-3- 鍛冶師
-1-
部屋の隅で少女が小さく座り込んでいた。
うわ、びっくりした。どうしたんだ。もしかして腹でも下したか。だから肉は少し焦げるくらいがいいって言っただろう。
―――誰が食いしん坊だ。今日はちゃんと焼いたよ。
少女は顔を上げてこちらを睨む。
普段ならもっと強い言葉が返ってくるはずが、今日はいつもの勢いがない。
―――傭兵って戦う以外にも仕事があるんだってさ。
らしいな。
―――だったら戦闘訓練する意味ってあるのかな。雑用だけで日銭を稼げばよくない?
それだと夕食から肉は消えるが、いいのか?
―――それはだめ。
食いしん坊じゃねえか。ま、だったらやるしかないな。
俺達はこの都市では余所者。まともな職には就けないって傭兵組合で聞いた話、覚えてるだろ。他に選択肢なんてないぞ。
―――キンはさ。才能ないよね。
おっと唐突に懐を抉ってきたな。
俺今、お前の悩みを聞く態勢になってたよな。何で殴った?
―――なのにどうしてそんなに頑張れるの?
こちらの話を聞く気はない、と。
それで頑張れる理由ね。そりゃあ···なんでだろうな。人並みに生きたいからじゃないか?
―――人並み、か。生きるために誰かを殺す。その先に人並みの生活なんてあるの?
―――私さ、人を攻撃することができないみたい。
まだ誰も殺してない。そう反論しようとして開きかけた口を閉じる。
―――今日の依頼でそれがわかった。目の前にすると手が震えるんだよ。笑ってくれていい。
全く笑えねえ。冗談の才能は俺の方がありそうだな。···悪い。冗談じゃないよな。
ところで聞いたことあるか。傭兵が市民になれるって噂。
―――急に何?
まあ聞け。
噂だから確実なことは言えないんだが、領主に認められるほどの功績をあげれば傭兵でも市民になれるらしい。市民になってしまえば傭兵なんて辞めて安全な仕事に就けるからな。皆領主にどうやって顔を売るか作戦を考えてるようだったぜ。
どうだ?夢があるだろ。
―――まさか。それが本当だったとして、傭兵が領主に認められるだって?土台無理な話だよ。
いいや。できるね。
なんたってノンとラス、それにチイ、お前がいる。お前ら三人は並じゃない。成し遂げるだけの才能がある。俺はまだ役に立たないかもしれないがまだまだ成長の余地はあるからな。これからさ。お前らに付いて行けるくらいになれば夢では終わらない。
―――前向きだね。私はキンが羨ましいよ。
まさかそう言われるとは思わなかった。それを言うなら俺だろ。天才っ子め。
まあ、どうせ生きていくしかないんだ。だったら一緒に傭兵の頂を目指そうぜ。
―――目標変わってるし。でも皆の本当の目標は市民になることじゃないよね。もちろん傭兵の頂でもない。この際だから言っちゃうけど、私は皆と同じところを目指してないよ。
···何となくそうじゃないかと思ってた。
―――はは。知ってたんだ。どうする?やる気がない奴は実力が足らないよりもよほど邪魔になるんじゃない?ノンならそう言いそうだけど。
それでも俺はお前と一緒にやっていきたいと思ってる。
俺達はここで生きていくしかないけど、やり方まで受け入れる必要はない。傷つけるのが嫌なら別のやり方だってあるだろう。チイのやり方で構わない。自棄になってるみたいだけどさ。まだ自分に見切りを付けるには早いだろ。
だって俺達はまだ――――
~~
気が付けばベッドの上に横になっていた。
懐かしい夢を見た。
傭兵団を作ったばかりの頃の記憶。まだあの頃は四人しかいなかったし、一つの依頼を熟すにも手間取っていた。
それなのにあんなことを言って。俺も若かったな。
下を向けば簡素な紐でネックレスにした指輪が首から下がっている。
服の下にしまっていたが、ノンとの模擬戦の途中で出てきていたのかもしれない。宿に運んでもらえなければ盗まれていたかもしれない。助かった。
この指輪はアヴェの市民権を示す指輪だ。
俺が、いや俺達が市民権を得たのは、傭兵団解散直後のことだ。
魔物襲撃事件における魔物撃退の功績を対価として領主と取引をし、俺達は市民権を手に入れた。
正規軍は都市の治安を維持するための組織だ。本来は市民になることもできない傭兵とは天地ほどの立場の差がある。
その関係性が魔物襲撃事件で揺らぐことになった。見下していたはずの傭兵の活躍で大きな被害も出ないままに事件を解決され、面目は丸潰れとなったためだ。事件が解決したかと思えば別の問題が出てきて領主としても頭の痛いことだっただろう。
しかし、実はこの事実を知るのは当時傭兵だった者や傭兵組合、正規軍の司令部くらいで大半の市民はこのことは知らない。領主はそこに目を付けたようだ。
魔物撃退の功績をそのまま正規軍のものとする代わりに事件解決に貢献した傭兵に市民権を与える取引が領主から持ち掛けられた。傭兵組合を仲介して取引を進めたこともあり、それからはとんとん拍子に話が進んだ。チイが魔物として指名手配された後も多少揉めはしたものの取引自体は順調に進んだ。領主側は傭兵組合と揉めたくないという理由から。対して傭兵組合は傭兵を市民に格上げする明確な前例を作ることで傭兵達の士気を高め、仕事の完遂率を上げたいという理由から。そのためむしろ市民権を与えられる傭兵、特にケランを説得する時の方が揉めたくらいだ。
結果として俺達は表向き魔物撃退に協力したという理由で市民権を得た。
「ノンめ。めちゃくちゃに殴りやがって」
知らない宿で寝ていた理由を考えていると、昨日のことを思い出した。
殴られた箇所を擦ろうとして、どこが殴られたか分からず手が彷徨う。何で痛みがない?
上体を起こし、身体を確認する。
ノンにつけられた傷や腫れがない。蹴りで肋骨も折られた気がしたが、そちらも今は痛まない。
「ラスが治したのか」
ラスは〈神聖呪法〉の治癒アビリティの使い手。こんなことができるのはあいつしかいない。そう考えると気絶した俺を運んでくれたのもあいつか。···そういえば、飯代も払ってねえ。ラスがいて本当に良かった。
窓の外にアヴェの外壁が見える。
それによりアヴェの外縁通りにある宿であることが判明した。動けるのならさっさと親方の鍛冶屋に戻ろう。今日の仕事がまだある。
ベッドから出ると腰ほどの高さの机の上に紙が置いてあることに気づいた。
『明後日アヴェを発つ、とのことです。追伸 治療費は元仲間価格で~~になります。ご飯代は~~。支払は現金でお願いします。内訳は応急処置:宿までの運搬:···』
追伸には貸しの内容がそのままつらつらと続いていて、途中で読むのをやめる。
明らかに追伸の方が長い。そんなに払わせたいのか。一気に感謝するという気持ちが萎えてきた。いやありがたいことには違いないが。
よく見れば金額が俺の今の月収と同じじゃないか。無理すれば払えなくもない額なのが文句を言うのを躊躇わせる。
まさかとは思うが、俺の給料まで知っていてギリギリを請求しているわけではないよな。
「明後日か」
明後日までには共に来るか否か答えを出せということだろう。何だかんだ答えを待ってくれるのはノンなりの優しさなのだと信じよう。
ノン達と共にチイに会いに行くのは国に対する裏切り、直接的に言えば国と敵対することでもある。それほどまでにこの国の魔物に対する差別は根深い。
少なくともこの都市ではじいさんやばあさん、果ては子供だったとしても魔物は消えるべきだという思想が常識となっている。そしてその考えを許容する、いやむしろ助長するのがこの国の法だ。この国にいるだけで魔物という存在に対してどこまでも過激にならざるを得ない。例えば正規軍に捕まった魔物は労働力として一生こき使われ、従わなければ処刑となる。捕まる理由は “魔物”であることだけだ。
会話もできる。泣きも笑いもする。ただ、〈魔法〉が使えるというだけの違い。その違いがいっそ狂気的な差別を生み、その差別の中で成り立っているのがこのディアジストという国だ。
都市に潜伏して暮らしていた魔物の男がいた。
正規軍に捕まり連れていかれる際、罵倒を浴びせる女は男の婚約者だった。
街道で食べるものに困り、物乞いをする魔物の子供がいた。
それを見た商人の男は食事を与えると言って魔物であることを聞き出し、正規軍に引き渡して報酬を受け取った。
そんなことが当たり前に起きるこの国で魔物を庇うことは狂人のそれだ。
そんなことをすれば俺だけじゃない。鍛冶屋の親方家族にも迷惑がかかるかもしれない。
だが、ようやく掴めたチイの手がかりを放っておくこともできない。
チイに会いたくないのか。そう問われてすぐに否定できないのは確かにチイに言われているからでもある。チイはいなくなる直前、自分のことを追いかけてこないようにと言い含めていた。それを守ると言えば聞こえはいいが、その実怖いだけなのかもしれない。
そう、俺はチイに会うのが怖いんだ。
「印を決めてない」
現実逃避と理解しつつもふと昨日やり残した仕事のことが頭をよぎる。
仕事は熟すべきだ。まだ時間はある。
そう言い訳をして、言い訳していることも自覚して逃避するように宿を後にする。
自分でも分かっていた。色々悩んでいるようで実際、答えは出ているのだ。言葉にするのに勇気がいるというだけで。
チイを見捨てることなんてできない。ラスとノンも命を懸けている。
分かっているんだ。そんなことは。
悶々としつつも鍛冶屋の前まで到着すると、言い争いが聞こえてきた。
片方はどうやら親方だ。
「すまねえな。悪いとは思っている。だがこの鎌はこの値段以下にはできねえ。それが払えねえとなればもう一度俺が元の価格の半額で新しく請け負う」
「話が違う!今日から作業があると伝えていただろう。金額も最初に合意していたはずだ。今更値上げだなんてよう」
「だからそれは謝っているだろう。加護付きの品になっちまったんだ。これをもとの価格で売っちまったら商売にならねえ。分かってくれねえか」
「そんなことは知らん!」
徐々に場が温まって今にも掴み合いに発展しそうな空気だ。通行人も立ち止まって店の様子を覗っている。
どうやら親方が値上げ交渉をしているらしい。
よく見れば親方の持っている鎌には見覚えがある。
あの鎌ってまさか。
「親方」
「キンか。おまえ、いきなり引き当てるなんて運が良いな」
親方はこちらに気づくと先ほどまでの言い争いを忘れたかのように嬉しそうにバンバンと俺の肩を叩いた。
そこに割り込むようにもう一人の男が口を開く。
「あんたは?」
「その鎌の製作者だ」
「あんたか。困るんだよな。あまり勝手をされると」
溜息をつき、「困った困った」とわざとらしく肩をすくめる男。
事情を聴けば、昨日完成した鎌に“加護”が付与されているらしい。
加護とはこの界隈に身を置いておけば必ず耳にする道具に宿る不思議な力のことだ。原理はよく知らない。
有名な話だと火を灯すとその光以外が見えなくなる失明のランタンや装着者に対して〈魔法〉に対する不可視の障壁を作り出す腕輪が挙げられる。どちらも国宝とされていると聞いたことがある。
加護の内容は様々あり法則の完全な解明はされておらず、道具に加護が付く条件も不明だ。まさに神のみぞ知るといったところか。
その希少性の高さから加護付きの道具は効果の内容に関わらず市場では高額で取り扱われており、有用な効果であれば土地と交換されることもあるらしい。
鎌の加護の効果が気になるところだ。効果次第では危険で売りものにならない可能性すらある。
「効果は?」
「こいつは【軽量化】だな。気づかなかったのか?」
鎌を受け取り、その重さに違和感を抱く。
たしかに軽すぎる。
使った素材から予測される重量と実際の重量に差がありすぎる。
おかしいのはそれだけではなく、そもそも完成した時点ではこんな重さになってはいなかった。
「そんなはずは」
「気づかなかっただけじゃねえのか?何にしても加護付きになっちまったのならしょうがねえ。いくら効果が大したことがなくとも元の価格じゃ話にならねえ。実際は今交渉してる額だって安いんだ。伝手のある好事家に売ればもっと高く売ることもできる」
「いやいや、あんたらが勝手に加護付きにしただけだろう。その鎌は俺が買ったもんだ」
「支払いはされてねえ、ならまだ売ったことにはなってねえだろう」
「製作依頼を出したのは俺だぞ!なら俺が受け取るのが筋だろうが!」
「だ・か・ら!優先的に交渉してやってるじゃねえか。新しい鎌も半額でやってやるとも言っているだろう」
眉間にしわを寄せながら、再度言い合いを始める二人。
お互いの自身の意見が正しいと主張し、平行線になっている。
このままだと殴り合いになるのも時間の問題かもしれない。
「君達、何を揉めているのかな?」
言い合いをどう止めようかと思案していると後ろから声をかけられる。
振りむいた先にいた人物は正規軍の制服に身を包んだ細身の若い男だ。こんなことを言ってはなんだが正規軍人らしからぬ爽やかな風貌の男だった。
どうやら揉めているのが目立ってしまい、見るに見かねて事情を聴きに来てくれたようだ。丁度良いので仲裁してもらおう。
事情を説明すると軍服の男は頷き、今もこちらを気にせず言い合いを続ける二人に近づく。
「そこのお二人。少しいいかな」
直接肩を叩かれ、親方もようやく軍服の男の存在に気づいた。
「な、なんだ?」
「事情は聴いたよ。加護付きの品で揉めているようだね」
「あ、ああ···そうだが」
流石に親方も軍人にまでは強く出られない様子だ。
「僕は正規軍特殊作戦部隊所属のフリストフロメット。こういうのは警邏隊の役目ではあるが、これ以上熱くなられると周りの迷惑になりかねない。あまり慣れていないが仲裁させてもらうよ」
そう言って正規軍の制服の胸元に刺繍された片翼の紋章を軽く叩く。
「特戦隊!?···初めて見たぜ。噂とは少し違うようだが」
親方は目を見開き、フリストフロメットの上から下までを視線が往復する。
親方がでかいのもあり、見下ろす形になるほどの身長差。
特戦隊を名乗った男は子供というほどではないが、全体的に華奢な印象。しかも軍人としては珍しいほど造形の良い顔を持つ男だ。さぞかし女達が放っておかないだろう。
「正直な感想だね。見た目に威厳がないのは自覚しているよ」
「い、いや。文句があるわけじゃねえよ」
あの親方でさえたじろいでいる。それほどまでに特戦隊の名前はこの国において有名だ。
正規軍特殊作戦部隊、通称“特戦隊”。
特戦隊は正規軍の中で最も戦いに特化した部隊として知られている。
正規軍の中でも戦うことに秀でた実力者のみで構成され、いざという時の戦力としてもさることながら通常の警邏隊だけでは対応できない魔物や盗賊団の討伐などの役割を担っている。
そのため傭兵の仕事が奪われることも多く、いけ好かないエリート戦闘集団として傭兵の間でも煙たがられていた存在だ。
その特性上遠征に出ていることが多く、都市で見かけることはほとんどない。実際、傭兵を辞めてからは初めて特戦隊の隊員を見た。
なお、正規軍はそれ以外にもディアジストの各都市に配備されている第一から第五常駐部隊の通称、警邏隊。民衆の窓口であり組織運営支援を行う後方支援部隊。指示系統の最上位に位置する司令部が存在する。
「その加護付きの鎌···」そう言って指差すのは俺の手元にある鎌。
「【軽量化】の加護が付いているのであれば、店主の言う価格は法外というほどでもない。どうしても元の価格というのであれば、農具を数打ちして在庫のある別の鍛冶屋に紹介するというのはいかがか」
「こっちはそれでもかまわねえ」
「い、いやそこまでする必要は···」
その提案に対して親方と言い合っていた男は唐突に口ごもる。
「今日中に鎌が必要だったのでは?」
「そ、そうだが」
「では問題ないでしょう」
「···ああ、問題ない」
男の様子から何となく流れが読めてきた。
どうやら男が求めていたのは加護付きになって価値の上がった鎌のようだ。
安く手に入れて売り払うつもりだったのかもしれない。油断も隙もないな。
その後男は色々反論しようとしてはフリストフロメットの眼光で抑えられ、最後には諦めて男は親方と共に別の鍛冶屋に向かって立ち去っていった。
親方の提示した額でも十分安かったようだし、それに妥協していれば多少は得をしたはずだったのにな。欲をかきすぎると何も得られないという教訓になったことだろう。
「助かった。ありがとう」
頭を下げる。
「そんな堅苦しくしないでいいよ。まだまだ特戦隊では若輩者でね。畏まられるのは居心地が良くないんだ。ところで良ければその鎌をもう一度よく見せてもらえないかな」
「あ、あぁ。いいけど」
フリストフロメットは手渡した鎌を真剣な表情で観察する。
「これ、良い品だね」
「そりゃあ加護付きになったからな。価値は高いってさっき自分でも言っていただろう」
「そうじゃなくて。これ加護がなくても元の価格では安いと思うよ」
そう言ってフリストフロメットは鎌を返してきた。
「金属部分に歪みや不均一な厚みがなく、持ち手の部分にも滑り止めの工夫や重心の位置の調整がされている。この品質なら加護無しでも相場の二倍くらいはしそうなものだけどね」
フリストフロメットの言った内容は確かにこの鎌を作る上で気を遣った部分ではある。そこに気づくとはお目が高い。
「やけに詳しいな。鍛冶経験者なのか?」
「いや、鍛冶の経験は残念ながら。でも目には自信があってね」
フリストフロメットの目はこちらを射抜くように真っ直ぐ見つめてくる。
「目利きの力はどんな職でも役に立つ能力だろう?特に特戦隊なんてものにいると金属製の物にはある程度は詳しくなったよ。いつも身に着けている命綱だからね」
なるほど。正規軍人は多かれ少なかれそういう面でも優れているのだろう。特戦隊ともなればそれほど不思議でもないのか。
「これだけの技術があれば正規軍の専属でもやっていくことができると思うけど、興味はないかな」
「い、いや。農具しか作ったことがない上に鍛冶師見習いだからな。専属なんてとても」
「見習い?だとすれば才能があるんだね。尚更スカウトしたくなってきたよ。名前はなんて言うんだい?」
「···キンだ。フリストフロメットさん」
「フリストで良いよ。呼びにくいからね。僕はキンと呼ばせてもらうよ」
「あ、ああ、わかった。フリスト」
距離を詰めるのが早い男だな。女にするなら似たような奴を知っているが、男相手に同じことをしてくるのは新鮮さがあるな。思わず気後れするくらいに。
「ありがたい話だが専属は断らせてもらうよ」
「そうか。それは残念。···そうだ、代わりに剣を一本打ってくれないか。もちろんこれも個人的な依頼だから断ってくれてもいい」
「それは、親方に聞いてみない事には···」
「それでいいよ。僕のメインはこれなんだけど、予備武器も欲しいと思っていたところなんだ。僕はキンの打った剣を見てみたいし、実戦で使えるほどの物ならこれほどの宣伝はないよ?なんたって特戦隊だからね」
フリストは冗談のように言うが、特戦隊を宣伝に使うのは効果的だろうな。
正規軍の装備は専属の鍛冶師がオーダーメイドで製作しており、その鍛冶師達は業界でも一目置かれる。予備とはいえ、それらに混じって俺のような職人の剣を持っていれば見る人が見れば目立つだろうし、それを使っているのが特戦隊員であれば正規軍内の注目も集まることだろう。にしてもぐいぐいくる。まさか狙われていたりしねえよな。性的に。
フリストは仕事が残っているとのことで、「今回みたいに困ったら声かけて。友達を助けに行くのは当然だからね」とだけ言い残しその場で別れた。よかった。
しかし、いつの間にか友達にまでなっていたらしい。最後まで距離感のおかしい奴だったな。
一人になり、改めて手に持った鎌を見つめる。銘を刻まないと。
店の中を通り過ぎ、鍛冶場へ向かう。移動しながら考えを整理しようとするも思考がごちゃごちゃしてまとまらない。それに引きずられるように足取りも重くなる。
ふと自身の金槌が目に入る。こいつとはここで働き始めてからの付き合いであり、傷だらけの見た目にすら愛着がある相棒だ。それを見て思うのは
「やっぱり剣、鍛えてみたいよな」
結局は俺も今は鍛冶師。それに元傭兵としても興味はある。
しかも正規軍が使うような品質の良い剣であれば、鍛冶師見習いの給料の数カ月分で市場に売り出されることだってある。加護付きは別としても農具などとは比較にならない相場だ。一攫千金になるかもしれない。
「戻ったぞ。あの客、最後までキンの鎌を惜しんでいたぜ」
親方が戻ってきた。
あの騒いでいた客は無事、知り合いの農具販売店で普通の鎌を買って帰ったらしい。
「結局この鎌、売れなかったのか」
「いや、むしろもっと高値なるから問題ない。加護付きってのは道具として使う奴もいれば、珍しさからお守りのように使う奴もいる。多少金に余裕のある奴なら需要はあるだろう」
なら、いいか。
できるなら飾らずに使ってほしいものだが、使い方なんてのは買った奴の自由だ。贅沢は言えない。
「そうだ。親方に相談が···」
スカウトの話は伏せて、個人依頼の話だけを親方に説明すれば親方は笑った。
「色々と悩んでるみてえだが、やりてえならやればいいじゃねえか。言っておくがそんな機会滅多にねえぞ?俺なんて若い頃に自作の剣を持って正規軍に売り込みに行ったこともあるが、お前のように評価されたことはなかったぜ」
鍛冶師は農具職人、家具職人、珍しいところだと楽器職人だったりと様々な専門性を持つ。
それぞれの分野で求められる技術は異なるため鍛冶師の棲み分けはされているが、その中でも花形とされている分野が存在する。
一般的に花形とされているのは武器職人、鎧職人、装飾職人。鍛冶師を目指す人のほとんどが最初はそれらに憧れるらしい。親方もその中の一人だったようだ。
「俺はその時に武器職人の道を諦めたわけだが、キンは間違いなく俺より才能がある。今の俺でもここまで均等に鉄を加工するのは時間がかかる。運が良いだけかもしれんがあげくには加護まで付いちまって。俺の作品に加護が付いたことなんか一回もねえぞ。これで最初の作品なんだからもはや悔しいとすら思えん」
親方は鎌を一瞥し、屈託した雰囲気など一切見せずに笑った。俺にはそれがどういった感情を伴った言葉なのか表情からは読み取れない。
昔傭兵だった頃、あれほど欲していた才能。鍛冶師となってまさか自分が持つ者として扱われるとは思ってもみなかった。嬉しいかと問われればそうなのかもしれない。しかし少なくとも親方のように誇れるほどの努力もない俺が言えることは何もない。
親方は俺のそんな心情を察したのか「気にするな」と告げる。
「今更だぜ。自分に大した才能がないことなんてな。なら、そうだな。名乗るときは“ヤコフの弟子”とそう名乗れ。お前が有名になりゃ俺も鼻が高い」
がははと笑う親方、ヤコフは普段より大きな声で笑い、でかくて固い手が俺の肩を力強く叩く。
「あとな。他に何を悩んでるか知らねえが、それも同じだ。とりあえず気軽にやってみろ。お前はまだ躓いてすらいねえんだ」
わかんねえと思ったか。分かりやすいんだよ。キンは。
そう言い、肩から手を離す親方。
「何のことだか」
「昨日なんかあったろ?さっき店の前で見た時も辛気臭い顔してたぜ。話さねえなら聞かねえが、人並みに可愛いところもあるじゃねえか。弟子ならそんくらいの可愛げは持っとくべきだよな」
「成人して結構経ってる男に可愛げなんかいらんでしょう」
「まだまだガキだよ。お前はな」
ちなみに話されても無責任に背中を押すことしか俺にできることはねえと親方は空めく。
悩んでもいい、か。敵わねえな。ほんとに。
チイのことで後悔はもうした。だったらせめてこれ以上後悔を重ねないため、怖いままでも前に進む。行き当たりばったりでいい。止まる方が今は怖い。
少しだけ体が軽くなった気がした。
「決めた。とりあえず一つずつ片づけることにするよ。まずは俺にまともな剣が作れるのかどうか、試したい。親方の知る剣の鍛え方を教えてくれ」
改まって頭を下げる。
フリストの依頼を受けて思ったのは剣を鍛えてみたいという欲求だった。今回はそれに従ってみることにする。これも行き当たりばったりというやつだ。普段の頼み事とは違う。少し勇気のいる頼みでもある。
慣れない頼みで深く下げた俺の頭に親方から声がかかる。
「いいぜ。専門じゃねえが俺の師匠に教えてもらったことなら教えてやる。鍛冶場の準備をしておけ。明日は火入れからできるようにするぞ」
「了解」
今後どうなろうとここで剣を打つことはきっと意味のあることだ。
俺はそのまま親方の大きい背中を追いかけた。
フリストは正規軍に入隊して日が浅い。持前の戦闘センスと生まれの環境により瞬く間に特戦隊に抜擢された期待の新人。仕事や訓練がないときは暇を持て余しがち。