デキる家族達
近衛騎士のデキる家族達の茶番劇は留まる所を知らない。
アレン両親は私を、伯母夫婦はアレンを気に入りましたの体で褒めちぎり、めでたいめでたいと盛り上がりながらサロンに向かった。
それじゃあ行くかと後に続こうとしたが、何故かアレンが立ち尽くしている。それに見開いた瞳がうるうるしちゃっているし、息苦しそうに上下させている肩。まさかこの人、特殊任務で緊張しているのだろうか?昨日は偽装婚約が何だ、そんなものでぎゃあぎゃあ騒ぐな!くらいの態度だったのに。
「騎士様、大丈夫ですか?」
アレンは私の目を五秒ほど凝視し、それからバッタンと重苦しい瞬きをした。
「か……か……かわ……」
「かわ?」
「い、いや、何でもない!もういいっ!」
何が気に入らないのか急に不機嫌になって得意の『もういいっ!』を炸裂させると、がつがつ大股で歩いていったのだが……
何で右手右足同時に出すのかね?
やはりアレンの緊張は相当のものであるようだ。
「あの…………ここは伯母の屋敷ですからそんなに緊張なさらなくてもよろしいのでは?」
「き、緊張……す、するだろう。こ、これから……ご夫妻に……けっ、けっ、けっ、けっ、結婚の」
そこでアレンは乙女のように真っ赤になった顔を両手で覆った。
「結婚の?」
「お、お許しを頂かなければならないのだ」
「え?昨日承諾したんですよね?伯母もちゃんと内容を聞いたって言っていましたよ?」
「だ、だがっ……こういうものは正式な形で進めるべきだろう?」
正式な形ねぇ。囮ともなれば身の危険があったりするのかな?だから家族にきちんとした許可を取るって事なんだろうか?
「そっ、そっ、そっ、それに…………君にプっ、プっ、プっ、プっ、プロっ、プロっ、プロポーズをしなければ」「えぇっ?」
驚きのあまり無意識にアレンの袖口を掴んだ私の手を見たアレンがカチンと瞬間凍結した。こんなに緊張しているのについうっかりしてなんかごめんなさい。でも、いくらなんでもプロポーズって要る?
「そこまでする必要があるんですか?街中ならまだしもここはベーゼン侯爵邸ですよ?」
「だ、駄目だ。敵を欺くには味方からと言うだろう」
「え?どういう意味?」
「と、とにかく味方からなんだ。ほ、ほら、使用人に紛れてスパイが居るかも知れないじゃないか!」
「知っている顔ばかりですけどね?」
そして私が枯れているのを熟知していたせいで、我がことのように大喜びしている人ばかりだが?お陰で朝から罪の意識に苛まれちゃって、心の中で土下座しているっていうのに。
しかしアレンは厳しい表情で私を見下ろした。
「少しの油断も赦されない。我々は完璧な婚約者にならなければ……」
「完璧な婚約者ねぇ」
怒られそうだから口にはしないが、既に私はうんざりしていた。完璧な婚約者ということは、来週の婚約式もガッツリ本格的にやるつもりなんだろう。それに茶会やら夜会やらの席での、アレンの婚約者として御挨拶をしたりされたりも特殊任務の内だろうし。そんなことをやって、私の本当の婚活の妨げになったりしないのかな?両殿下が関わっているから多分どうにかしてくれる……というか、絶対にさせてやるけれど、何しろ妃殿下は恋愛結婚推奨派だしまだまだグズグズ言いそうだ。
溜め息を押し殺してサロンに入ると、ソファに着席した両家の夫妻が待ち構えていた。私が伯母夫妻の横に、アレンがご両親の隣に座り、お茶を出したメイドが一礼して下がって行く。ということで、今はもう関係者以外誰もいないのだが、この騎士のデキる家族達の茶番劇はまだ終わらぬらしい。
アレン両親からの急な話で申し訳ないという謝罪に、お気になさらずにと答える伯母夫妻。仕事の虫で将来はどうなることかと心配していた、それが探していた宝石をようやく見つけたのだと言われては、結婚を急くのも窘められなくてと苦笑いのアレン両親。対する伯母が、妹夫妻から預かった責任があるというのに、このままいき遅れるのではと案じていたから、素晴らしいお話を頂けて僥倖ですと目を潤ませでいる。その横で言葉こそ無くとも男泣きを必死に堪え、今にもポロリといきそうな伯父。
偽装婚約にうるうるするとは!うちの伯母夫妻の演技力もかなりのレベルではないか!
感動すら覚える私を他所に、両夫妻の話はどんどん詰められていく。アレンは次男だが騎士爵を賜っているので私が嫁に行く形になるとか、二人の子をルイゾン伯爵家の跡取りとすれば良いとか。そんな話まで始められると流石に身の置き所がないが、両夫妻の迫真の演技を誰が茶番劇だと見抜けるだろう?
更には『挙式は六月の第二日曜日に、ハーパー聖堂を押さえて参りました』とまで言われ、私は瞠目した。そこまで言う?おまけに由緒ある聖堂に本当に予約を入れたらしく、書類まで差し出されたんだけど。
「式まで時間がなく慌ただしくて申し訳ありません。何分にも倅が一日も早くと言い張るものでして」
とアレン両親に頭を下げられた伯母夫妻は、顔を見合せ微笑み合った。
「それほどまでに望んで頂けるのです。姪にとって何よりの幸せですわ。お任せ下さい。妹夫妻になり代わり、わたくし共が責任を持って嫁入り支度を整えます」
伯母がきっぱりと告げると、それまで一切口を開いていなかったアレンが立ち上がって、ど緊張の面持ちで右手を胸に当てた。
「それでは、リゼット・コンスタンス嬢との結婚をお許し頂けるのでしょうか?」
「えぇ、もちろんですわ。領地におります妹夫妻も喜ぶことでしょう。ですが……」
そう言うと伯母は私の手をギュッと握り、アレンに向かって微笑み掛けた。
「まだリゼットにプロポーズをされていないのでしょう?愛情に突き動かされ勢いのまま突き進むのも悪くはないけれど、でもプロポーズは女の子の憧れですもの。どうかリゼットの王子様になってやって下さらない?」
『リゼットの王子様になってやって下さらない?』ですと?
事情はしっかり把握しているのに、この人いきなり何を言う?最早嫌がらせか?いつまでも仕事にかまけて婚活しなかったから、お仕置きするつもりなのか?
私は金魚みたいに口をパクパクさせた。何か言わねばと思うのに何の言葉も浮かんでこない。ただ伯母に向けた目をまん丸くして、小刻みに首を横に振るだけだ。
「この子ったら恥ずかしがって……」
手を伸ばして私の頬をムニムニしている伯母は満面の笑みだ。だが果たしてここまでの演技はいるのだろうか?どう考えても過剰演出だと思うのだけれど。
散々ムニムニした伯母は満足したのか手を離し、今度は私の髪を優しい仕草で整えて、そして穏やかに微笑んだ。
「さぁ、アレン様にお庭を案内して差し上げなさいな。プロポーズは二人きりで、ね!」
ね!と言われても返す言葉がない。どう考えても我々にプロポーズという儀式は不要だ。だって婚約を偽装するってことはだよ、もうプロポーズは済んでますって設定で良いんじゃない?
それなのに両夫妻は揃ってによによと生暖かい眼差しで私とアレンを交互に見つめ、さぁ行けそら行け、バシッと決めてこいという無言のプレッシャーを醸している。これが役にのめり込むと言うものなのだろうか?実に恐ろしい。
これだけの渾身の演技を目の当たりにして『それはちょっと』とはとても口にできない。何しろ圧が凄いのだ。ここは自分も乗るしかないと、私は胡乱な視線をアレンに向けた。
「ご案内いたしますわ」
立ち上がった私の手をアレンが恭しく取った。それを微笑ましく眺めるという両夫妻の演技に見送られ、私達はサロンを後にした。




