創生したのである。


 部屋を見回したジョルジュは、達成感で涙目になっていた。


 「ちょっと座ってろ」


 そう言うなり部屋の隅で何やらごそごそやっているので、私は遠慮無くソファに腰を下ろした。戻ってきたジョルジュの手には美味しそうなフルーツケーキが乗ったカッティングボードがある。今まで作業に集中していて気がつかなかったがそう言えばお腹がペコペコで、私の目はフルーツケーキに釘付けになった。


 「腹がへっただろう?お前の腹の虫、うるさいくらい鳴いていたからな」

 「……そうでした?」

 「あぁ」


 ジョルジュはニヤリと笑って大きめに切り分けたケーキを私の手に乗せてくれた。


 「義妹が焼いてくれたんだ。王都の有名菓子店のケーキにも負けないくらい旨いんだぞ!」


 自慢気に胸を張るジョルジュが言う通り、じっくり漬け込まれたドライフルーツと胡桃がたっぷりと混ぜ込まれたフルーツケーキは美味しかった。無心にかぶり付き思わず顔を綻ばせる私を満足そうに眺めていたジョルジュは、急に何かを思い出したのか『あれ?』と気の抜けた声を上げた。


 「どうかしました?」

 「そう言えばお前、自分の話を聞いていないのかって言ってたよな。ってことはついに縁談が纏まったのか?」


 今頃気が付くなんてやっぱりアホの子だ。それに今になって気が付かなくても良いだろうに気が付いちゃうあたり、ジョルジュはどこまでもジョルジュである。それでも頑なに話さないのも不審に思われそうだし、かといっていくらなんでも全部は言えないけれど、大事な所だけを避けてぼやっとなら教えてやっても構わないだろう。私はケーキを持った手を膝に下ろした。


 「婚約したことにはなっているんですが、現在取り消し待ち中です」

 「婚約取り消しって何だ?婚約解消とか婚約破棄だろ、普通は?」


 私は眉間を寄せて考え込み、それから首を横に振った。


 「普通じゃないので違いますね。お互いそんな気は更々ないのに、立場上柵があって断れなかっただけなんですよ。しかもどうやら一切必要が無かったのに気が付いて、ガックリしているところです」

 「婚約なのにそのスタンスはどうなんだ?」

 「事情がありまして、初めから取り消し前提の婚約でしたから、こんなものかと思いますけど?」

 「お前それで良いのか?」

 「別に構いませんけれど?」


 私はパクンとフルーツケーキを頬張った。良いも悪いも初めから偽装婚約なんだし取り消しになって当然だったんだ。それなのにアレンが変な暴走を始めたから……


 「……本当に良いのか?」

 「え?」

 「お前、泣いてるぞ?」


 慌てて拭った頬は確かに濡れていて、私は信じられないものを見るように冷たい指先を見つめていた。


 

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