第1話最後の晩餐3
「どうって……」
正直な所、男は女の格好が少し気になっていた。
今は真夏だ。
気温は三十一度、とても暑い。
こんな暑い日に女は長袖のワンピースを着ている。
おまけに毛糸の赤い手袋を着け、厚手の長いタイツまで履いていた。
店の中はクーラーが効いていて寒いくらいだが、この女は、ついさっきまで外にいたのだ。
この格好でここまで来たのか?
日焼けを気にしているのだろうか?
その割に日傘を持っているようには見えなかった。
それに、女は大きなサングラスにマスクをつけていて、全く顔が確認出来ない。
ご丁寧にスカーフまでまいている。
「暑そうですね」
男は正直な感想を言った。
「ええ、暑いですわ。暑くて死にそうですわ。慌てて出て来たので、こんな格好で隠すしか無かったんですの」
女は、そう言って、ゆっくりとサングラスを外した。
サングラスとマスクに隠れて分からなかったが、女は左目に眼帯を付けていた。
眼帯は、血で赤く染まり、腫れているのであろう、こんもりと膨らんでいた。
男は、昔見た怪談話の女の幽霊画を思い出していた。
男の考えが分かったかの様に、女は怨めしそうな顔をすると、眼帯をずらして見せた。
男が両目を見開いて女の顔を見る。
「どうですか? 嘘みたいに腫れ上がっていますでしょう? 醜く爛れていますでしょう? 目があるのかどうかも分からない、どうしょうも無い様子でしょう! まるでお岩さんですわ! 貴方に手紙を頂く二日前、丁度、私がアレを落した日に、主人に殴られたものですわ」
女は、ずらした眼帯を元通りにして、サングラスを掛け直した。
「ええっと……ご主人と夫婦喧嘩か何か? その目の……傷? も、二週間以上前の物の割に生々しいって言うかジュクジュクしてるって言うか、血が滲んで少し垂れて来ていますよ」
男は、出来るだけ落ち着いた風を装って女に聞いた。
「気を使って落ち着いた振りをして下さっているなら、止めて頂きたいですわ。あの日以来、何度も殴られ続けて、傷がちっとも治らず、この有様です……もう分かりかと思いますけど、身体中、傷だらけで酷いんですの。満身創痍! それを隠すためにこんな暑苦しい格好をしているのです」
男は、知らないうちに、カタカタと貧乏揺すりをしていた。
(落ち着け! 女のあの有様と、自分が手に入れたアレと、何か関係があるのか?)
男は女の視線を感じる。
あの潰れた目で見ているのか、それとも、無傷のもう片方の目で見ているのか、あるいは両方か?
男は、落ち着け! 落ち着け! と、自分に言い聞かせる。
『コノ女ハオカシイ!』
『コノ女ハオカシイ!』
男の頭の中で繰り返す声。
この女はおかしいのかも知れない。
女の、この格好……。
『コンナコトデトリミダスナ! オチツケオチツケオチツケオチツケオチツケ……
落ち着け!』
男は気付いた。
テーブルの上で、軽く両手を組んでいる女の手が、小刻みに震えていた。
そうだ! 怖いのは自分だけでは無い。
女が怪我をしているからといって何だと言うのだ!
「お取り込み中、失礼いたします。お待たせ致しました。マンデリンとコーヒーのおかわりをお持ち致しました」
いつの間に側に来ていたのか、さっきの女性店員が男と女の前に注文した飲み物を置いた。
コーヒーの良い薫りがテーブルを包む。
店員が小さく一礼して去って行くと、男がコーヒーを口に運んだ。
程よい苦味が男の口の中に広がる。
良く温められたカップに、並々と注がれたコーヒー。
男は満足そうな表情を浮かべる。
女も、自分のカップに口を付ける。
「あぁ……」