-1- 再会
初投稿。お試しも兼ねて。
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よく世の中には流れがあると言う。
流れとは何か。流行りや傾向、言い方は色々あるが要するに集団が同じ方向に進もうとする力だと私は考える。
この世の中で時々、自分の人生のどこまでが自分の意志による行動だったのか判らなくなることはないだろうか。知らない誰かに背中を押されて進む。そんな感覚はないだろうか。
もしかすると昨日寝坊したのは誰かの意志によるものかもしれない。そのまま慌ててベッドから落ちたのも誰かの意志によるものかもしれない。
とまあそんな風に人のせいにしたところで現実は変わらない。瘤ができた頭をさすりながら今日もまた自らの意思によってこの記録を書き残す。
―――これはまだ、誰も自身の常識を疑っていない頃の話である。
井戸から水を汲み上げるとその水面にキラキラと朝日が映る。
汲んだ水を頭から思い切り被る。流石にこの時期だとまだ少し寒い。だがこの後どうせ熱くなるのだから問題ないだろう。
もう一度汲み上げた水を作業場へ運び込む。何往復もする疲れる作業だが、以前は寒さで井戸の水面が凍っていたことを考えれば、今日はまだましだ。
何度か井戸と鍛冶場を往復し、ようやく必要な分の水を運び終える。朝にやる作業はこれでおしまいだ。軽く息を整え額の汗を拭う。
今日は農具製作依頼の一部を初めて任せられた記念すべき日。
俺がこの鍛冶屋で働くようになり、どれくらい経つのだろう。これでようやく雑用だけだった仕事にも色が加わる。鍛冶師として名乗りを上げても許されるのではないだろうか。
ここの親方は奥さんと夫婦二人で鍛冶屋を経営している。ここ最近はそこに親方家族の念願だったらしい娘が三人目に加わり、その厳めしい顔が緩む程に親方の機嫌も良くなった。それが後押しとなったのか。「この草刈り鎌の依頼、代わりにやってみるか」と昨日の昼間、初の鍛冶仕事の許可が下りた。
親方の鍛冶屋は鍛冶場に隣接した店で注文を受け、オーダーメイドで商品を提供、販売している。しているといっても頻繁にオーダーメイドの依頼が入ることはなく、普段は修理、修繕依頼を引き受けることで生計を立てている。そんな中で今回の鎌の依頼は珍しくもオーダーメイドの製作依頼だ。十回来客があれば八回は修繕依頼、残り二回は陳列棚に並べられた中古品の購入、というのが通常のこの店で、それがどれだけ珍しいことかわかるだろう。
親方は路頭に迷いかけていた俺に働き口を与えてくれた、言ってしまえば恩人である。鍛冶のかの字も知らなかった俺に技術を教え、今回仕事を任せてくれた。子弟というには若くもない俺にそこまで良くしてくれた親方の信頼には応えたい。
ある傭兵団に所属していた時期がある。
所属と言っても正規軍のようなしっかりした軍隊とは違い、数人で構成された小隊規模の気楽な傭兵団だ。特別な決め事もなく、仕事の時だけ集まる。そんな傭兵団。
その頃は傭兵として依頼を熟し、何とか食つなぐ生活を続けていた。長く続いたその生活も終わりは一瞬。ある事件を切っ掛けに傭兵団は解散し、団員はばらばら。その当時は元傭兵という肩書のせいでまともな職に就くこともできず、宿代を支払えなくなり文字通り路頭に迷った。
傭兵というのは言ってしまえばそれ以外で生きていけなくなった奴のための職業だ。教養もなく、後ろ盾も金もない。そんな犯罪者の予備軍のような奴らが生きるために仕方なく就く職業だ。···職業か?いやまあ、それは置いておいて。市民から嫌われるのも納得できるというものだ。傭兵組合という組織が受け皿になり、依頼を斡旋することで成り立っているが、いつ犯罪者になるか分かったものではない。
しかしそんな誰でもなれる傭兵は、誰でもなれるからこそ続けるには才能が必要になる。
依頼の過程で怪我をして引退、というのはまだましな方。傭兵組合で依頼を回されるようになるには組合から信用を得る必要があり、信用が得られなければまともな仕事は回ってこない。顔を見なくなったかと思えば、どこかで野垂れ死んでいることも珍しくはなく、野盗になって逆に討伐依頼が出されていることすらある。そういう意味では元傭兵団の皆は解散するまで誰一人欠けることはなく、傭兵として生きていけるほどの実力が備わっていたということだろう。
今日はその元傭兵団の皆で集まって食事をする約束がある。切っ掛けは元団員の一人から手紙が届いたことだ。···あれ?よく考えたら今住んでいる拠点の場所って誰にも教えていないよな。一体どうやって居場所を知ったんだ。
手紙によると俺を含めほとんどの団員が今もまだこの都市“アヴェ”を拠点に活動しているらしい。傭兵団を解散してから団員だった奴に会うのはこれが初めてだ。同じ都市にいてここまで顔を合わせないこともあるとは。
手紙には場所と時間の指定があった。今日の日付で日が暮れる頃。昔依頼終わりに利用していた酒場に集合とのこと。俺は今更こんな手紙を送ってきた理由も気になるため行ってみるつもりだが、手紙の送り主は別としても他の奴らはほとんど来ないだろうな。元仲間と言っても個人主義な奴ばかりだったし、それに全員の仲が良かったわけでもない。
「それなら期限を延ばしてもらうよう交渉してもいいが、どうする?」
「問題ない。日が高い間には仕上げてみせるさ」
「そう言うなら任せるが」
親方は気を遣ってくれるが草刈り用の小型の鎌であれば一日あれば問題なく仕上げられるはずだ。俺自身、鍛冶仕事の経験はないが、鉄を鍛える練習だけは馬鹿みたいに繰り返した。そこまで大きな誤差はないはずだ。
親方から渡された設計図を作業台に広げ、昨日のうちに用意した材料を確認する。
早速取り掛かるとするか。
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実は鍛冶の工程は大きく分けると『不純物の多い鉄鉱石から鉄を製鉄する』、『製鉄した金棒の形を整える』、『鑢をかける』の三段階しかない。
特に品質については最初の製鉄、つまり素材を作るところでほとんどが決まる。ここが熟せるだけでも売れる物ができるだろう。しかしそれが如何せん難しい。暇さえあればずっと鉄を叩いているが、やればやるほど課題が見えてくる。出来上がった品を親方に認められたのもつい最近のことだ。
ホドで熱せられて赤みを帯びた金棒を無心で叩く。
こうして繰り返し金槌を振り下ろす作業をしていると傭兵だった頃にしていた戦闘訓練を思い出す。
あの頃も只管に剣を振り回していたな。いや、あれはできないと命を失いかねないから、今ほど余裕はなかったか。
金床に残った塵を払い、店の外を見れば日が傾き正面の建物の影が伸びてきていた。
時間はかかってしまったがおかげでほとんど完成した。もう少しこだわっていれば約束に間に合わなかったことだろう。危ない。危ない。
仕上がった鎌を手に持って最後に銘を打ち込む作業に移る。
生みの親である鍛冶師の責任を示すため、銘には名前と独自の印を入れる。印は鍛冶師それぞれで決めた絵のようなものを刻むことが多い。流石に親方と同じものというわけにもいかないし。どうしたものか。
親方の印は牙を模ったものだ。何だが少し意外である。家具と農具専門の他の鍛冶師はもっと“家”とか“野菜”とか専門に合わせた印が多い印象だった。製作者の専門分野が印を見ることで判断できるようにするためだが、親方の印はその法則からは外れている。
牙っていうと武器職人に多いイメージであるため、昔はそっちでやっていたのかもしれないな。
それはさておき鍛冶師にとって印は自分の作品を表すシンボルであり、一度決めたら変えられないという暗黙の了解もある。こだわりもないし、ありきたりに農具の印とかにするか?うーん。
「キン。できたか?」
悩んでいると親方がちょうどいいタイミングで店から鍛冶場に戻ってくる。
「銘の印を考えていたところ。親方は“牙”、だよな。どうしてこれにしたんだ?」
親方は自身の作品にある銘を見つめると何かを思い出すように宙を見つめる。
「あーそいつは俺が若い頃、まだ師匠のとこで修行していた頃にな。師匠の印をまねて作ったんだよ。師匠はこんな感じの鹿の角を模った印だった。そいつは師匠の地元にいる珍しい鹿だったらしくてな。それで俺も動物が良いかと思って牙にしたってわけよ」
親方の師匠の話はこの家にいるとよく耳にする。
武器職人として有名な人だった、らしい。弟子も多く取り、人格者でもあったそうだ。よく考えれば師匠が武器職人であれば弟子も武器職人になるのが普通かもしれない。
「親方ってやっぱり昔は武器職人だったのか?」
親方はがしがしと頭をかき、咳払いをする。
「まあな。とはいえ武器だの鎧だのは今じゃ傭兵くらいしか買ってくれる客がいねえ。正規軍は専属の職人がいるしな。この都市じゃ女房を食わしてやれねえから諦めたよ。師匠はでかい規模の傭兵団を相手に商売していたが、最近はそんな規模の傭兵団も少ねえ。っと余計な話だったな。それで銘だが、お前この後予定があるだろう。印が決まってないなら入れるのは明日でもいい。今夜にでも考えておけ」
それもそうだ。
親方の提案に頷いてさっさと道具を片付ける。
「······お前がどんな印にするか楽しみだよ。もういいからさっさと行きな」
何を期待しているのか。片付けを終えるとにやりとした親方に背中を叩かれ、そのまま店から追い出された。
流石に作業上着を着たままで飯は食えないよ。親方。
がやがやとした喧騒が中央通りからは聞こえなくなる時間帯。
逆に騒がしくなってくる場所もある。
今歩いているのは仕事を終えた人達が集い、労うための酒場がある外縁通りだ。
外縁通りは文字通り都市の外側を一周するように敷かれている大通りだ。アヴェの市民は都市の中心よりに住んでいるため住宅も少なく、都市外からの来訪者向け、つまり市民権を持たない者に向けて営業しているような店が並んでいる。
見渡せば複数の都市を行きかう行商人、旅人、吟遊詩人、そして傭兵が目に入る。
傭兵だった頃、俺達はアヴェの市民権を持たず、必然的にこの辺りの店で集まることが多かった。
この国では原則職の斡旋、施設の利用には市民権が必要になる。都市によっては市民権を持たない者の行動可能地区が決められている場合もあり、明確に格差が存在する。そのため各都市の市民権を求める人の声は常に多い。
しかし市民権を持たない人間に市民権を与える機会は驚くほど少ない。金を湯水のごとく都市の領主に寄付することで手に入れることもできるそうだが、そんなことができるのは大商人くらいで普通は無理だ。
そんな背景もあり、こういった地区では市民権の証である指輪の強盗はよく聞く話で、余りにも多い被害件数に頭を抱えた領主が盗難対策を施すようになるくらいだ。その結果指輪には特殊な加工がされるようになり、しばらく期間を置くと変色して見た目が変わる特徴がある。変色した指輪は使えないように法で定めているため、定期的に新しい指輪と交換しないといけない。しかし市民に登録された本人でないと交換できないように正規軍が厳しく取り締まっているため、奪った犯人が成り代わることはない。
だったら何度も新しい指輪を盗めばよいかと言えば、そうともいえない。強盗だってリスクはある。それを繰り返していつか正規軍に捕まるくらいなら、直接金を奪った方がましなはずだ。指輪では腹は膨れない。実際、被害は減ったらしい。
ちなみに紛失した人は前回交換してから変色して完全に使用できなくなる期間が経過するまで新しい指輪を発行することはできない。それが嫌なら盗られないようにしろということだろう。
ちらほらと見たことのある建物が見えてきた。
この辺りに来るのも久しぶりだ。流石にまだあまり変わってはいないな。
傭兵団を解散してからは一度も来ていない。
昔はよく世話になったが、酒場の店主はまだ現役だろうか。
ついに見覚えのある店の看板を見つけて中に入ると天井から吊るされた低い位置にある照明や丸く太い木のテーブルと並べられた料理、酔っ払ってよろめきながら店を出ていく客といった懐かしい光景が出迎えてくれた。懐かしいと言っても決して良い意味ではない。むしろ傭兵だった頃の貧しかった生活を思い出して気分が落ちる。
「いらっしゃいませ!おひとりですか?」
「え?」
唐突に女性に声を掛けられ驚き、顔を見てもう一度驚いた。
溌溂とした雰囲気もあってか、可愛らしい女の子だった。この辺りの店で女というだけならまだ少し珍しい程度だが、その雰囲気からは場違いな印象を受ける。少なくとも日が沈んでから見かけるような子ではなかった。
咄嗟にもう一度店を出て看板を確認する。
間違いない。この店だ。
こんな若い女の子がいるような店ではなかったはずだけど。
「ああ、連れが先に」
驚いてしまったことがどこか気まずく、誤魔化すついでに店内を見渡す。
すると見知った顔がこちらに片手をひらひらとあげていた。
「いた。あそこだ」
「そうなんですね。では注文決まりましたらまた呼んでくださいね!」
一見して普通の女の子だ。店主の娘か?でないとこんな場末の酒場にいる理由がないだろう。
疑問に思いつつも足は目的のテーブルへと向かう。
さっきの子を視線だけで追いかけるとすでにその子は別のテーブルで注文を受けていた。本当に店員みたいだ。この酒場は変わってしまったのかもしれない。
「見すぎですよ。まあ驚くのも分かりますがね。最近は店の売り上げが落ちているらしいですからね。対策として看板娘を募集したようです。まさか雇えていたとは思いませんでしたが」
向かった先のテーブルには長身の女とメガネをかけた男がいる。
長身の女は酒が入っている木製の容器を口に運ぼうとして、メガネの男の発言に眉を顰めて動きを止めた。
「······貴様、この店来るのは久しぶりだと言っていなかったか?」
「噂はどこにいても聞こえてきますよ」
「相変わらず気味の悪い奴だ」
長身の女、ノンはすらりと長い手足と切れ長の目を持つ。黙っていれば美人なノンはその見た目に反して堅苦しい言動で近づきがたい。その反対に座るメガネの男、ラスは垂れ目で一見穏やかそうに見えるがどこか胡散臭い雰囲気を漂わせた男だ。独自の情報網でもあるのか。普通は知らないことも知っているところとかが、胡散臭さに拍車をかけている。ちなみに俺の暮らしている宿に手紙を送ったのもこいつだ。
この二人が今日会うことになっていた元傭兵団仲間だ。
「驚いた。ノンも来たんだな。他の二人は?」
「ヤンティスは野暮用だと断られました。ケランはそもそも居場所が分からず傭兵組合に言伝を頼みましたが、たぶん来ないでしょうね」
ヤンティスはどうせ女だろうな。ケランはまあ、うん。当時から付き合いの悪かったあいつが来ることの方が想像できない。
「···貴様、最近は鍛冶屋で働いているとこいつから聞いたが、本当か?」
「本当によく知ってるな。順調にやってるよ」
「そうか」
ノンは興味があるのかないのか、憮然とした表情で手に持った容器に口をつける。
昔から他人に干渉しないノンが俺の事を僅かにでも気にしていることに面を食らう。心配をかけていた、のかもしれない。傭兵団解散直後は本当に路頭に迷いかけていたため、あながちその心配も見当違いでもない。自身の情けなさに思わず乾いた笑いが出た。
一方でノンは傭兵を辞める直前、正規軍に入ると宣言していた。
「そっちこそ、その様子だと正規軍に入れたんだよな。調子はどうだ?」
「私は昔と大して変わらん」
「そんなことないと思いますけどね。ノン小隊長殿?」
「小隊長?」
ノンはラスが話したことに目を細めて睨み、それでも堪えた様子のないラスにため息を吐く。どうやらラスは今のノンについての情報を把握しているみたいだ。慣れているから俺とノンは軽く流しているが、普通は引かれても文句は言えないからな。
「年越し前くらいの時期か。小隊の隊長に就任した」
「すごいな。もう出世したのか」
ノンはもともと傭兵団の実質的なリーダーだった。
冷静な判断や視野の広さなどが人よりも優れていたからという理由もあるが、本質は違う。単純に他の奴では団員全員をまとめることができないからだ。人数こそ少ないもののそれほどに癖の強い傭兵団だった。
しかも傭兵としては珍しい女性。傭兵団を指揮している姿を目撃した他の傭兵達からは団員達を従えるその姿から“女頭領”、“飼い主”、“暴虐女帝”などと呼ばれてもいた。呼んだ奴は見つかり次第ノンにぶん殴られていたが。
傭兵団が解散した後に受けた正規軍の入団テストも余裕で合格したらしい。
そう考えると小隊長になるのも時間の問題であったように今は思う。
「ラスはどう?たしか教会に正式に入会していたよな。」
「ええ。驚くかもしれませんが私は今、教会の次期司教です」
「はあ!?司教!?」
思わず立ち上がってしまった。慌てて倒れた椅子を元に戻して座り直す。
ラスはこちらの様子を確認し、待っていましたと言わんばかりに悪戯っぽく笑いながらメガネをくいと押し上げる。
うぜえ。仕草がいちいち鼻につくのは昔から変わっていないようだ。
教会は神の教えという形で市民権を持つ者に教育を施し、働き口などを紹介してくれる組織だ。正式にはフレイス教会というらしいが、他に似た組織がないため“教会”とだけ皆に呼ばれている。
本来の宗教組織としての側面もあるが、教会も今では布教活動を熱心にしているわけではないため、ただの住民としてはそこまで気にしている人は少ない。
とはいえ教育機関として昔から存在し、当たり前に生活の中に溶け込み根付いていることもあり、教会の教えは国において強い影響力を持つ。教会が国の方針を左右することもあるという噂まである。
そんな教会において舵取りを担う指導者達の名称が“司教”である。下手をすれば領主以上の発言力を有する。偉くなったものだ。なんてノンは言うが、とんでもないことだ。
「正式な任命はまだ先ですので今は司祭ですがね。あまり大きな声では言えませんが前任者が高齢のため、代替わりすることになり私が推薦された形になります」
教会は助祭、司祭、司教の順番で立場が上がっていくらしい。しかし正規軍とは違い、完全に縦社会というわけではないらしく、お互いに強制力を持った命令といった干渉はできないようだ。
「そうか。すごいな。他にもライバルはいただろうに」
「所謂コネですね。原則、司教は本人の意志のみで司祭の中から自身の後任の司教を決められます。教会内部は各司教の勢力間で派閥争いがあちこちで起きていますが、司教の選定が隙だらけのルールなので表立って派閥争いに参加せずとも前任者に選出されることができました」
「教会でも派閥なんてものがあるのか。純粋に実力で選ばれたって感じじゃないのか?」
「教会だからこそですよ。普段から商売と政治に関わっている人間が多い組織で争いが起きないわけがありません。それにコネも実力なので素直に褒めていただいてもよいですよ」
「そりゃ、そうだな」
ラスは遠い目をして笑う。苦労してそうだな。
しばらくそんな他愛無い話をした後、追加の注文をするべくさっき見ていた店員の女の子を呼ぶ。
「はーい!」
「これ追加で」
酒の入っていた容器を持ち上げる。
「承りました!···ところで一つお聞きしたい事のですが、皆さんは“つぎはぎの傭兵団”をご存じだったりしますか?」
俺を含め、全員の動きが思わず止まる。
聞いたことがあるというか。
「店長から聞いたことがあるんです。アヴェを襲った魔物の襲撃をたった“五人”で迎え撃って被害を出さずに守り切った傭兵団がいるって」
「たしか魔物の襲撃は正規軍が撃退したと聞いていますが」
ラスが店員の方を向かずに答える。
「正規軍の人達が市民の避難に手いっぱいだったのは知っています。私はその時からアヴェに住んでいましたから。だから魔物から守ってくれた人達が他にいるはずなんです!」
あの店主の話だけで信じるなんて思い込みがはげしい子のようだ。あの男は昔からあることないこと話すおしゃべり野郎だ。
横を確認するとノンは目をつぶって我関せず。すっと視線をスライドさせるとラスと目が合う。こういうのはラスに任せるのが良い。
首肯したこちらを見てラスは肩を竦め、店員の子に向き直る。
「それが“つぎはぎの傭兵団”だと。しかしそのような傭兵団は存じませんね」
「少し聞こえてしまったのですが、教会の方なんですよね。つぎはぎの傭兵団にも教会の司祭と同じように〈神聖呪法〉が使える方や女性の剣士がいたと噂で聞いたことがあります。····それに教会の方はわざわざ都市の外れにあるこのお店には来ません。知り合いの方、ううん、本人ではないですか?」
あ、さっきの驚いた時の声が聞こえていたのか。ラス、すまん。誤魔化してくれ。
流石に店員の子も後ろめたいことがあるのを自覚しているためか、徐々に声が弱弱しくなっていく。
この子も客の素性を詮索している自覚はあるようだ。暗黙的にそういうのは聞かない、聞こえても知らないふりをするのがこの手の店の流儀だ。こっちも悪いが、随分危なっかしいことをする。因縁つけられて襲われることだってあるのだ。
ラスも同じことを感じたのか。その店員に釘を刺す。
「その様子だとわかっているみたいですが、あまりこのお店の客の内情を口に出さない方がいいですよ。外からこの都市に来た人の中には自身のことを噂されるのを嫌う人がいます。お話なら別の話題にしませんか?ほらこの料理の事とか」
ラスに諭されて、店員は俯く。
言っていることは正論だが、ラスが言うことではないとは思う。
「すみません。良くない事なのは承知の上なのですが、どうしても“つぎはぎの傭兵団”の人にはお礼が言いたくて。私、このお店で働いているのもここでなら会えるんじゃないかと思ったからなんです。その傭兵団の人達がよく仕事終わりに使っていたお店がここだと店長に聞いて」
引き下がらないな。それほど本人にとって大事なことなのだろう。
それにしてもまたあのおしゃべり店主か。随分と口が軽いな。
「そうですか。その心意気はえらいと思います。ですがその質問をここでして回るのは危険ですし、やめるべきですね。傭兵同士なんて仲がいいとは限らないのですから。中には“つぎはぎの傭兵団”のことを恨んでいる傭兵がいるかもしれないのですよ」
“いるかも”と濁したが間違いなくいるだろうな。
ラスの忠告に再度シュンとする店員。
その様子に居た堪れなくなったのかラスは咳払いをして店員の顔を上げさせる。
「もう一度言いますが私達はその傭兵団とは違いますよ。今日ここに来たのはこの男がこの店の料理を久しぶりに食べたいと言い出したからです。ねえ、キン」
「悪いな。その傭兵団の人じゃなくて。店主とは昔の知り合いだから久しぶりにここの鳥の燻製を食べに来たんだ。何なら店主に確認してもらっていい」
「鳥の燻製?そう、ですか。ご迷惑をおかけしました。勘違いしてすみません!ゆっくりしていってくださいね!」
その子は落ち込んだ様子を見せながらも最後には笑顔で離れていった。不安もあったのだろう。そのまますぐに離れていった。
だが聞き回るのをやめるとは言わなかったな。
「わざわざ礼を言うためにこの店で働き、あまつさえ“つぎはぎ”の名前で聞き込みなど。危機意識が足りんな。随分平和な世界で生きてきたようだ。ここに“指輪”をしてこない程度の警戒心はあるようだが典型的な中央市民の娘だろう。ここで働き続ければ遅かれ早かれ問題を起こすな」
ノンは瞑っていた目を開け、吐き捨てるように呟いた。
言葉の節々に棘を感じる。中央市民に嫌な思い出でもあるのか?
「後で店主にはやめさせるように頼んでおくか」
「そうですね。あの店主ならちゃんと言えば上手く伝えてくれるでしょう。まあそもそもの元凶はあの店主があの子に傭兵団の話をしたからなので、その責任を取ってもらうくらいはしていただかないと」
「情報も訂正させておけ。あの時のつぎはぎの傭兵団は五人ではない。六人だった」
三人がいるテーブルに沈黙が走る。
――――〈魔法〉はただの力。どう使うかは私が決める。
――――私は正義の魔法使い、だから。
記憶の底に眠っていた彼女の面影が脳裏にちらついた。
「キン」
唐突にラスの纏う雰囲気が変わった。
ノンも僅かに周囲を気にしつつ、目線でラスに何かを促す。
「最近、魔物による被害がまた増えだしています。場所はこのアヴェを含む周辺の村だけでなく、ドミナス、ベネディクタでも魔物が確認されています」
ドミナスやベネディクタというとアヴェから馬車で数日の距離にある隣の都市だ。
ここ最近は魔物が目撃されたことのない都市だと聞いている。
そもそもアヴェ以外の都市は近年魔物の襲撃は発生していない。
通常魔物は滅多に姿を見せず、見せたとしても都市から離れた街道などの人通りの少ない場所であることが多い。
以前まではそんな目立つ動きをすることはありえない、というのが一般的な魔物に対する認識だった。しかし傭兵として最後に経験した戦いでもあるアヴェの魔物襲撃事件でそれも覆される。
当時その先入観のせいで正規軍は後手に回り、代わりに“つぎはぎの傭兵団”が最前線で魔物とかち合うことになった。
「被害は軽微ではあるものの、周辺の村では死人も出ています。我々教会も周辺の村までは警戒の範囲から外れており、後手に回ってしまいました」
「ラス、どうしたんだ急に。何の話だ」
「教会としては魔物が活発になった原因の特定と解決を求めています」
急に変わった話の流れについていけなくなる。
一体何を話そうとしている?
「正規軍でもこの件で複数の都市に部隊を派遣している。上はそれだけに留めず、より大規模な軍団を編成し動くべきとの声もある」
「キン。この都市、いえ、この国の歴史は詳しいですか?」
「······あまり詳しくはないな」
「我々が戦ったあの事件だけでなく、随分昔にも人と魔物の争いがあったそうです。その時も国中で魔物が暴れていた、と。その時の原因は“魔王”がいたからだと言われています」
魔王?魔物の王か?そんなものがいたのか。
いや、だからどうしたというのか。なぜこんな話をラスは俺に?ノンも事情は知っているようだし。
「教会ではその“魔王”が復活、もしくは新たに誕生したことが最近続いている魔物襲撃の原因と考えています」
「なので、「まわりくどい。さっさとキンに要件を伝えろ」······そうですね。単刀直入に言います。正規軍が魔王に対しての調査活動をしている中で、とある“魔物”の足取りを掴んだそうです」
――――私は魔法使い。
――――キン、私のことは忘れていい。今まで楽しかった。
「黒い三角帽子をかぶった、女の見た目をした魔物。現在も国内指名手配中の元つぎはぎの傭兵団の一員。チイです」
おぼろげになっていた少女の姿が鮮明に蘇った。
親方は言動がおっさんだけど歳はまだ若い。ただキンよりは歳上。
親方の両親は親方が幼い頃に流行り病で他界。少年時代は鍛冶の仕事を手伝う代わりに鍛冶師の家に居候させてもらい生活していた。
その時、世話になっていた鍛冶師が後の師匠にあたる。
口癖は「親方なら~~と言うぜ」