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構い倒して嫌われる


 ラベンダー色のマーメイドラインのドレスがべらぼうにセクシーな女性は……


 「ブリジットお姉様……」


 あのけしからん神ボディの女性騎士のお姉様ではないか。


 ブリジットはポロっと口から出ちゃった私の呟きを聞き逃さず、紅いルージュの色っぽい唇の口角を美しく引き上げた。


 「なんてお利口さんなのかしら?教える前からちゃーんとそう呼べるのね」

 

 そう言うと美しい指を伸ばし私の顎をクっと持ち上げて視線をロックオンしながら『でもね?』と微笑んだ。


 「お姉様じゃなくて、おねえたまにしましょうね?ほら、言ってごらんなさい?」

 「ブ、ブリジット……おねえたま……」

 

 ま、不味い。おねえたまと呼ぶだけでまた鼻の奥に違和感が……


 だってブリジットお姉様……もとい、ブリジットおねえたまったら騎士服姿も実にけしからん仕上がりだったが、ドレスもまた凄い。いや、昼間のパーティだから露出は控えめである。それなのにこの溢れ出るお色気はどうした事だ?やっぱりブリジットおねえたまは実にけしからんのだ。


 良い子ね、なんて顎下をこちょこちょされ思わず猫みたいに目を細めた私は、いきなりアレンに羽交い締めにされてずるずると後ろに引きずられた。


 なんだよぅ、至福の時間だったのにぃ!


 「ブリジット、リコに余計な事を教えるな!」

 「あらぁ、どうして?なーんにも間違ってなんかいないわよ?私はリコタンの姉になるのだし、リコタンはおねえたまって呼ばせてみたい何かを持ってるんだから仕方ないのよ。ね?ユベール?」


 振り向いたブリジットおねえたまに問い掛けられた男性は、穏やかに微笑んだ。


 「ブリジットの言う通りだ。わたしもおねえたまを推す。何だか胸のうちが激しく萌えてくるじゃないか」

 「黙れユベール!」


 アレンが怒鳴り付けたユベールと呼ばれる男性は、激怒されているにも関わらず嬉しそうににやけていた。

 

 亜麻色の髪に凛々しく整った眉と鼻筋のハイレベルなお顔の造作は、双子と言われても納得するくらいアレンと酷似している。違いを上げるならアレンのライムグリーンの瞳から黄色味を抜いた水色の瞳って所だろうか?それからアレンよりも若干背が低いようだし、騎士のアレンの方が見るからにがっしりした身体つきだ。


 「おやおや、たった一人の兄に向かって黙れとは……寂しいじゃないか」


 ですよね。やっぱりアレンのお兄様でしたね。


 そして腕を組んで現れたこの二人。ブリジットおねえたまがおねえたまと呼ばせるってことはですよ?


 「やぁ、初めまして。わたしはアレンの兄のユベール。そして妻のブリジットだ」

 「リゼット・コンスタンス・ルイゾンでございます」


 だよね~って納得しながら一礼する私を見て、二人は同時にドンドンと拳で胸を叩いた。それだけじゃなく『リコタンが尊すぎる!』等と言いながら祈りを捧げるように天井を見上げている。


 それを見たアレンはより一層激怒してまた私を引きずりさらに距離を広げた。


 「何しに来た!帰るのは三日後のはずだ。どうしてここに居るんだ!」

 「そんなに怒るな。我が妹が驚くだろう?」

 「誰が妹だっ!」

 「はて?お前の妻は我々の妹になるのではないか?」

 「つ、妻……」


 そう呟いたまま絶句したアレンには構わず上機嫌で話し始めたユベールによると、彼は仕事で訪れていた隣国でブリジットおねえたまから婚約式の連絡を受け、全ての予定を投げ出して急遽帰国したのだそうだ。


 「婚約式に間に合わなかったのは残念だが、どうにかこうして我が妹に挨拶ができた。いやぁ、今日は素晴らしい日だね」

 

 にこにこと満足そうに語るユベールをアレンが苦々しい顔で睨んでいる。


 「せっかく留守だったのに……ブリジット、どうしてユベールに知らせたりしたんだっ!」

 「アレンの婚約式ですもの。同僚としてじゃなく義姉として出席したいじゃなぁい?それにこの子、何だか妙にドハマりするのよ。ね、ユベール、そうでしょう?」


 振られたユベールは何の戸惑いもなく目尻を下げてウンウンと頷いた。


 「あぁ、その通りだ。ブリジットが言った通り、我々を超絶ドハマりさせる妹ができてしまった。これはわたしもユベールおにいたまと呼んで貰わねば!」

 「良いわねぇ。そうしましょうよ。ほらリコタン、呼んでごらんなさい?」

 「ゆ、ユベール……おにい」「やめろ!!」


 今度は口を塞がれながらアレンに引きずられ、私は抗議の涙目でアレンを見上げた。


 「うっ……くぅ……」

 

 歯を食いしばり何かに耐えるアレンだが、苦しかったのは私の方である。


 「残念だが、これじゃあリコタンに被害が及びそうだ。ユベールおにいたまと呼ばせるのはもう少しアレンに免疫が出来てからにしよう」

 「ダメだ、永遠にダメだ!」


 飄々と語るユベールと怒髪天のアレン。そっくり兄弟なのに性格は正反対らしい。その激しい温度差の二人の様子をブリジットおねえたまが面白そうに眺めている。それだけじゃなく更なる面白さを求めてわざと燃料を投下しているよね、きっと。


 アレンの同僚のブリジットおねえたまが作戦を知らぬはずはない。そして当然ユベールも承知の上でここに来たのだろう。この三人の関係性は元からのようだけれど、それを活用しドタバタのやり取りに持ち込むとは、この二人も名優である。


 「大体リコタンとは何だ!リコタンとは」 

 

 噛み付かんばかりにがなりたてるアレンにも一切怯まずに微笑むユベール。どうもこの人はアレンがヒートアップすればするほど、嬉しい楽しい大好きを発動するらしい。


 ん?そうそう。それよりもリコタンだ。私も謎だ。リコタンとは何だ?


 「それがねぇ、勝手に口からリコタンが出てくるのよ」

 「その通り、理由など無い。リコタンはリコタンなのだ」


 益々良くわからなくなった私を置き去りにして、温度差兄弟の『リコタン』についての言い争いは際限がない。


 ポカンと眺めていたら、いつの間にか私の隣にいたブリジットおねえたまが『ユベールはね』と耳打ちしてきた。


 「アレンが可愛くて可愛くて堪らなかったんですって。それでねぇ、ついつい構いすぎちゃったらしいのよぉ」

 「はぁ……」


 まだまだ続く温度差兄弟の言い争いにチラリと視線を向け、ブリジットおねえたまはククっと喉を鳴らすように笑った。


 「構って構って構い倒して……とうとう嫌われちゃったの。で、アレンからは話し掛けて貰えないしぜーんぜん相手にしてくれないから、こうやってムキになって楯突かれると嬉しくなっちゃうわけ」


 そう言ってフフっと色っぽく笑うブリジットおねえたまには、心からの尊敬の眼差しを向けてしまう。温度差兄弟の生育環境までもを活かすだなんて、凡人には到底思い付かない技だ。


 弟の婚約者推しの兄夫妻と、兄夫妻の婚約者推しが赦せない弟。そんな劇的記述の演出のためにリコタン坦になりきってみせる二人。


 いや、待って。むしろこれはブリジットおねえたまではなくユベールの想到ではないだろうか?だってあの細部まで拘りたいアレンの兄だ。ユベールにもそんな一面があっても不思議ではない。


 どちらにせよ一番の役者はこの夫婦になるだろう。だってもう19歳の私に対してこれ程までの萌えを見せる名演技ができるんだもの。


 本当に尊敬します、いや、崇拝させて頂きましょう!


 ギャイギャイと喚き続けるアレンを放置して、ユベールは私に手を差し出した。それを見たアレンは更に逆上しているが、慣れたものらしいブリジットおねえたまがあっさり簡単に押さえつけている。


 右手を預けるとユベールはニヤケた笑いを引っ込めて、真剣な眼差しで私を見つめた。


 「リコタン。アレンはね、凄い力でグイグイと君に惹かれ恋に落ちてしまってね。誰にも君を渡したくない。君を手放すことなどできない。だからこういう形で束縛するしかないのだとブリジットに打ち明けたそうだ。リコタンの気持ちを確かめることもなく突っ走ったアレンをどうか赦してやってくれないか?」

 

 心なしか涙ぐんでいるユベール。そうか、この異様に慌ただしい婚約に対して、こういう理由付けをしたのですね。

 

 「ブリジット!何でユベールにバラしたっ!」


 ギャイギャイの矛先をブリジットおねえたまに向けたアレンは喧しいが、胸の内を明かされちゃって焦りまくっている感じがとてもリアルだ。それを優雅な笑顔で受け止めているブリジットおねえたまは、何が悪いと言わんばかりに開き直っている……という体らしく、艶やかに微笑んでおられる。

 

 私の喉がコクリと音を立てた。


 仕方無しに受けた囮の役目だが、だからっていい加減に取り組んで良いものではない。だって私とアレンを取りまく皆さんが、こんなにも真剣に取り組まれておられるのだ。


 普段はシラッとして何かと反応が薄いのは自覚している。でも実は、必要だとジャッジしたらがむしゃらに頑張っちゃうバイタリティを持っていて、アレンはそういう激しい差異を『斑』だと感じたんだろう。ならばその『斑』を発揮するのは今だ。


 だって成り行き上仕方なかったとはいえ、囮になるのを承知したのは誰あろう私。それならば、皆さんにばかり任せていてはいられない。御愛想を振りまくだけじゃ足りない。ボーナスを上乗せして頂くからには、もう一歩踏み込んで、しっかり役目を果たさなければ。


 こう見えて私は、結構責任感が強いタイプなのである。


 「ユベール様、全て承知の上でプロポーズをお受けしたのはこのわたくしです」


 手を取るユベールを真っ直ぐに見上げてきっぱりと答えると、ユベールは驚いたように目を瞠った。そうでしょうそうでしょう、『お、結構やるじゃないか!』ってびっくりしたでしょ?私はですね、必要とあらばどんな頑張りも惜しまない女なのですわ。


 それに全て承知の上でっていうのはホントですしね。


 「アレンは素敵な人です」


 ビジュアルはパーフェクト、家柄も職業も二重丸、歩く優良物件だものね。


 「あまりにも突然のお話でまだまだ戸惑うばかりですが、そんなわたくしをアレンは優しく支えてくれています」


 だって、お洒落よりも睡眠っていう私の優先順位を受け入れてくれるのよ?こんな優しさってある?


 「わたくしはまだまだ頼りなくて」


 演技力なんて求められたのは初めてだもんなぁ……


 「アレンに相応しい女性ではありませんが」


 なにせわたくし、パッとしないものですから、並ぶとチグハグ感が……ねぇ。


 「それでもわたくしを選んでくれたアレンの想いに応えられるように、精一杯努力いたします」


 そして特殊任務完了の暁には、臨時ボーナスで打ち上げくらいしたいかもね。


 ユベールが何かを堪えるようにクッと唇を噛み、私の手を離した。その横でブリジットおねえたまがコソッと涙を拭っている。


 そして私はアレンに抱き締められていて、これは職権乱用のシロとクロどっち?って見極めに頭を悩ませていたのであった。


 

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