特殊任務ってナニ?
真っ暗な舞台の中央でピンスポットに照らされた悲劇の主人公みたいな王太子夫妻。それが私の『はい』の一言で、手を取り合って歓声を上げている。しんみりムードの執務室が、一転してディスコライトとミラーボールが同時に稼働したお祭り空間に様変わりだ。
これは……嵌められた予感しかない……
「それならさっ、封蝋の申し子としては協力しないなんてあり得ないよねっ?」
人差し指を立てた殿下が可愛く首を傾げて言うが、私は封蝋の申し子と呼ばれたことはない。それに協力ならさっき十分したし、これ以上の協力をしない選択は普通にアリではないのか?
だが今度もアレンとアーネストのAAコンビは『肯定しておけ』と圧を掛けている。
「はい……」
渋々同意すると『イエーイ!』と言いながらハイタッチを交わしている両殿下が謎だ。何盛り上がってんの、この夫婦は?
しかしながらこれにはAAコンビも引いている様子でちょっとだけ安堵した。
「あ、あのっ、それで協力というのは具体的にどのような?わたくしに解るのは使用されている蝋が王室のものとは違うと言うことだけですが?」
「うんうん、そうだよね。封蝋に関してはそれで十分。印璽については早速調査を入れておいた、リコチャンのおかげだよぉ」
「お役に立てたなら幸いなのですが……それで?」
聞かなきゃだけど聞きたくない、聞いちゃいけない予感しかない私が渋々と尋ねると、夫妻は見つめ合ってついでに手も握り合いそしてにっこりと微笑み合い、それからようやくこちらに目を向けた。
「犯人はジョルジュ・サカリーかなぁって目星はついているし、奴には奴なりののっぴきならない事情がある。でも、今はまだ決め手となる証拠が見つかっていない」
「はぁ。とすると証拠が欲しいんですよね?」
「うーんと、それは多分そろそろ片がつくと思う。実はさ、ジョルジュは利用されたんだよね」
「はぁ……そうなんですね」
何だか怪しくなった雲行きに関わっちゃ駄目だと脳内で警報が鳴っている。そしてその直感に従いたいのは山々だが、協力という一言を盾に取り絶対に解放しないぞー!と言われる未来しか思い浮かばないのが辛い。
「あーん、納得しないで驚いて!喰い付いてみて!そんで疑問文ちょうだいっ!」
「…………ナンデスッテ!イッタイドウイウコトデスカ?」
「……うん、またしても酷い棒読みだけど、まぁよしとしようか」
そう言うと殿下はいきなりキリリと表情を引き締め、AAコンビに順番に視線を送った。それを受けてあれ以来引きっぱなしだったAAコンビも真顔で頷き、アーネストが説明を始めた。
「ジョルジュとクルドス公爵が接触しているのが確認されているんだ」
クルドス公爵……ボードリエ公爵家と並ぶ有力貴族の当主である。妃殿下と同じ歳の令嬢を王太子妃にと画策した過去を持つそうだ。これがまた、イタいくらいの猛プッシュで、惨敗に終わった時はだろうなって皆こっそり笑っちゃったらしい。
その公爵とジョルジュが接触ねぇ。確かに住む世界が違うって感じの二人だから違和感はある。
「偽の印璽を作らせたのはクルドス公爵なの?」
「とみて捜査中だ」
「ジョルジュはクルドス公爵に唆されて封蝋した偽の手紙を送ったってこと?これを使えばきっと騙されるぞって?」
「とみて捜査中だ」
んー?でもだよ、件のご令嬢は王太子の婚約が整うとあっという間に隣国の大公家にお輿入れして、今はもう男女の双子のママさんになってるよね。おたんちんのジョルジュはまだしも、クルドス公爵のどこにメリットがあるんだろう?
「それ、ホントにクルドス公爵?」
「リゼットに言われて早速街の工房を調べさせた。そうしたら突然羽振りが良くなった彫金師があっさりと見つかったよ」
「……半日も経っていないのに……仕事早いのね」
「うふっ!凄いでしょ、僕の騎士団!」
折角真面目な顔をしたのに、もうへにゃっと笑いながら口を挟んだ殿下は放置した。常日頃から見て見ぬふりをすることにしているようで、アーネストも無反応のまま話を続けた。
「封筒の殿下の封蝋の部分を切り取って持ち込んだんだが、裏に通し番号があるのを知らなかったんだろうな」
「あぁ、あれは私達のミスを防ぐためのものだから」
式典や夜会の招待状ともなると送られる数も相当なものになる。中身の入れ間違いを防ぐための二重チェックとして、作成した名簿と同じ通し番号を封筒の蓋の裏側にも書き込んでおくのだ。正式な書状は王室メンバーそれぞれに違うレターセットで、しかも用途ごとに数種類用意されている。だから番号が読み取れれば宛名があるも同然と云うわけだ。
「そこまで繋がったんなら、私ができることなんて何もないんじゃないの?」
「いや、それがだな…………」
アーネストは何故か言葉を詰まらせて視線を泳がせ、暫くそれを黙って眺めていたアレンが、耐えかねたように口を開いた。
「君には特殊任務への協力を仰ぎたいんだ」
「特殊任務ってナニ?」
「囮捜査だ」
「………私に囮なんて務まると思います?ご存知ないでしょうが、私はほぼ一日中ここからでないんですよ?」
バカなの?と付け加えたいのをグッと堪えた私に、アレンは何故かホワッとした柔らかい笑顔を見せた。
「何か?」
「もういいっ!」
……さっきも言われたね、コレ。何だか知らないけど都合が悪くなると発動するのかな?
はい、わかりましたと黙っていると、さっきのほんわか笑顔から一転しムスっとしたアレンを、アーネストが呆れ顔で眺めて溜息を吐いた。
「実はね、ジョルジュの身辺を調べるうちに、未だに三年前の事を根に持っているのがわかったんだ。社交界から追い出されたきっかけはあの一件だったから、それでリゼットを逆恨みしているんだろう。だがジョルジュは……まぁあんなだからさ。恨みの晴らし方がちょっと違うんだよな。つまり今度こそ落としてまんまと利用してやるとか何とか、酔っ払ってはそんな事を喚くらしいんだが……落とすも何もなぁ?」
「そうよね」
ジョルジュは全ての夜会に出禁を喰らっているも同然。そして私はアレを口実に夜会をパスし続けている。つまり今度こその今度が三年前で一度も無かったのだ。
「そこでだリゼット。ジョルジュを動かす為に囮になってちょっと刺激して貰えないかな?」
「夜会に出ろってこと?」
それは御免被りたいという『うぇぇ』顔の私に、アーネストが首を振った。
「おや?すると出なくてイイ?」
「良くない!」
「どうして良くないのっ?首振ったじゃないの!」
「夜会だけじゃないからだ!」
そう怒鳴ったアーネストは頭を抱え、上目遣いにアレンを睨む。AAコンビ、押し付け合うという連携はばっちりのようだ。睨まれたアレンが不服そうにアーネストを睨み返したが、アーネストはわざとらしく何もない天井を見上げてこれ以上の説明を拒否した。アレンはありありとムスッとしたけれど元々『もういい』と投げ出したのは自分なので致し方ないと思ったのだろう。渋々口を開こうとしたその時
「婚約してくれるっ?」
と言って、殿下がとびっきりの笑顔を煌めかせた。
「「「………………」」」
殿下一人を除いて、ここにいる全員が無表情で言葉を失っている。それをぐるりと見回した殿下は『あれ?』と首を傾け、助けを求めるように妃殿下を見た。
「僕、何かヘンなことを言ったかい?」
「うーん?そうじゃなくてね、これについてはあなたじゃなくてアレン卿から話した方が……」
「そっか、これってプロポーズだもんね。アレンごめんね。じゃあ早速どうぞ!」
かるーくテヘペロな殿下がアレンに振る。するとアレンがコホンと咳払いをして座りなおし胸を張って再び口を開こうとしたその時……
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てーーーい!」
という私の絶叫が響き渡った。




