ふんわりくるくる庇護欲プリーズ
無事署名を終え偽装婚約が整った。お次はアフターパーティだ。私はお色直しの為に一度客間に戻った。
白いドレス同様ギリギリ間に合わせて仕立ててもらったカラードレスに着替え、アップにしていた髪もダウンスタイルに変えた。ベーゼン侯爵邸から出張してきたメイド諸君が、時計とにらめっこしながらテキパキと髪を巻いていく。
「時間がないのなら巻かなくても……」
所詮は茶番劇、付き合わせて申し訳ないの一言だ。けれどもメイド長は『そうはまいりませんわ!』と一喝し、人差し指を振りながら熱く語り始めた。
「アレン様より、先日のカールした髪がとても似合っていて、非常に、ひっじょーに可愛らしいとお褒めの言葉を頂いたんですの」
「……そ、そうなの?」
「アフターパーティでも是非またあのふんわりくるくるを見たいと……そう仰られてはお応えしないわけにいかないじゃございませんの!」
「……な、なんかゴメンね」
メイド長にもそんな指示をするとは、アレンの念の入れようは尋常ではないらしい。お陰でメイド長以下メイド諸君はアレンが私にぞっこんだと信じ込み、お望みを叶えて差し上げましょうと張り切っているのだもの。
そうして出来上がったのは、リクエストのふんわりくるくるカールの髪に、シフォンを重ねたふわっふわのスカートが華やかなピンクのドレスの、あっちもこっちも綿飴みたいないと可愛らしいワタクシで。前回同様仕上がりチェックにやって来た伯母は、今回も手を叩いてはしゃいでいた。
「本当に可愛らしいこと。ご覧になったアレン様が誰にも見せたくない!なんて仰らないと良いのだけれど」
「どうしてよ?見せびらかすのが目的でこんな大掛かりなことをしているんでしょう?」
これも演技か?それとも演技にのめり込むうちに現実を見失ってしまったのか?
伯母はそれには答えずに一歩下がってウフフと笑って出て行った。ウフフって……大丈夫かな?現実との境界線を見失ったりしていないだろうか?
そんな心配をしているうちに、アレンが迎えに来たと告げられた。定刻通りに間に合わせてくれたベーゼン侯爵邸のメイド諸君の腕は確かだ。
遣りきった感ではち切れそうな笑顔の彼女達が両開きのドアを開ける。待っていたアレンも正装の騎士服からモーニングコートに着替えていた。脚の長さがより引き立つし、ピシッとしたウエストコートが胸板の厚さを強調してすごくイイ。ビジュアルは花丸なのに、色々とややこしいのが本当に惜しい人材である。
だがしかし……
「お待たせしました」
と声を掛けるも返事がない。またもやうるうる潤んだ目と上下する肩の組み合わせだ。どうやらこの人の緊張はステージが変わる毎に一々リセットされるらしい。
「……なっ、なんて事だ……」
アレンは掠れ声でそう言うなり茫然としてしまい、言葉もなく口を半開きにしている。我ながら結構イケてると思っていたし伯母も大はしゃぎ。加工したメイド諸君も絶賛だったから問題ないと思ったのだが、『なんて事だ』と絶句されるほど見ちゃいられない仕上がりだろうか?
「今の君を……誰にも見せたくない……」
い、言った!本当に言った!だけどアレン的には意味が違う!
喉の調子が悪いのかまだ掠れているアレンの声だが、しっかりと響きその場にいる全員の耳に届いたのだろう。メイド諸君がきゃあきゃあと非難轟々の悲鳴を上げている。だろうな、リクエストを叶えようと頑張ったのに誰にも見せたくないなんて言われたら、悔しくて思わずキーっ!てなるわよね?
「すみません。見せたくないお気持ちはわかりますが、もう時間もないので、これで我慢して頂くしかないんですよ」
「は?」
「それに皆アレンの注文通りにって頑張ってくれたんです。思ったのと違うからって口に出されても……だって素地が素地ですもの、優秀なメイド達でも限界というものがありますわ」
背後で一斉に『えっ??』という声が上がったのはどうしてだろう?侯爵家の子息に対して抗議の悲鳴は無いな、と反省したからかな?
「そうじゃない……あまりにもうつ……」
「うつ?」
「っ、もういいっ!」
はい終了!何時ものようにアレンはムッとして口を閉じてしまった。
「アレン……私じゃあなたに釣り合わないのはわかってますよ?」
そう言いながらアレンの腕に手を掛ける。アレンはエスコートしに来たのだし、ただ並んで歩いちゃ不自然だ。それなのにビクっと身体を強張らせるとは、相当失礼ではないか。
流石に一言言ってやらねばと私は背伸びをしてアレンの耳に顔を寄せた。
「なっ!」
っと短い悲鳴のような声を上げたアレンだが、引き下がるわけにはいかない。パッとしない私を囮に選んだのはアレンなのだし、任務が遂行できなければ小っ恥ずかしい思いをした私の努力と臨時ボーナスが水の泡だ。この若造に社会人の心構えを叩き込んでやらなきゃなるまい。
「アレンはとっても魅力的な男性で、式での礼装も今のモーニングコートも本当に良くお似合いで素敵です」
「……そ、そ……そうか?リ、リ、リ……リコ……はそう思ってくれるのか?」
何をどもっているのかと思ったら、そう言えばアレンが私をリコと呼ぶのはこれが初めてで、勇気を振り絞っての第一歩と見える。指摘するのも可哀想なので、これには気が付かなかったことにしよう。
若造よ、こんな気配りからも社会人とは何たるかを吸収して欲しいものだ……という懐の深さを感じ取ったのだろうか、アレンはキラキラと目を輝かせた。
それなら私が婚約者っていうのはかなり不自然で、完璧主義のアレンが不満に思うのは仕方ない。でもそれを態度に出しちゃだめって辺りも汲み取ってくれないかな?ここはアレンを信じて、軽い注意に留めるべきか?
叱り過ぎでやる気を削いではいけないし、どうもこの人は褒められて伸びるタイプって気がするもの。
「もちろんです。アレンは誰よりも素敵な私の婚約者ですもの。でもね、私もアレンの愛しい婚約者なのでしょう?」
という設定だって忘れていませんよね?ちゃんとお仕事しましょうね?という圧を込めて見上げると、アレンは無言で頷いた。気持ちを引き締めたスイッチを入れ替えたのだろう。途端に目つきに変化が現れて……いや、なんか。これ、完全に恋するオトコの眼差しじゃない?凄いなアレン。やっぱり全米を泣かせるのはこの男ではないだろうか?
いいねぇ。偽装婚約だとバレては元も子もないんだもの。何よりも私の頑張りがおじゃんになるなんて冗談ではないのだ。絶対に作戦を成功させて、特別ボーナスをはずんで貰わなければ気が済まないではないか!
「リ、リコ?」
「はい?」
「今のリコはその……なんというかその……花の、妖精……のようでとても……とても可愛いらしくて……」
プロ根性を見せてやろうという気になったのか、もじもじしつつもアレンがそれらしい文言を語りだした。うん、逆にリアルで良いと思います!
「花の妖精ですか?そうですね、ピンクったらそうなりますよね」
「いや、多分他の色でも……同じくらい……可愛らしいかと……」
「あぁ、このふんわりくるくるが妖精っぽいと!お好きなんですかね、ふんわりくるくる。じゃあ、次の機会でもふんわりくるくるにして貰います?」
「ぜ、是非ともそう願いたい!!」
突然喰い気味に言われ驚いたが、これもやる気の現れだろう。良き良き、である。
「わかりました。少しでもアレンに可愛らしいと思って貰えるように、頑張りますね!」
というか、頑張るのはベーゼン侯爵邸のメイド諸君で私じゃないんだけど、恩は売っておくに限る。
『ガッフぇっ!!』と奇声を発してアレンが横を向いた。またむせたみたいだ。拳で胸をドンドン叩いているし顔だけじゃなく耳や首まで紅くなっていて、やはり何らかの呼吸器か循環器系の疾患があるかも知れない。
ただ偽装婚約者の口出しするような事じゃないしなぁなんて思っていたら、アレンが振り向き涙目で私をじっと見つめた。よっぽど苦しかったのだろう。
「頼む、普段はやめてくれ」
「え?」
「毎日これでは……とても耐えられそうにない……」
朝寝坊のせいで最低限の身嗜みを整えるだけだと宣言した、母の女子力の低さをとやかく言えない私にさぞや呆れただろうと思ったのに、アレンはちゃんと理解してくれたようだ。一週間前の印象は最悪だったが、実はそんな気遣いだってできるのか!おまけにそれは私にとって何にも代えがたい部分である。
「ありがとうございます。アレンは優しいんですね!」
思いがけない優しさが身に染みてテンションが上がった私は、アレンの腕に回した手に無意識に力を込めたらしい。驚いた様子で私の手元を凝視したアレンが、目を見開いて固まっている。
「あ、ごめんなさい。私ったら」
「……リコは、その……見た目よりも……」
「あ、そうなんですよ。第四近衛騎士団の皆さんにも『リコチャンは見かけによらず結構凄いなぁ!』なんて褒められるんですよ!」
何たって田舎者。都会の深窓のご令嬢とは育ち方が違う。自ずと鍛えられた私の腕っぷしは重い荷物もものともせず、第四近衛騎士団の皆さんを感心させているのである。
「…………」
アレンはそのまま黙り込んだ。第四近衛騎士団の皆さんにはウケが良い腕っぷしの強さだが、アレンはもっとこう、ハンカチ一枚以上の重みには堪えられません、みたいな儚い女の子がタイプだったのかな?だってふんわりくるくるに萌える人だもんね。
「第四近衛騎士団め……」
「え?」
奥歯を食いしばりながら唸り声を上げたアレンを見上げたが、鋭く射抜くような目を何もない廊下の先に向けていてこちらを見ようともしない。
やっぱりアレンはふんわりくるくる庇護欲プリーズ!って感じの、キュートな守ってあげたい系がタイプなんだろう。
すまぬ、私とは真逆だ。
私が悪いわけじゃないのだが、何だか罪悪感が湧いてくる。
せめてパーティ会場の大広間に入ったら精一杯キャピッとして、アレンが少しでも気分良く任務が遂行できるようにしなければと、私は一人決意を固めたのだった。