表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の代行者  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/22

第17話 識別空間測定

第1部 過去への贖罪

 演習場の光が、再び組み替わっていく。


 さっきまで反応速度を測っていた空間が、静かに、だが明確な悪意をもって組み変わっていくのが分かった。


 壁面を走っていた発光ラインが、不規則に脈を打つ。

 床に描かれていた測定ラインが一度、すべて沈んだ。


 次の瞬間、白い床の上に、まったく別の幾何学模様がぞっとするほど冷たく浮かび上がる。

 天井では細かな機構が連鎖的に展開し、無機質な白の中から無数の(あな)が静かに口を開いていった。


 壁の凹みとは別に、新しい発射口が現れ、床にも細いスリットが幾本も走る。


 構造そのものが違う。


 そう理解した時、空気が変わった。


 さっきまでの張り詰め方じゃない。

 もっと嫌らしく、もっと実戦寄りだ。


 如月副隊長が、研修生たち全員をゆっくりと見渡した。


「第三項目、識別空間測定の説明をする」


 その声は低く、平坦で、無駄がない。


 なのに、その一言だけで場の空気が一気に張り詰めた。


「この測定で見るのは、さっきまでとは違い、反応速度じゃない」


 一拍。


「――()()反応するかだ」


 その言葉は、妙に重かった。


 胸の奥へ落ちた瞬間、すぐには飲み込めない種類の違和感になる。


「これまでの測定は、来たものを捌けるかを見ていた。だが実戦は違う。捌くべきものだけが来るわけじゃない。本物に混ざって偽物が来る。目に映るものが全て本物とは限らない。見えているものへ意識を持っていかれた瞬間、死角から本物が刺してくる。……それが実戦だ」


 誰も喋らない。

 白い演習場に、如月副隊長の声だけが冷たく、鋭く響く。


「反応対象は正面だけじゃなく、側面、背後、頭上、足元。全方向から来る。その中に、本物の脅威と偽物が混在する。フェイクに大きく反応して本物を見失った者は、その時点で大きく評価を落とす」


 如月は腕を組んだ。


「全部を対処しようとするな。本物だけに集中しろ」


 短い。

 だが、これ以上なく明快だった。


「測定は三段階で進む。最初は視界内の識別、次に死角が加わる。最後は全方位複合だ」


 あまりにも短い。

 だが、それで十分だった。


 長々と聞く必要なんてない。


 要点はひとつだ。


 見えたもの全てを対処せずに、本物だけを見極めろ。


「順番はさっきと同じだ。天宮から始める」


 蓮次が一歩前へ出た。


 白い光の壁の中心へ立つ。


 無音。

 白い床。

 閉ざされた空間。


 そこに立つだけで、演習場全体が蓮次を品定めしているように見えた。


 蓮次は足を肩幅に開き、力を抜く。


 姿勢は前までと変わらない。

 だが、視線だけが違った。


 正面を見ているようで、どこにも留まっていない。


 ひとつを見る目じゃない。

 全体へ、薄く、均一に意識を張る目だ。


「始め」


 開始のブザーが鳴り、最初の反応対象が発射される。


 正面。


 淡黄色の光の筋が、壁面から横薙ぎに(ひらめ)いた。


 明らかに目を奪うための光。

 見ろ、と言わんばかりの派手な軌跡。


 だが、蓮次は動かない。


 光はそのまま正面を横切り、何も起こさず消える。


 フェイク。


 そう理解するより早く、蓮次は最初から知っていたみたいだった。


 二発目。


 右側面から鋭い破裂音が弾け、耳の奥へ突き刺さる。

 反射で肩が跳ねてもおかしくない強さだ。


 蓮次の肩が、ほんの僅かに揺れる。


 だが、それだけ。


 動かない。


 実体がないものを見切るのが早すぎる。


 三発目。


 左側面のスリットが開いた。


 本物。


 低威力の疑似弾が白い空気を裂いて飛ぶ。


 速い。

 音もある。

 光もある。


 だが、さっきのフェイクとは“重さ”が違う。


 蓮次の左足が半歩引かれる。

 上体がほんの僅かに傾く。


 疑似弾は腰の横を掠め、後方へ抜けた。


 最小限。


 本当に必要な分しか動いていない。


 壁際で、誰かが息を呑んだ。


 四発目。

 五発目。

 六発目。


 目立つ光。

 鋭い音。

 背後を撫でるような圧覚(あっかく)

 床面を走る警戒光。


 虚実が、呼吸を乱すように交互に差し込まれる。


 それでも蓮次は崩れない。


 フェイクには、動かない。

 本物には、最小限だけ動く。


 その切り分けがあまりにも正確で、逆に気味が悪い。


「やっぱり、すごいな」


 俺は思わずそう零していた。


 七発目。


 正面に、巨大な閃光が走る。


 淡黄色の光が壁一面に広がり、一瞬、演習場そのものが白く焼けた。

 視界を奪うためだけに作られた、露骨なフェイク。


 隣で見ていた大山が、小さく身構える。


 だが蓮次は、瞼を僅かに細めただけだった。


 その直後、本物が来る。


 背後。


 スリットが開く気配が、見ている側にまで伝わる。


 蓮次は振り向かない。


 半歩だけ前へ出る。


 それだけで、背後から来た疑似弾は背中のあった空間を切り裂き、白い床に光の尾を引いて消えた。


 正面の派手な光へ目を向けさせ、その隙に背後を刺す。


 嫌らしい。

 本当に嫌らしい。


 だが蓮次はそれを、振り返ることすらなく処理した。


 視界内識別が終わり、死角混合識別へ移る。


 空気がさらに悪質になる。


 頭上で衝撃音。

 足元のスリット。

 背後の圧。

 側面で揺れる光。


 蓮次の動きは、段階が変わっても乱れなかった。


 足元の光が走る。


 動かない。


 フェイク。


 次の瞬間、頭上から本物が落ちる。


 蓮次は半歩だけ斜めへ滑り、そこから抜けた。


 頭上への警戒を切っていない。

 でも、足元のフェイクにも釣られていない。


 なるほど。


 一点を見るんじゃない。

 全方向へ、薄く、均等に、意識を敷いているのか。


 最後の複合空間識別。


 空間が、露骨に牙を剥いた。


 正面に派手な光。

 頭上で落下音。

 足元のスリット。

 側面から圧覚だけを伴う虚像。


 四方向。


 だが、本物はひとつだけ。


 蓮次はほとんど動かなかった。


 視線も、足場も、大きくは変えない。


 正面の光を切る。

 頭上の音も切る。

 足元のスリットも切る。


 そして側面から来た圧覚の中に紛れていた、本物の疑似弾だけを腕の内側で静かに弾いた。


 乾いた衝突音。


 終了のブザー。


 蓮次はひと呼吸置き、何事もなかったように光の壁から出た。


 派手じゃない。

 騒がしくもない。


 なのに、完成度だけが異様に高かった。


「次。本多哲也」


 本多が前へ出る。


 その背中を見た瞬間、分かった。


 肩の高さが違う。

 力が入りすぎている。


 本多は光の壁の中に立ち、僅かに奥歯を噛んだ。


「始め」


 最初の反応対象。


 正面から大きな光が走る。


 本多は反射的に半歩引いた。


 フェイク。


 次の瞬間、左側面から本物が飛ぶ。


 戻し切れていない。


 疑似弾が肩口を掠め、鋭い被弾音が鳴った。


「っ……!」


 小さく声が漏れる。


 その後も展開は似ていた。


 本多は速い。

 初動も鋭い。

 身体が動き出すまでの時間だけなら、かなり上位だ。


 だが、目立つものへ先に食いついてしまう。


 光に引っ張られる。

 音に引っ張られる。

 圧に引っ張られる。


 感覚が鈍いわけじゃない。

 むしろ、良すぎる。


 だからこそ、全部を対処してしまう。


 問題はそこだった。


 フェイクに大きく動く。

 大きく動いたぶんだけ、次の本物へ一拍遅れる。


 その小さな遅れが、積み重なっていく。


 死角混合識別に入ると、それは露骨になった。


 正面の光に釣られた瞬間、背後からの本物が脇腹を打つ。


 被弾音。


 頭上の落下音に反応して上体を沈めた直後、足元から走った本物が(すね)を掠める。


 また被弾音。


 本多の奥歯が、ぎり、と鳴ったのが離れていても分かった。


 それでも本多は止まらない。


 崩れても踏み留まる。

 釣られても次を見る。

 被弾しても視線を切らない。


 そこは確かに強い。


 だが、釣られる回数が減らない。


 そして複合空間識別に入った瞬間、それが一気に噴き出した。


 正面の閃光。

 右側面の圧覚。

 頭上の落下音。

 床面スリット。


 本多の身体が、全部に反応しかける。


 肩が上がる。

 重心が浮く。

 視線が散る。


 その一瞬。


 本物が背後低位置から滑り込んだ。


「ぐっ!」


 被弾音が鋭く響く。


 本多は反射的に振り向く。


 だが、その振り向きそのものが次の隙になる。


 左上方。

 本物が斜めに刺さる。


 腕で払う。

 間に合わない。


 掠る。


 さらに正面で派手な閃光。


 本多はそちらへ意識を引かれ、一歩踏み出す。


 フェイク。


 その直後、足元に本物。


 咄嗟に跳んで避ける。


 だが、跳んだことで姿勢が完全に浮いた。


 次の本物は側面。


 着地の瞬間を狙った一撃が脇を穿つ。


 連続被弾音。


 見ているだけで息が詰まる。


 本多は速い。

 確かに速い。


 だが、全部を捌こうとしてしまう。

 全部に反応しようとした瞬間、空間そのものに振り回される。


 それが、この測定の怖さだった。


 それでも最後まで本多は倒れなかった。


 荒くなった呼吸を押し殺し、食いしばりながら立ち続ける。


 最後の高密度複合を、半ば力ずくで切り抜ける。


 終了のブザーが鳴った時には、額に汗が浮き、肩が僅かに上下していた。


 本多は舌打ちを飲み込み、乱暴に息を吐いて光の壁から出る。


 悔しさが、そのまま背中から噴いているようだった。


 本多が列へ戻る。


 だが、測定はまだ終わらない。


「次」


 如月副隊長は淡々と次の名前を呼ぶ。


 別の研修生が前へ出る。

 白い光の壁に入り、中央へ立つ。

 開始の合図。


 そして、すぐに崩れる。


 正面のフェイクに食いつき、側面の本物に遅れる。

 頭上の落下音に肩を跳ねさせ、足元の本命を掠められる。


 被弾音。


 呻き。


 終了のブザー。


「次」


 間を置かない。


 また別の研修生が前へ出る。


 今度は視界内の処理だけなら悪くなかった。

 だが、背後に意識を割いた瞬間、正面低位置から滑り込んだ本物を見落とす。

 振り向きが大きい。

 一手ごとの動きも大きい。

 ひとつ捌くたびに、次の隙が生まれる。


 識別空間測定は、そういう粗さを徹底的に暴いた。


「次」


 また一人。


 足元のフェイクに釣られ、頭上の本物が刺さる。

 正面の閃光に視線を奪われ、死角からの一発に崩される。


 誰もが頭では分かっているはずだった。


 見えているもの全部に反応してはいけない。


 だが――分かることと、できることは違う。


 派手なものを無視するのは難しい。

 音を切るのも難しい。

 背後や頭上や足元まで含めて、空間そのものを薄く警戒し続けるのは、なお難しい。


 被弾音が重なるたび、その事実だけが白い演習場に刻まれていく。


 大山の番では、最初の視界内識別こそ悪くなかった。


 正面と側面だけなら、ちゃんと見て、ちゃんと処理していた。


 だが、死角混合識別に入った瞬間、動きが重くなる。


 背後を気にする。

 頭上も見る。

 足元も見ようとする。


 全部をやろうとして、全部が半端になる。


 正面の光をフェイクと見切った直後、背後の本物に遅れる。

 頭上の音に引かれまいとした次の瞬間、足元の本命を拾い切れない。


 理解が追いつくほど、身体が迷う。


 そういう崩れ方だった。


 別の研修生は逆に、最初から視界内へ割り切っていた。


 正面を捨てない。

 見える範囲の処理を優先する。


 だから単発の精度は高い。


 だが、複合に入った瞬間、それは通じなくなる。

 目の前を捌けても、死角から来る本物に対処しきれない。

 正しそうな動きが、段階が変わった途端に通用しなくなる。


 それもまた、この測定の嫌らしさだった。


 次々と、何人も測定が終わっていく。


 上手い者もいる。

 器用な者もいる。

 単発だけなら蓮次や本多に近い鋭さを見せる者もいた。


 だが、最後まで見ていると、はっきり残るものがあった。


 蓮次は完成度で抜けている。

 本多は粗いが、速さと押しの強さで上位に食い込む。

 他の研修生たちはそれぞれに強みを見せながらも、どこかで確実に釣られ、確実に乱れる。


 識別空間測定は、それを隠してくれない。


 誰が何に弱いのか。

 何に目を奪われるのか。

 どこで判断が遅れるのか。


 白い演習場の中で、それが順番に剥がされていく。


 そして――。


 全員の測定が終わり、残るは俺だけになった。


 名前が呼ばれるのを待つ。


 そして。


「最後。鐡瑛志」


 空気が、僅かに変わった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ