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世界の代行者【第1章完結】  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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第7話 はじめまして

第1部 過去への贖罪

 ロビーの空気は静かだった。


 廊下を歩いてきた足音が、最後の一歩で吸い込まれるみたいに消える。


 中にいたのは、銀髪に眼鏡の男だった。


 身だしなみは隙なく整っていて、立ち姿にも無駄がない。


「お、君が一人目の新入生か。集合時間までは、まだ二十分あるが」


 声色は淡々としていた。


 感情の波は読みにくい。


 けれど、その視線だけは鋭くて、こちらの様子を一度でさらっていく。


「初日なので、早めに来ておこうかと思いまして」


「そうか。それは殊勝な心がけだ。――君、名前は?」


「鐡瑛志(くろがねえいじ)です」


 一瞬だけ、目の前の男の動きが止まったように見えた。


 驚きというより、確認に近かった。


 すでに知っていた名前を、目の前の本人と照合したような、ごく短い間。


 けれど、それも本当に僅かなものだった。


 男はすぐに、何事もなかったように口を開く。


「俺は壱番隊の副隊長、如月光月(きさらぎこうげつ)だ。よろしく」


「よろしくお願いします」


「全員が来てから、今日の予定を説明する。まだ時間があるから、そこに座って待っていてくれ」


「はい。失礼します」


 ソファへ移動して腰を下ろした、その直後だった。


 扉が開く。


 二人目に入ってきたのは、短く整えた茶髪の好青年だった。


 歩き方だけで、育ちの良さがなんとなく伝わってくる。


「君が二人目か。君も随分早く来たんだな」


「……二人目?」


 その男は一瞬だけ俺を見た。


 驚きというより確認。


 先に誰かがいることを、その場で確かめたような目だった。


 ただ、不快そうではない。


 むしろ、少しだけ面白そうにも見えた。


 それから如月へ視線を戻し、どこか納得したように名乗る。


「天宮蓮次(あまみやれんじ)です。よろしくお願いします」


「君が天宮(あまみや)家の次期当主、天宮蓮次(あまみやれんじ)か。俺は副隊長の如月光月だ。よろしく」


 如月はそこで軽く顎を引いた。


「君も、全員が揃うまで座って待っていてくれ」


「分かりました。失礼します」


 蓮次は一度だけ軽く頭を下げ、それからこちらへ歩いてきた。


「隣、座ってもいいか?」


「もちろん」


 蓮次が腰を下ろす。


 それから、改めて俺に向き直った。


「天宮蓮次(あまみやれんじ)だ。よろしく」


「俺は鐡瑛志(くろがねえいじ)。よろしくね」


 蓮次は少しだけ考えるような間を挟んでから、言った。


「……俺たち、同期になるわけだし、名前で呼んでもいいか? 嫌じゃなければだけど」


 押しつけじゃない。


 ちゃんと、断る余地を残した言い方だった。


「俺のことは蓮次(れんじ)って呼んでくれ」


 いきなり名前で呼ぶことに、少しだけ戸惑った。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 こういう距離の詰め方をしてくる相手は、今まであまり多くなかったからかもしれない。


「分かった。そうするよ、蓮次(れんじ)」


 そこで少し迷ってから、俺も言う。


「俺のことも、瑛志(えいじ)って呼んで」


 蓮次は小さく笑って、「よろしく、瑛志」と返した。


 その声が妙に自然で、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。


 それから俺たちは、他愛のない話をしながら、全員が来るのを待った。


 学院のこと。

 配属のこと。

 壱番隊がどんな場所なのか、まだ実感がないこと。


 蓮次は話しやすかった。


 必要以上に踏み込んでこない。

 けれど、こちらを避けるわけでもない。


 話しながら、ちゃんと相手の反応を見ている。


 そんな距離の取り方だった。


 しばらくして、蓮次が少し言いにくそうに声を落とす。


「……そういえば、どうやってここまで来たんだ? いや、その……魔力が無いって聞いてたし、実際、魔力も感じないから。気に障ったなら謝る」


 この踏み込み方が、蓮次の人柄そのものだった。


 興味本位で聞いているわけじゃない。


 こっちの反応を見ながら、慎重に距離を詰めてくる。


「全然気にしてないよ。魔力が無いのは本当のことだから」


 俺は少しだけ言葉を探してから、続きを口にした。


「通知書だよ。……これの案内通り来たら、辿り着けたんだ」


 嘘はつかない。


 けれど、全部を言うわけでもない。


 通知書を見て、道筋を辿った。


 それは本当だ。


 ただ、その途中で何を感じ、どうやって認識阻害の結界を抜けたのかまでは、まだ言葉にできない。


 いや、正確には、言葉にしていいのか分からなかった。


 蓮次は腕を組み、右手を顎に当てて考え込んだ。


 数秒後、納得したように小さく笑う。


「とりあえず、そういうことにしておこう」


 何かに気づいていそうなのに、深掘りはしない。


 その距離感が、俺には心地よかった。


 ふと、ロビーの奥で如月がこちらを見ていることに気づく。


 表情は変わらない。


 けれど、あの人は多分、今の会話も聞いていた。


 俺が全部を話していないことも。


 蓮次が、それ以上踏み込まなかったことも。


 それでも何も言わない。


 ただ静かに、時間が来るのを待っている。


 ロビーの外では、まだ誰かが来る気配はなかった。


 集合までは、まだ時間がある。


 けれど、この場所に足を踏み入れた時点で、もう何かは始まっている。


 そんな感覚だけが、胸の奥に薄く残っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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