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世界の代行者  作者: 星之矢
第1章 始まりの過去編

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第16話 異質さと技術

第1部 過去への贖罪

 全員の測定が終わりいよいよ残すは俺だけとなった。


 名前が呼ばれるのを待つ。


 そして――。


「最後。鐡瑛志(くろがねえいじ)


 空気が、僅かに変わった気がした。


 俺は光の壁へ歩いた。


 一歩、二歩。


 白い床を踏みしめながら、浅く息を吸う。


 さっきまで見ていた。

 蓮次の動きも、本多の崩れ方も、他の研修生の癖も。


 だが、見るのと立つのは違う。


 光の壁の内側へ足を踏み入れた瞬間、空気の張りつめ方が変わった。

 外から見ていた時よりも、壁の凹みが近い。

 静かなはずなのに、何かが起こる寸前の気配だけが妙に濃い。


 ……このまま行くか。


 一瞬だけ考える。


 ただ反応するだけじゃ足りない。

 多分、この試験はそれを許さない。


 なら――使う。


 意識を深く沈める。


 視界の輪郭が、僅かに研ぎ澄まされた。

 白い壁。

 床の光。

 張りつめた空気。

 その奥にある、まだ形になっていない微細な揺らぎへ感覚を伸ばす。


「――解析起動ディセクト・アクティブスタート


 呟きに近い。

 自分にだけ聞かせる、起動の合図だ。


 頭の奥で、何かが噛み合う。


 演習場の壁に刻まれた細い凹み。

 そのさらに奥。

 力が走る前の偏り。

 現象になる手前の、源流だけが薄く浮かび上がる。


 まだ見えない。

 けれど、来る前の流れだけは拾える。


 充分だ。


 俺は光の壁の中心で足を止めた。


 白い床。

 淡いリング。

 壁の中心に立つと、壁の凹みが全方向に見える。


 どこから来るかは分からない。


 ただ、それだけは、はっきり分かった。


「始め」


 開始のブザーが鳴る。


 無音。


 その一拍が、やけに長い。


 息を吸った瞬間だった。


 背筋の奥が、ぞわりと粟立つ。


 光弾が見えてからじゃない。

 その前に、壁の奥で力が走る。

 どこで立ち上がり、どこへ抜けるのか。

 その流れを捉えた瞬間、解析起動が先に答えを切り出した。


 ――右。


 そう思った時には、もう身体がそこを外していた。


 スリットが走る。

 橙の光が飛ぶ。


 俺の右肘の横を、細い熱のない線が裂いて抜けた。


 避けた、という感覚が薄い。


 最初からそこにいなかった。

 そんな感じだった。


「……は?」


 後ろで、誰かが素で声を漏らした。


 次は左。


 今度は分かった。

 スリットが開く寸前、壁の奥で何かが走るような、ほんの僅かな違和感がある。


 左足のつま先を半寸ずらす。


 それだけ。


 踏み込まない。

 飛ばない。

 力も入れない。


 線だけ外す。


 光弾が脇腹の横を擦り抜けた。


 三発目――背後。


 振り返らない。


 首を少し傾け、右肩を落とす。

 背中のすぐ脇を橙の線が走り、裾だけを揺らして抜けていく。


 近い。


 かなり近い。


 なのに、当たる気がしなかった。


 空気がざわつく。

 壁際の誰かが、はっきり息を呑んだ。


 四発目、正面。

 五発目、左後方。

 六発目、右。


 速くなる。


 だが、焦りは来ない。


 どこから飛ぶかが分からない、という感じじゃない。

 飛んでくる“線”だけが、妙に鮮明だ。


 いや、違う。


 見えているんじゃない。

 その前に、どこから力が起こるかを拾っている。

 解析起動が、その流れを危険線に変えている。

 だから身体の方が先に知っている。


 正面から来た一発に、今度は避けず、指先だけを動かした。


 薄く力を走らせる。


 光弾の軌道が逸れ、壁へ吸い込まれるように消えた。


「迎撃まで混ぜるのかよ……」


 本多の低い声が聞こえた。


 七発目、背後。

 八発目、右。

 九発目、左。


 速度が上がるほど、逆に動きは削られていく。


 小さい。


 さらに小さい。


 大きく避けない。

 腰を浮かせない。

 呼吸も乱れない。


 必要な分だけ、そこから消える。


 それだけだ。


 十発目――正面。

 かなり速い。


 普通なら一歩引く距離。

 だが、俺は引かなかった。


 重心を斜めに沈め、上体を紙一重だけ傾ける。


 橙の線が鼻先を薙ぎ、背後で消えた。


 十一発目、左。


 これは迎撃した。


 指先に纏わせた薄い力で、飛来した光を叩く。

 弾ける。

 散る。

 消える。


 そして、十二発目。


 来る。


 背後。

 しかも速い。


 スリットが開くより僅かに早く、右足が斜め前へ滑った。

 背後から伸びた光が、さっきまで俺がいた位置を真っ直ぐ貫く。


 終了のブザー。


 演習場が静まり返る。


 呼吸はほとんど乱れていない。

 自分でも、少し気味が悪いくらいだった。


 だが、まだ終わりじゃない。


「そのまま後半に入る」


 足が止まる。


 副隊長の視線は俺ではなく、演習場全体を見ていた。


「ここから多方向連続反応だ。単発と同じつもりで動くな。一発に大きく反応した時点で、次に食われる」


 壁の発光ラインが鋭く脈打つ。


 さっきまで閉じていた複数のスリットが、同時ではなく、ずらして開いた。


 ぞくり、とした。


 今度は一方向じゃない。


「来るぞ」


 その低い声と同時に、最初の二発が飛んだ。


 正面。

 右。


 間隔はほとんどない。

 だが、完全な同時でもない。


 一発目に反応した瞬間、二発目が刺さる。

 そういう飛び方だ。


 嫌らしい。


 正面を半歩で外し、その流れのまま右から来た二発目を肘だけで躱す。

 飛ばない。

 踏み込まない。

 中心線をずらしたまま、次へ繋げる。


 三発目、背後。

 四発目、左。


 左へ流される。


 そう思った瞬間、戻さない。


 戻せば遅れる。


 流れを切らず、軸だけ通す。

 背後からの一発は肩の後ろを抜け、左からの一発だけを最短で外す。


 光が、視界の端を連続して横切る。


 速い。


 でも、まだ追える。


 五発目、正面。

 六発目、右後方。

 七発目、左。


 一発目に釣られて前へ逃げれば、二発目で背中を取られる。

 右を大きく避ければ、三発目の左で終わる。


 そういう並びだ。


「……っ」


 喉の奥で息が鳴る。


 だが、それも一瞬。


 正面を最小の体捌きで外し、右後方は肩の開きだけで流す。

 左から来た一発だけを手の甲で打ち落とした。


 弾けた光が、白い床の上に散って消える。


 壁際でまた誰かが息を呑む。


 まだ終わらない。


 次は三連続。


 右。

 左。

 背後。


 間隔がさらに詰まる。


 一発目に身体を振れば、二発目が刺さる。

 二発目で足を流せば、三発目が間に合わない。


 だから、大きくは動かない。


 右を首と肩で外す。

 左を腰だけでずらす。

 背後は前へ半歩。


 それだけ。


 たったそれだけで、三本の線が全部、俺のいた場所を外れていく。


 一発ごとの光を追っているんじゃない。

 壁と天井の奥で、次に立ち上がる流れだけを拾っている。

 それが繋がった瞬間、解析起動が危険線を切り分ける。


 線が引かれる前に、そこを空けている。


 そんな感覚だった。


「……なんだ、あれ」


 本多の声が、今度ははっきり聞こえた。


 最後の高密度連射に入る。


 壁。

 天井。

 複数のスリットが連鎖する。


 橙の光が次々と奔る。


 正面。

 右。

 背後。

 左。

 さらに正面。


 多い。


 だが、怖くない。


 一歩。


 いや、半歩にも満たない。


 斜めに軸を送る。


 一発目を外す。

 二発目は沈む。

 三発目に合わせて肩を切る。

 四発目だけを迎撃する。


 弾けた光の奥から、最後の一発。


 それに対して、俺は何もしなかった。


 ――何もしていないように見えるほど、小さく身体をずらしただけだ。


 光弾が胸の前を真っ直ぐ貫き、虚しく消えた。


 終了のブザーが鳴る。


 それで、ようやく演習場の空気が動いた。


 俺は姿勢を戻す。


 呼吸は荒れていない。

 足場も乱れていない。

 気づけば、光のリングの中央からほとんど動いていなかった。


 沈黙。


 重い沈黙。


 それを最初に破ったのは、本多だった。


「……見えてから動いてねぇだろ、今の」


「黙って見ていろ」


 如月副隊長の声が鋭く落ちる。

 本多が口を噤んだ。


 俺は壁際へ戻る。


 その途中、一瞬だけ如月副隊長と目が合った。


 眼鏡の奥の視線が、僅かに細くなる。


 それだけで、背中に冷たいものが走った。


 副隊長はタブレットへ視線を落とし、記録を一通り確認すると、静かに告げた。


「今ので第二項目、全員分終了だ」


 演習場前方の表示板に、全員分の記録が浮かぶ。


 天宮蓮次(あまみやれんじ)

 本多哲也(ほんだてつや)

 鐡瑛志(くろがねえいじ)


 他の生徒の記録まで表示される。


 細かな数値までは見えない。

 だが、差は分かった。


 蓮次は安定して高い。

 本多は初動こそ悪くないが、連続処理で目に見えて落ちている。

 そして――俺の欄だけ、表示が一拍遅れた。


 僅かな間。


 それから文字が出る。


《初動反応:極めて高水準》

《連続処理精度:高》

《動作効率:特異》


 特異。


 その二文字が浮かんだ瞬間、空気がまた変わった。


 本多が眉をひそめる。

 大山が無言で表示板を見上げる。

 蓮次だけが、静かに俺を見ていた。


 如月副隊長が口を開く。


「天宮」


「はい」


「君の強さは、反応が速いことじゃない。処理の質が落ちないことだ」


 白い演習場に、淡々とした声が落ちる。


「単発で捌ける者はいる。連続でも崩れない者は減る。密度が上がってなお動きの精度を保てる者は、さらに少ない。君はそこに入っている」


 蓮次は黙って聞いている。


「技術は整っている。再現性も高い。一度良い動きができるだけの者とは違う。今の君は、“同じ質の正解を繰り返せる”のが強みだ」


 一拍。


「だが、完成度が高い者ほど、自分の型に酔うな。整っている動きは武器になるが、整っているだけでは壊された時に脆い。条件を崩されても、その質を維持できるか。次に見るのはそこだ」


「はい」


 短い返事だった。

 だが、蓮次の背筋はさっきより僅かに伸びていた。


「本多」


 本多の肩がぴくりと揺れる。


「君は速い。踏み込みも強い。反応そのものは悪くない」


 一瞬だけ、本多の目に色が戻る。


 だが、次の一言で、それは叩き落とされた。


「だが、今のままでは“強く動いているだけ”だ」


 空気が止まる。


「一発ごとに全力で勝ちに行く。だから次に遅れる。勢いで押し切ろうとする。だから連続で崩れる。君は力がある。だが、その力を処理に変えられていない」


 本多の奥歯が噛み締められる。


「勘違いするな。実戦で評価されるのは、派手さじゃない。生き残る動きだ。今の君の動きは目立つ。だが、目立つだけで終わっている」


 白い床の上で、本多の拳が震えていた。


「悔しいか」


 本多はすぐに答えられなかった。


「……はい」


「なら覚えておけ。その悔しさを“熱さ”のまま持っている限り、また同じ所で崩れる。噛み砕け。次に繋がる形に変えろ。感情に振り回されるな。感情を使え」


 本多が顔を上げる。


 如月の視線は冷たいままだった。


「君の武器は、前へ出る意志そのものだ。だが、意志だけでは勝てん。勢いを雑さの言い訳にするな。力があるなら、なおさら丁寧に扱え」


「……はい」


 低い声だった。

 だが、さっきより深く刺さっているのが分かった。


 副隊長の視線が、最後に俺へ向く。


「鐡」


「はい」


「君は、教えにくい」


 一瞬、場の空気が止まった。


「型が粗い。理屈もまだ薄い。再現性の保証も見えん。普通なら評価しにくい動きだ」


 胸の奥が、僅かに強張る。


 だが、如月副隊長はそのまま言葉を継いだ。


「だが――厄介でもある」


 低く、静かな声だった。


「君の動きは、飛んできたものへの後追いの反応じゃない。発動した後ではなく、その前段階を拾っているように見える」


 誰も口を挟まない。


「どうやったのかにしろ、今の君は“見て解く”より先に“動きに変えている”。そうでなければ、あの軌道の外し方にはならない」


 その言葉が、真っ直ぐに刺さる。


「理屈の外にある感覚は、時に型より強い。だが、理屈の外にあるままでは武器としては不安定だ。だが、次も、その次も同じとは限らん」


 胸の奥が、僅かに熱くなる。


「自分でも説明できないものに甘えるな。感覚は武器になる。だが、磨かなければ偶然で終わる。君が持っているのは“異質さ”だ。まだ“強さ”にまではなっていない」


 痛いところを、正確に突かれた気がした。


「ただし――」


 一拍。


「磨ければ、誰より厄介な武器になる」


 演習場が静まり返る。


 その一言が、何より重く残った。


 如月副隊長は視線を全員へ巡らせる。


「第一項目で見えたのは制御だ。第二項目で見えたのは反応と連続処理の質だ。だが、それだけで終わるなら浅い」


 冷たい声が、白い空間に落ちる。


「単純な刺激に反応できるだけなら、訓練した者ならある程度は到達する。だが実戦は、親切に正解だけを寄越してはくれん」


 場の空気がまた締まる。


「本物に紛れて偽物が来る。脅威に見えて脅威でないものが混ざる。逆に、目立たない本命が死角から刺さる。そこで釣られる者から死ぬ」


 その声は淡々としているのに、やけに重かった。


「次で見る」


 一拍。


「速く動けるかじゃない。何に動くべきかを、見極められるかだ」


 空気が変わる。


 今までとは別の緊張が、場に沈んだ。


 識別空間測定。


 その言葉を聞いただけで、喉の奥が少し乾いた。


「第三項目――識別空間測定へ移る。気を抜くな」


 副隊長が告げると、演習場の光がまたゆっくりと組み替わり始める。


 さっきまで反応速度を測っていた空間が、今度は別種の錯覚と判断を要求する試験場の顔へ変わっていく。


 白い壁の光が不規則に揺らぎ、床面のラインが幾何学模様のように組み替わる。


 ただ速く避けるだけでは済まない。


 そう言われている気がした。


 その白さの中で、俺はまだ少しだけ、自分の指先を見ていた。


 無意識に避けたつもりはない。


 だが、本当に“見てから”だったのかと問われると、自分でも分からない。


 来ると思った時には、もう終わっていた。


 そんな感覚だけが、妙に鮮明に残っていた。


 そして次は、ただ来るものを捌くだけじゃない。


 紛らわしいものの中から、本当に反応すべきものを選ぶ試験だ。


 胸の奥で、息が細くなる。


 ――ここからが、また別の意味で厄介だ。

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