-6- 天才
-3-
「ちっ、ターゲットはどいつだ」
「正規軍人だと聞いているが」
「ターゲットは女の軍人だ。後ろの奴は女だがまだガキ。この中にはいねえ。ッチ。こうなったら全員捕えてから聞き出すぞ」
顔を布で覆っていることと辺りが暗くなってきていることが相まってどいつがしゃべっているかよくわからないが、会話の内容からして真っ当な人間ではないらしい。
「キンとそこのお前。貴様らは後ろの二人だ。あぁ、建物や市民に誤射だけはするなよ。正規軍が本腰入れて追いかけてくるからな」
そう言うとノンはこちらの返答を確認することもなく、纏ったローブをはためかせながら正面から特攻を仕掛ける。
「あ、ちょっと!そっちはいいの!?」
ノンの向かう先には三人の武装した男達。
一見すると無謀とも思えるノンの行動にアフティは焦って止めようとする。
そりゃあ、そう思うよな。あいつがノンでなければ俺も止めていた。
「アフティ、あいつは問題ない。こっちに集中しろ」
「え、うん。でもホントに大丈夫?」
「あいつは、特別だ」
ノンから視線を切り、自分達の相手を視界に収める。
武器の種類はどちらも似たような短剣。おそらく相手はどちらも近接主体。離れた相手への攻撃手段はあまりなさそうだ。だがその雰囲気からは戦い慣れしているようにも見える。この前の傭兵達よりもよほど危険な相手だ。
「アフティ。片方の男の足を止められるか?」
「任せて!」
―――Ability 《狙い撃ち》―――
〈弓術〉クラスのアビリティ《狙い撃ち》。
まさかアビリティまで使えるとは。さっき言っていたことも本当なのかもしれない。《狙い撃ち》は文字通り狙った相手に放った矢を必中させるアビリティだ。盾で弾いたりすれば簡単に止められるが、避けることはできない。気づかずに躱そうとすれば隙ができるはずだ。
アフティのボウガンから矢が放たれるのと同時に駆け出す。
ボウガンの後ろを追うように移動。直後、矢は短剣で弾かれる。
アビリティの効果は知っていたか。やはり戦い慣れている。
姿勢を低くして矢を弾いた男の懐に飛び込む。ここまで近づけばもう一人の奴も仲間を巻き込むことを警戒して範囲の広いアビリティは使えないはずだ。
抜剣する勢いのまま、切り上げる。
相手はそれを躱せないと判断したのか。短剣で受け止めようとする。しかもアビリティ発動の兆候がある。カウンター系か防御系のアビリティか。
受け止める気であれば関係ない。今振りぬこうとしているのはあの加護付きだ。残念ながら初見殺しなんだよッ!
―――Ability 《徹底防御》―――
相手のアビリティが発動し、正確にこちらの切り上げを短剣で受け止めようとする。しかし相手の予想を超え、多少の抵抗はあったものの受け止めた短剣の刃先が吹き飛んだ。
「ッッ!」
余りの事態に驚き、そのまま態勢が崩れた相手の脇腹に回し蹴りを叩きこむ。
思ったよりも勢いが付いたのか。後ろの建物の壁に叩きつけられて男は動かなくなった。
「キン後ろ!」
振り向きざまに自身に向かってくるナイフをかろうじて腕で受ける。
痛ってぇ。
アビリティでも何でもない。素の投擲。アビリティであれば発動タイミングが緑の発光によって相手にも伝わる。だからあえて使わずに、くそ。対人戦闘に慣れてやがる。
ナイフを投擲した男は短剣を押し付けるような態勢でこちらに接近する。
こちらは回し蹴り放って態勢が悪いまま。まずい。躱せない。
「ぐうぅ」
「キン!」
咄嗟にナイフの刺さったままの腕で短剣も受け止める。刃が腕の肉を裂き、骨に到達しているのが衝撃で分かる。何とか胴体への直撃は回避したが、先ほどのナイフとは比べ物にならないくらいの激痛が腕から脳へ走る。
膝をつきそうになるが、必死に堪える。我慢しろ!男だろ!
―――Ability 《狙い撃ち》―――
男の後ろから再装填した矢を放とうとしているアフティが目に入る。
アビリティの発動を察知した男は短剣を引き抜こうとするが、簡単に抜かせるか。
わざと残しておいた無傷の方の腕で男に向かって剣を振り下ろす。
男は咄嗟に短剣から手を放し、腕を引いて回避する。だが、代償はでかい。
「がはっ」
防御系のアビリティは盾になるものがないと発動できない。男の脇腹に必中の矢が刺さる。男は苦悶の声を発しながら距離を取る。
このまま一気に決めるべく開いた距離を詰めようとするが、腕の痛みで足が止まる。
「キン!大丈夫!?」
心配ない。そう伝える余裕もない。相手から目を離さないのがやっとだ。
「こ、これすっごい血出てるよ!」
ああ、こんなことなら最初からアフティに〈催眠術〉を使ってもらうべきだったか。
この前の傭兵達との戦いで勝って調子に乗っていたのかもしれない。自分の馬鹿さに呆れる。
垂れさがった自分の腕から流れ落ちる血を見て過去の自分を思い出す。
そうだよな。昔から俺は弱者の側だった。あの戦いでも俺が弱いからチイが魔法を―――。
「止血しないと!」
アフティの言葉で逸れた思考を現実に戻し、一息で邪魔な短剣を腕から引き抜き、適当に捨てる。ナイフはまだ刺さったままだ。
「手子摺っているな」
ノンの声が横から聞こえる。
「う、嘘···」
ノンが相手にしていた三人はどうしたのか。決まっている。終わったんだろう。
アフティのように見たわけではないが、ノンがこちらにいる時点で結果ははっきりしている。
おそらく大した負傷もないのだろうな。くそ。
「おい!どいつに雇われた!」
ノンの声が暗い路地に響く。
男は脇腹に刺さった矢をへし折り、こちらの様子を見て状況を把握したようだ。
「仲間だと···情報が間違ってやがった。ふざけやがってあのクソ野郎ッ」
「選ばせてやる。そのクソ野郎のことを喋るか。ここでお仲間と同じように地面を舐めるか。どちらがいい」
「そっちの男はもう動けねえ!手前さえやれば後はガキだけだ!」
「そうか、なら望みどおりにしてやる」
―――Ability 《遠当て》―――
はっきりとは見えていない。ノンから放たれた何かが男を背後の壁まで吹き飛ばした。背中を打ち付けたあとゆっくりとうつ伏せに倒れる男。
確かあのアビリティは衝撃を飛ばす効果だったか?〈拳撃〉クラスのアビリティだ。習得が難しい割に嫌がらせ程度の威力しかないから使い手が少ないことでも知られている。とてもあんなことを起こせるアビリティではない。
「おい、目が覚めたか?」
「さっきから起きてる、だろ」
傷口を押さえて、止血を行う。
少し血を流しすぎたか。上手く力が入らない。
「そうか。さっきの条件のことといい、現実を理解していないようだったからな。眠っているかと思っていた」
「ちょっと、そんな話をしてる場合じゃないでしょ。手当しないと死んじゃうって」
「黙ってろ」
「うっ」
ノンの睨みにアフティが息を詰まらせる。
「鍛冶師には荷が重かったか?」
「鍛冶師を舐めんな···さっきの答えは変わんねえよ。俺はチイに会いに行く」
「はは、そうか」
笑った?あのノンが?
一瞬腕の痛みを忘れるほどの衝撃だ。いや嘘だ。痛いものは痛い。強がるにも限界が来そうだ。
「これを使え」
渡されたのは、赤い液体の入った小ビンだった。
「二級治癒薬だ。飲んで使え」
言われてもすぐには理解できなかった。
液体、治癒、薬、···あの治癒薬か!
傭兵で薬と言って思いつくのは止血用の塗り薬や造血薬だが、こいつは違う。
傷を即座に治癒することができる薬。〈神聖呪法〉と同じ効能というのが謳い文句の薬として有名だ。ただその効能からか高価すぎて普通に生活をして手に入るようなものではない。
実物を見たのは初めてだ。二級というのがよくわからないが品質だろうか。にしても本当に実在していたとは。
恐る恐るふたを開けて中の液体を飲み干す。
「まっず」
苦みだ。それ以外ない。後味こそほとんどないため喉を通過させれば特に問題ないが、少しでも味わいながら飲んでいれば吐き出していたかもしれない。
「うわ···ナイフが···」
腕に刺さっていたナイフがするりと地面に落ちる。
横にいたアフティが刺さっていたところの傷を見て「きも!」とのけぞる。傷が治っている様子を見てしまったようだ。〈神聖呪法〉での治療の時も良く治療中の光景を見て肉が食えなくなった奴がいたな。大体は次の日には腹が減って普通に店で肉を注文するようになるが。
落ち着いてから傷を確認する。短剣の傷は流石に完治というほどではないが、ナイフの傷はほとんど完治している。動かすのにも多少我慢すれば問題はなさそうだ。本当に〈神聖呪法〉を受けたのと変わらない。とんでもないな。
pi―――
甲高い笛の音が夜の都市に鳴り響く。
ようやく静まり返った路地がにわかに騒々しくなり始める。
「誰かが通報でもしたか。面倒だな。おい」
「アフティだ。な、なんだよ。そう凄んできたところでそのローブはあげないからな」
「これはしばらく預かる。この都市を出た後になれば用済みだ。それまで待て」
「自己中女、今は男だけど」
アフティは今回さっきの男達に顔を見られている。今更別れて無関係とするには手遅れだ。あの不審者達の背後関係が分かっていない以上、これからはアフティも含めて狙われることになる。ただしあの加護付きのローブがあれば話は変わる。顔を見られたところで関係なくなる。
「ノン、どうしてもそれ返せないか。今回アフティは偶々巻き込まれただけだ。これ以上は」
「危ないって?構うものか。こんなに楽しいのは生まれて初めてなんだ。無理にでもついていくよ」
アフティは少し、いやかなり興奮した様子で共に行く意思を見せた。
何がここまでこいつを駆り立てる?俺についてこようとしていたのも元は気まぐれのようだった。さっきの戦闘も下手をすれば死んでいたかもしれない。それなのにそこまでして関わろうとする目的はなんだ。本当に楽しいからだとでも?まさか。
「アフティ、おまえやっぱり馬鹿だな。死ぬかもしれないんだぞ」
「それはキンもでしょ。事情は知らないけどこの女のやろうとしてることがこの国で異端なことはわかるよ。フリストから聞いたこの国の話も合わせると魔物絡みかな?それなら正規軍にも知られたくない用事っていうのも納得。キンはそれに付き合うってわけだ。わくわくするね」
さっきまでの子供らしい態度とは裏腹に今までの会話の内容から状況の本質を捉えている。この歳の子供にしては洞察力があるようだ。確かこの国の外から来たと言っていたな。本当に何者だ?
―――こっちだ。こっちにまた倒れた男がいるぞ!
路地の向こう側から正規軍人と思われる声が聞こえてくる。
「っち。余計な話は終わりだ。二手に分かれて都市から脱出する。私は多少正規軍を引き連れながら北門を抜ける。貴様は南門から抜けろ。このガキは貴様に任せる。集合は夜明けにデラスの村だ。いいか」
「ラスはいいのか」
「別行動だ。先に都市を出て向かっている。···他にはないな。では私は行く」
そう言い残し、ノンはあっという間に暗闇に紛れながら消えていった。
アフティと向き合う。
「仕方ない。一先ず移動する。俺達も行くぞ」
「はいよー」
こうして俺達はアヴェで最後の夜を過ごし、旅の始まりの夜明けを待つことになった。
-4-
小さい頃、父が正規軍人でよく剣を教えてもらっていた。
最初は子供用の木剣を渡され、遊びながらであったが、いつしかしっかりと指導されるようになっていた。
父が言うには、〈ヨーシュア流剣術〉の才能があるのだそうだ。
〈ヨーシュア流剣術〉は特に習得難易度が高いレアクラスなどと呼ばれているクラスの一種だ。
クラスというのはアビリティに対して一定のカテゴライズを表す名称のことだ。例えば、剣で使用できるアビリティは〈剣術〉クラス。弓で使えるアビリティは〈弓術〉クラスといった風にわかりやすくまとめた、と言えば伝わるだろうか。アビリティを習得できれば同じクラスの他のアビリティも習得できる可能性が高い。逆に複数クラスに跨ってアビリティを習得するのは難しく、特に三つ以上のクラスのアビリティを使えるのは一握りの天才だけだそうだ。
クラスには階級が存在しており、コモンクラス、レアクラス、ユニーククラスとある。コモンクラスは習得難易度が低く、誰もがというと嘘になるが時間をかければある程度習得が可能になるクラスだ。それがレアクラス、ユニーククラスとなると習得難易度が高いアビリティが増え、ユニーククラスとなると血統や才能も持つことが前提でかつ習得が難しいものとなる。
僕は小さい頃に一度父の使う〈ヨーシュア流剣術〉のアビリティを見せてもらい、見様見真似でそのアビリティを再現したらしい。実はこの時のことはよく覚えておらず、唯一覚えているのは父に「お前ほど〈ヨーシュア流剣術〉の才能がある者は見たことがない」と言われて嬉しかった記憶だ。気づけば毎日のように父の指導の元で剣を振り回す日々になっていた。
それから成人し、特にやりたい事もないため父の跡を継ぐような形で正規軍に入隊した。父は特戦隊ではなかったが、正規軍人としては数少ない〈ヨーシュア流剣術〉の使い手でもあったため、その息子である僕は色々な意味で注目されていた。ある意味では期待通りというか、同期はもちろん、正規軍の先輩方にも戦闘という一点において負けることはなく、組織内でも一目置かれる存在になっていった。
その頃には父は現役を引退して指導もすることはなくなっていたが、自主訓練やアビリティの練習は欠かすことはなく、練度は高めていた。
正規軍特殊作戦部隊に配属したのは半年ほど前の事。いきなり司令部に呼び出されたかと思えば、そこには司令部の長と特戦隊の隊長がいた。
細かいことは省くが、結果として特戦隊に最年少で入隊することとなり、現在も仕事に励んでいる。
「フリスト、お前今日は魔物検査までしたのか?」
今日もほとんど中身のない調査報告書を書いていると横から声がかかる。
「魔物疑惑の子供がいると通報があったので報告書含めて僕がやりましたが。それがどうしましたか?」
「少し前には喧嘩の仲裁なんてのもしてなかったか?いや、な。真面目もいいが、あまり他の部隊の仕事を取ってやるなよ?」
確かにどちらも主に警邏隊や後方支援部隊の仕事ではある。
任務に進展がなくて手持無沙汰だったからやってしまったが、仕事を取ったことになってしまっていたのか。
「すみません。先輩。今後気を付けます」
「まあ、もともと特戦隊の任務が順調ならこんなこと言うこともなかったんだから責めるつもりはねえよ。お前なら他の部隊の奴と揉めるってこともないだろうしな。そういや色男さんよ。聞いたぜ。何でも表のパン屋の娘に言い寄られてるらしいじゃないか」
「そんなことはないですよ。ちょっと話をしただけで」
「わざわざ差し入れまで持って来てか?はあ、俺もいい女から言い寄られたりしてみてえな。溢れるほどの包容力で癒されてえ···」
「そんなこと言って、先輩だって女の子から花をもらっていましたよね」
「女の子って。それ孤児院のチビどもじゃねーか。俺は大人の女性が良いの!そんなのにモテても嬉しくねえよ」
「その割には大事にしているみたいじゃないですか。ちゃんと花瓶まで用意して。長期任務から戻ったら必ず顔も見せに行くんでしょう?」
「···」
先輩は僕の配属される前から特戦隊に所属している。
僕が配属された時、特戦隊のやり方や任務について教えてくれた先輩でもある。特戦隊はアビリティという才能が前提の部隊であるため、血統が優秀な人間が多い。先輩はその中で珍しくも特別な家系の生まれということはなく、孤児院の出身だ。孤児院は教会の経営する施設でもあるため、色々と教育されたらしいのだが肌に合わず、身体ばかり鍛えて正規軍に入ったと以前聞いた。
pi―――
笛の音が屯所内に鳴り響く。
この笛の音は緊急時の隊員招集用。支援部隊を除いた他の部隊を現場に向かわせる指令だ。
「警邏隊の仕事だが、出ないわけにもいかないか。ほら話は終わりだ。行くぞ、フリスト」
「はい」
流れるように装備を身に着けて、屯所から出る。
断続的に鳴り響く音の出元は、案外近い場所のようだ。
現場に到着すると自分達が最初だったようだ。笛を吹いたのだろう警邏隊の男だけがそこにいた。
「特戦隊だ。何があった」
「特戦隊!?あ、失礼しました。実はここで戦闘があったと目撃者から通報がありました。ただのごろつき共の喧嘩であれば良かったのですが、気絶して倒れていた男達の装備の質の高さと服装の怪しさから事件性を感じて応援を要請しました」
「その男達というのは?」
「あそこで拘束しています」
見ると確かに普通ではない。顔を隠すように布で覆い、夜に紛れやすい暗い色に染色した服。まるで―――
「暗殺者か」
「実在するんですか」
暗殺者なんて存在は物語の中だけだと思っていた。
「ああ、俺も見たのは初めてだが何でも殺しの仕事を専門で受ける業者がいるらしい。昔、サンクタの領主が狙われて護衛含めて何人か殺されたと聞いたことがある。こいつらがそれと同じかと言えば違うとは思うが、似たような奴らだろう。なあ、こいつらの武装は解除しているよな?」
「もちろんです!」
「なら後から来る応援の人員には運ぶのを手伝ってもらえ。俺達は周囲を捜索する。こいつらが返り討ちにされた相手がいるんだ。まだ近くにいて負傷しているかもしれない。速やかに保護する。フリスト、お前もついてこい」
「はい!」
この気絶した男達、よく見れば全員が気絶しているだけで大きな負傷、出血などがない。まるで気絶だけさせたかのように。おそらくは全て同一人物の仕業。命を狙う複数の相手にそんな加減を?そんなもの圧倒的な実力差がなければできないはず。
路地裏の捜索を続けながら小声で先輩に呼びかける。
「先輩、返り討ちにしたのは只者ではないですね」
「わかってる。俺もさっきは負傷しているかもとは言ったが、おそらくはない。間違っても俺達が暗殺者だと思われないようにしろよ」
先輩も気が付いているようだ。
あの男達の実力が不明なので確信はないが、同じことを僕がやれるかといえば、あの人数、無傷では難しいと言わざるを得ない。
「こっちだ。こっちにまた倒れた男がいるぞ!」
壁に寄り掛かったまま動かない男。
こっちの男も先ほどの男と同じような格好。近くに落ちている短剣はこの男のものか?
「これは―――」
刃先が、切断されている。斬り飛ばされた、のか。アビリティか?武器破壊のアビリティが〈戦技〉のクラスに確かあったはず。いやそれにしては断面が綺麗すぎる。別の何かが原因か。
「フリスト、こっちの男も死んじゃいないが、さっきのより重傷だ。骨が何本か逝ってる。すぐに〈神聖呪法〉の使い手を呼ばないと後遺症が残りかねん」
「要請を送ります」
懐から笛を取り出す。笛は三種類。土色の笛はさっき警邏隊の男が使っていた戦闘要員の招集用。蒼い笛は要治療、〈神聖呪法〉の使い手の招集用。赤い笛は市民の避難誘導用となる。
蒼い笛の口に息を思い切り吹き付ける。
po―――
屯所に常駐している〈神聖呪法〉の使い手はいない。教会からここに向かうとなると時間はかかりそうだ。
「応急処置は終わった。ちょっと近くを見て回るぞ。痕跡があるかもしれない」
カンッ
「!誰かいるのか!」
音の聞こえた方向に警戒しながらも急いで向かう。
そこにいたのはフード付きのローブを着た···男か?暗がりのためか顔が見えない。
「こいつらと無関係って感じではなさそうだな。仲間か、敵対側か。いずれにせよ正規軍で保護する。フリスト」
頷いて一歩前に出る。
「そこの君。僕は正規軍人のフリストフロメット。ちょっとここで起きたことについて話を聞きたい。いいかな?」
怪しげなローブの剣士はこちらの投げかけに対して剣を抜いて答えた。
「やる気か!」
こちらも応戦するように抜剣する。
―――Ability 《遠当て》―――
「がはっ」
衝撃が体を突き抜ける。何とか膝をつかずに済んだが、吹き飛ばされて先輩と距離を離された。
今のが《遠当て》だって?まるで大男に体当たりされたような力だ。アビリティ発動の瞬間が見えていなければダメージを負っていた。
―――Ability 《峰打ち》―――
僕が吹き飛ばされて態勢を崩している間に先輩が仕掛ける。アビリティには使用後若干の硬直が発生する。その隙を逃す者は特戦隊にはいない。
接近しての振り下ろし。受け止めるのは不可能だ。決まる!
―――Ability 《刃流し》―――
先輩の剣が相手の剣と僅かに触れたかと思えば先輩の剣の辿る軌道がずらされている。
限定条件下で発動する防御系アビリティか!それにしても発動が早い!
逸らされた剣は相手を傷つけることなく通り過ぎ、先輩のアビリティは無力化された。先輩はアビリティ使用後の硬直が発生している。まずい!
「先輩!そのまま動かないで!」
―――Ability 《投擲》―――
先ほどのやり返しとばかりに、硬直の隙を突いて攻撃を仕掛けようとするローブの剣士。そうはさせない。先輩に当たらないように投げナイフで牽制する。
ローブの剣士は攻撃を中断。体を逸らし、迫るナイフを躱す。
先輩はその隙に隣まで後退し、態勢を立て直していた。
「やべえな。捕縛するには人が足りねえ。おそらく近接武器の攻撃を逸らすアビリティだ。下手に打つなよ。カウンターでやられる」
「はい」
最初にあった多少の油断はこの時になり、二人とも消えている。カウンター系のアビリティだとは思うが、特戦隊である僕の知識にない珍しいアビリティ。レア、もしくはユニーククラスの使い手だ。ユニーククラスだとすれば隊長以外では初めて使い手を見たことになる。
状況は有効打を持たないこちらが若干不利か。
「―――面倒だな。特戦隊か」
初めてローブの剣士が口を開いた。
「知っているなら投降をおすすめする。事情を話してくれないか。助けになるかもしれん」
「少し本気を出す。死なないように気を付けろ」
問答無用。
こちらと会話をするような気分ではないらしい。
相手の動きに警戒を強めると相手は先ほどよりも速く、左右に高速でステップしながら接近してくる。これでは《投擲》も当てられない。
「フリスト!俺が受ける!お前が決めろ!」
―――Ability 《耐え・・・
「無駄だ」
―――Ability 《ファストブレード》―――
また聞いたことのないアビリティ。
発動と同時、相手の体が突如横にいる先輩の目の前に現れる。あまりの速さに姿を目で追いきれない。
金属同士がぶつかり合う音がして振り返れば先輩は吹き飛ばされて動かなくなっていた。
先輩の剣がからからと音を立てて転がる。
「咄嗟に剣を間に差し込んだか」
「···先、輩?」
さっき先輩が発動しようとしたアビリティは防御系アビリティだったはずだ。それを貫通···いや、発動するよりも先に攻撃されたのか。
「先輩!起きてください!生きていますか!?」
「···」
正面のローブの剣士から目を逸らさずに声をかけるが、先輩からの反応はない。
気を失っているだけならいいが、重傷を負っている可能性もある。一刻も早く目の前の相手を片付けないといけない。そんな状況の中、再度剣を構える。
剣先が震えている。いや、震えているのは僕自身か。特戦隊の隊長と模擬戦した時にも感じた圧迫感、そして何をしても防がれる予感。まさかこの男が隊長と同じレベルの使い手だっていうのか。
「うおぉおおおおお」
―――Ability 《五月雨突き》―――
もはや捕縛を考える余裕はない。もし当たれば相手は死ぬかもしれない。そんなことが頭を過りながらも自身の扱える〈ヨーシュア流剣術〉の中で最も強力なアビリティを発動する。
無数の突きが相手の体に迫る。
当たれッ!
―――Ability 《刃流し》―――
数えるのも難しいほどの連続突きは終ぞ何も貫くことはなく、空を裂いた。
『戦いにおいて運否天賦に頼るようになればおしまいだ。そうなったら逃げた方がいい』
唐突に昔、父に言われた言葉を思い出す。
アビリティによる突きを打ち尽くし硬直による隙を晒した僕に向かって相手が反対に突きを放つ光景がゆっくりと流れる。
なぜ。どうして。あれほど訓練したのに。ここで終わるのか?なら一体何のために僕は。
自身の頭を貫かれる光景を幻視し、死を覚悟する。
一呼吸。二呼吸。
痛みは未だにやってこない。
ローブの剣士は引き絞った腕に入った力を抜いて剣を下ろす。
「なぜ···なぜ下げた。そのまま放てば終わっていた」
「いや、すでに終わっている」
ローブの剣士はいつの間にか外れていたフードを被り直し、下ろした剣をそのまま鞘にしまった。
···まさか逃げるつもりか!
「ま、待て!まだ決着はついていない!」
「だったら仕掛けてくればいい。そんな風に見ていないで、な」
ローブの剣士はそのままどこかへと走り出した。
止めないと。そんな意思に反して体は動かない。なんで。
逡巡する気持ちを整理できず、相手の姿が見えなくなると耐えきれず膝をついた。
「うぅ」
うめき声が聞こえてきた。先輩だ。まだ生きてる。
そうだ、薬が。支給された三級治癒薬がある。これを使えば。薬を使えば助かる。
まるで、何かに取り憑かれたかのように無心で先輩の応急手当を行う。
―――敗けた。
しばらくして追いついてきた応援の人員に状況を説明する。
―――完膚なきまでに敗けた。
―――言い訳を挟む余地もなく。
説明を終え、先輩が〈神聖呪法〉の使い手がいる教会まで運ばれていく。
僕自身も治療するか確認されたが断り、ついに手持無沙汰になった。
―――見逃された。
現着した後方支援部隊の人に様子を心配され、手渡された水の入った容器を握りしめる。そして何を思うでもなく水面を見つめ、そこに自分が映っているのが見えた。
酷い顔だ。敗北した男の顔。
なるほど、ローブの剣士が言った「終わっている」というのはその通りだったわけだ。こんな顔をした奴が追いかけてくるわけがない。自ら敗北を認めた男が戦い続けられるわけがなかった。
「なんて···弱いんだ」
弱さを自覚した心が軋んだ音を立てた時、空には日が昇り始めていた。