摘んで摘んで摘みまくる
婚約式のアフターパーティはそんなに形式ばったものではなく、お菓子や軽食を立食で召し上がって頂くスタイルだ。
アレンと共に大広間に入ると、和やかに歓談していらしたお客様の視線が一斉に集まり、どよめきが起きた。そうでしょうそうでしょう、アレンのモーニングコート、素敵でしょう?私の婚約者って、ルックスはパーフェクトなんですよ。ただ性格がややこしいから惜しいんですけれどね。それと、婚約者って言っても偽装婚約なんですけれどね。
そんなこんなを心に押し込めて、努力メーターを振り切る勢いの笑顔を弾けさせてアレンを見上げたのに、スイスイっと視線を泳がせて台無しにしてくれるとはどういうことだ?ほぼゼロから作り上げたアイドルばりのフレッシュスマイルが行き場を失っているではないか!さっきのやる気はどこに行った?
顔で笑って心でかなりムカッとしていると、アーネストが第三近衛騎士団の皆さんを連れて近付いてきた。良かった。これで私のアイドルばりのフレッシュスマイルは殉死を免れる。
ふんわりくるくるした可愛い系はアレンだけじゃなく近衛騎士の皆さん共通の好みなのか、フレッシュスマイルの有効活用をと笑顔を振りまいてのご挨拶に、皆さんデレっとしていらっしゃる。
ムフっ、私もまんざらではないじゃないか!思わぬ能力の発見に機嫌を良くし、普段は見せぬ御愛想の大開放に励もうという気が湧いてくる。
「ご心配なさった妃殿下が執務室から出さないのだと耳にしておりましたが、なるほど、こうしてお会いしてみると納得です」
なんて事を言われ、『まぁお恥ずかしいわ』等と言いながらアレンの腕に縋ってみる私も、なかなかどうしての名演技じゃない?見た?ちゃんと仕事してるの見た?見てるよね?
確認の為にアイコンタクトを取ろうとしたが、いきなりアレンが前に進み出て私を背中に隠した。ひょこっと顔を出すと目が合ったアーネストが、微妙な表情で良いから隠れてろとジェスチャーしてくる。
あぁ、そうか!慣れない事をして疲れては最後まで持たないから、少し休んでおけって事ですね!
だからと言って人目は三百六十度から向けられているのだ。ボケっと休憩というのもどうかと思い、モーニングコートの袖口をちょぴっと摘んでみた。ガバッと掴むのではなくちょぴっと摘むことでいじらしさ爆上がり。やっぱり私、才能あるんじゃないの?
それなのにアレンときたら足元から頭のてっぺんまで、電流が流れたかのようにブルっと身体を震わせるとは、いかがなものだろう?こんなに完璧主義で凝り性でディテールマニアなのに、ここ一番でのミスが多過ぎるんじゃありませんかね?
「見るな触るな、リコが穢れるっ!」
しかしながら自らのミスは自分で挽回というポリシーなのか、アレンは冷たく鋭い口調でそう言った。上手いねぇ、いかにも婚約者に夢中なオトコが言いそうな文言だ。さては凝り性のアレンのこと、想定問答集でも作って丸暗記したのだろうか?
ん?でもですよ?第三近衛騎士団所属のこの方々は、アレンやアーネストの同僚だ。だったら作戦の内容を知らないはずがない。となるとこのによによした皆さんの笑顔も、『ヒューヒューだよ!』みたいなからかい方も、みーんな演技なのだろう。
精鋭部隊、近衛騎士団の能力の高さに脱帽だ。そんな中、さっきからずーっと微妙な表情のまま言葉少ないアーネストにも、真面目にヤレと言いたくなってくる。ほら、今だって、誰も見ていないのを良いことに、ヤレヤレって顔で頭を抱えているし。
ひとしきりイジられプンプンのアレンが騎士団の皆さんを追い払い、入れ替わるように女官長と王太子妃私室付き女官達がやってきた。こちらにも囮捜査でこんなことになっているのは通達済みだ。それなのによ?
女官長に泣かれるってナニ?
「リコチャン!わたくしはねっ、あなたのことが本当に心配だったのですよっ!」
お世辞でもまぁ綺麗くらい言うのが思いやりってものだろうに、開口一番責め口調なのが気になる。そして女官長はやっぱり期待を裏切らずグチグチグチグチとお小言を言い連ねた。お題はただ一つ、私の絶望的な女子力の低さについてである。
「このまま婚期を逃したらお里のご両親にお詫びのしようがないと、妃殿下と二人で頭を抱えていたら……こんなに素敵な方に見初められるなんて!」
今泣いた女官長がもううっとり。アレンを見上げて満足そうに笑っていらっしゃるが、それは何故?知っていますよね?これは偽装婚約ですよ?それに見初められたって初めて聞いたけれど、そう言う設定が新たに追加されたのかな?
「アレン卿、どうぞ、どうぞリコチャンをよろしくお願いいたします。少しばかり女性らしさに欠けるのは否定しませんが……それに変な所で拘りが強くて扱い辛い面がありますが……それから」
「女官長殿?」
永遠に続くと思える女官長の心配をアレンが爽やかな笑顔で止めた。これには私の鬼教官である女官長も、うっとり眼でぽやーっと見惚れるばかりだ。鬼教官を黙らせるとは、美型に生まれた方が人生は楽に渡って行けるって、やっぱり否定できないわよね?
「リコと会った時、わたしは宝石を見つけたような気持ちがしたのです。誰もが見つけることができずにいた、それは素晴らしい宝石を」
アレンはそう言って私の手を取り指先にキスをした。しかもこれみよがしに態とらしいリップ音なんて立てちゃって、だ。
「どんなリコもわたしの宝物です。確かにリコは今まで出会った女性達とは違いますが……わたしは、そんな特別なリコが愛しくてならないのですよ」
婚約ホヤホヤらしい幸せ過ぎて頭のネジが飛んじゃいました!みたいな宣言に、後輩女官が『はわわわわ……』と気絶寸前だ。きっとこれもアレだ。想定問答集に含んでいた一文だ。だからこんなにスラスラと淀みなくお惚気が呪文のように湧いてくるに違いない。
だったら対私っていう項目も作れば良かったのでは?そしたらあんなにもじもじすることも無かろうに、そこはうっかりしたのだろうか?
アレンの寒気すら覚えるほどのお惚気話を、一々相槌をうちながら嬉しそうに聞いていた女官長は、またしても感極まりましたと言うかのようにおいおいと泣き出しだ。我ら女官の頼れるリーダーは、騎士団の皆さんやそのファミリーにも負けぬ素晴らしい演技スキルも身につけておいでのようだ。そしてつられるように貰い泣きを始めた同僚女官達の迫真の演技も見事である。練習でもしてきたのか?これは不味い。私も必要時に備え、皆に遅れを取らぬようにマスターしなければ!
うっかり別の方向に向いてしまったが、それからもお祝いの言葉をと押し寄せるお客様を前にきっちり軌道修正した私のやる気は、初々しくて愛らしいアレンの婚約者になりきる方向に全力で進んだ。
もう挨拶し過ぎて誰が誰だかわからないがそれは構わないだろう。これは偽装婚約で私はベンフォード侯爵家に嫁入りする訳じゃないんだもの。それでも頑張ってアイドルスマイルを絶やさず、明日はお顔の筋肉痛当確の私の頑張りだけは認めて欲しい。
最後の力を振り絞り口角を上げる私と、そんな私をトロントロンの蕩けそうな目で見下ろすアレン。相手が若い男性だと途端に謎の警戒を見せるアレン。その度背中に隠されて、了解とばかりに袖口を摘まむと一々感電したようにブルッと震える詰めの甘いアレン。
こんなに優秀なのにどうしてそうなっちゃうか疑問だが、それなら袖口をやめようかと思えば『袖口はやらないのか?』とでも言うように何度もチラ見してくるので、要求に応えぬわけにはいかない。私は袖口を詰まんで詰まんで摘まみまくった。
そんなこんなのアフターパーティもそろそろお開きのお時間だ。やった、やりきった!と涙すら浮かんだその時、近づいてきた一組の男女に気がついたアレンが忌々しそうに舌打ちをしたのを、私は聞き逃さなかった。
 




