悔しくてもへこたれたりしないリコチャン
婚約式を終え晴れて偽装婚約者となったアレンと私。しかしながら後はジョルジュが喰い付いて来るのを待つばかり、とはいかない。やることは山積みだ。怪しまれない為にも、ごく普通の挙式を控えた婚約者達と同様の行動が求められるのである。
新婚さんの愛の巣は、アレンの両親が使われていないベンフォード家の別邸を使って良いと言って下さった……ということになっている。必要なものはリコの好きなように揃えて欲しい……とアレンに言われたのだが、必要なものの定義が難しい。とことんリアリティを求めたいアレンと、ちょいちょいっと幾つか買って、新生活準備している雰囲気を出しておけば良いんでない?という私のスタンスは全く一致しない。結局アレンに押し切られ、家具から歯ブラシまで今からでも生活できますよってくらい買って買って買いまくったのだが、これは後々どうするんだろう?
いつかアレンの本当の婚約者になる人だって、自分の好みがあるのだ。まさかその時に再利用できるだなんて思ってやしないかと確認したら、物凄く嫌な顔をされてしまった。プライベートには踏み込むなってことだろう。まぁ良い。アレンと未来の奥さんが揉めても私には関わりの無いことだ。
それに比べたら、花嫁衣裳は本当の嫁入りで活用するにしても着るのは私なのでまだ良い。ただし困るのはプロデュースをかって出た、女子力で侯爵夫人にのしあがった伯母と元お洒落番長の従姉だ。
私のように玉の輿的な嫁入りの場合、花婿側が『身一つで嫁いでおいで』と迎えるのは一種のステイタスである。それでも花嫁衣装はこちらで用意するのが大半で、あの顔合わせの茶番劇でもそんな話になっていた。
というわけで、ルイゾン家の身の丈にあった質素なお支度を整え、いずれ機会に恵まれたら使えば良いと思っていたのに、プロデューサーの二人が煩いったらない。名門侯爵家に嫁ぐのだからそれに見合ったものじゃなきゃ駄目の一点張りで、どんどんお値段が跳ね上がって行くのだ。
私がおいくら万円のドレスを発注したかなんて、ジョルジュに伝わるとは思えない。でもプロデューサー達だけではなく、女官長や妃殿下も貧相なドレスなんてあり得ないと口を揃える。
「ほ、ほら……侯爵家にお嫁に行くのによ?既成のお手頃価格のドレスじゃ違和感が半端ないじゃないの。綻びってそういうところから始まるのよ」
「妃殿下の仰る通りです。侯爵家に嫁ぐに相応しい支度を整えねば絶対、絶対ぜーったいに怪しむ者が現れます。そしてその者が誰彼構わず言いふらし、あっという間に社交界の噂になり、ジョルジュの耳に入るに違いありませんよっ!」
妃殿下と女官長にタックを組んで迫られたら大人しく聞くしかない。その上『特別ボーナスがなくなっても良いのか?』と言われたら尚更だ。それでも『無い袖は振れません』で突き進めばどうにかなる。特別ボーナスは掛かった経費をざっくり含めての支給だから、先ずは自腹を切って立て替えなくちゃなんだもの……なーんて思っていたのに、実は私には知らぬ間に振り袖級の凄い袖が用意されていて、その言い訳が効かない状況であったのだ。
この国では私のように王族のコネで採用されたスタッフには、嫁入り支度をサポートするのが慣例なのだそうだ。だから妃殿下は前々から、私の結婚に備えてご自分の割り当て予算の中から積立てをしていてくれたのだけれど、私がこんなだったせいで雪だるまのように増えて増えて増えまくり、今じゃどんな大物貴族へのお輿入れでもドンと来いくらいに膨れ上がっているのだとか。
大変有り難いお話ではあるが、そのせいでプロデューサー達がマイケルのお買い物の如く、最高級のレースやら何やらをポンポン選ぶのを見ているのはいたたまれない。このパッとしない私に最高級レース。豚に真珠レベルの大事故発生間違いなしだ。
「リコ?」
「ん?なに?」
「もう35周させたぞ?」
そう言ったアレンが凝視しているのはスプーンを持つ私の指だ。
「35周?」
「あぁ、ホットチョコレートというものは、そんなにかき混ぜる必要がある飲み物なのか?」
言われてみれば、最高級レースへの不安でぼんやりしており、無意識にぐるんぐるん回していた。で、アレンはそれを数えていたと?
「それこそどんな必要があって数えていたのよ?」
「リコのことなら全てを知りたい。それだけだ」
さらっと言ってくれるが相当気持ち悪い内容だ。少々アブナイ匂いすらする。それなのにアレンの口から出ただけで、隣のテーブルで耳をそばだてていたメイドさん達がうっとりしている。グッドルッキングガイというヤツは一種の特権階級だ。
昼休みの城内の食堂。都合が付く限りこうして一緒にランチするのも任務の一環だ。騎士団棟には専用の食堂があるのだが、偽装婚約の信憑性を高めるためにアレンはわざわざ私が普段使う食堂に出向いて来ている。偽装婚約の信憑性を高めるためにといえば、タメ語での会話も義務付けられた。敬語で会話している夫婦だって沢山いるんだからそんなことしなくてもいい気がするんだけど、アレンの拘りがノーを突きつけたのだ。この男は本当に凝り性だ。詳細まで拘り尽くすことに喜びを感じているようにすら見えるもの。
「目の下に隈がある。疲れているのか?」
「否定しないわ。慣れないことばっかりでもうくったくた。アレンは疲れないの?」
「いや、リコと結婚する喜び以外何も感じないが?」
「……」
スプーンを高速でもう10周回し一気にホットチョコレートを飲み干した。アレンってこういう溺愛系文言が躊躇なくポロポロ出せちゃうのだ。任務とはいえよくもまぁ私を相手に……と感心すると同時に、どうにか捻り出してみようにも全然出てこないこの頭が疎ましくなる。悔しい、アレンに完敗しているのが無性に悔しい。
「じゃあ行くわね」
アレンに非はないがついつい刺々しい言い方になってしまう。多分アレンは対私の想定問題集も必要だと気が付いたのだと思う。そして急遽作り上げた内容をきっちり暗記し、こんなに自由自在に操っているんだろう。
それなら私もと机に向かってみたもののなーんにも思い浮かばなくて、広げたノートはずっと白いまま。やっとこさ書き出した文章ったら、『アレンが尊すぎてしんどい』『アレンを拗らせてます』『アレン沼』『アレンが存在する世界に乾杯』『アレン神過ぎ』『アレンみが深い』等々の使えない、しかも超絶くだらないヤツしかなかった。悲しいことに私には才能の欠片もないようだ。
「送るよ」
アレンは気にする素振りも見せず柔らかな微笑みを私に向ける。こんなとろけるような甘い表情をこの私相手に浮かべるのだから、アレンは本当に優秀だ。こんなの、どこからどう見たって愛する婚約者を見つめる眼差しではないか。
何だか自分が不甲斐なくて悲しいし無性に自分に腹が立つ。こうなったらやけくそだ。アレンには言葉でも表情でも完敗だけど、へこたれたりしない。私にしかできないことをやってやる!
差し出されたアレンの手。いつもは上品に自分の手を重ねるけれど私は首を振った。
「アレンと手を繋ぎたいの、ダメ?」
「ぅげっちぶぁっふぉっっっ!!」
盛大にむせ返ったアレンが真っ赤な顔で悶えている。
一応それとなく確認したがアレンには持病はないそうだ。仕事柄定期的にメディカルチェックも受けているし、健康上何ら問題は無いという。それにしちゃあ頻繁にこうなるんだけどなぁ。
どうにか呼吸を整え、ダメではないと判断したらしい涙目のアレンが手繋ぎポジションに手を出した。
「ひゃーーーーっっっ!」
今度は消え入るような小声で奇声を上げたアレンが、指を絡めて繋いだ手を目を丸くして見ている。そんなに驚くほどのことかな?アレンのアレがアリならコレもアリだよね?
十秒ほど固まった後、アレンはこほんと咳払いをして何食わぬ顔で歩き出した。それにトコトコっとついて行く私をチラッと見て立ち止まり、何故か目元を手で覆って俯いている。
「かっ、かわぃ……」
「かわ?」
「もういいっ!」
はい、今日も頂きました。相変わらず一方的に『もういいっ!』で話が強制終了になるが、それにもすっかり慣れたしどうでも良いので完全放置することにしている。
「そうだ、アレン。明日の夜会なんだけど」
明日の夜は妃殿下の実家であるボードリエ公爵邸で夜会があり、私達も招待を受けた。特殊任務での夜会は三回目。前回までは柔らかなパステルカラーのドレスにふんわりくるくるカールした髪という、アレンの好みのタイプを最優先したのだけれど、実は今回はプロデューサーが違うのだ。
「申し訳ないけれど、今までとはちょっと違う感じのドレスなの……ごめんね」
「そ………………そぅかぁ…………い、いや。リコが着たいものを着れば良いと思う。ま、まぁあの髪は……かなりに、似合ってはいるが……一晩くらい違う雰囲気でも……しょ、少々……ほ、ほんの少々残念には感じる……ような気がしないでもないが……べ、別にがっかりなんか……」
そこでそっぽを向いたアレンは、圧し殺しながらため息を吐いた。
そんなに好きかね?ふんわりくるくるが。あれがあるから私相手もギリ耐えられますって感じなのかしら?
だけど私も好き好んでプロデュースしてもらったんじゃない。どうしても断れなかったんだから仕方がないのだ。
だって相手が悪すぎる。ブリジットおねえたまから迫られて拒否できる人なんてこの世にはいないのだから、絶対。
 




