第9話 『MPI』は当てにならない
第1部 過去への贖罪
如月副隊長に案内されて辿り着いたのは、巨大な円形空間だった。
そこは、普通の訓練場とは明らかに違っていた。
天井は高く、壁面には無数の発光ラインが走っている。
床は白を基調としていて、磨き上げられた表面が光を淡く反射していた。
周囲には観測機器らしき装置が等間隔に並んでいる。
「ここが、演習場となる『複合現実演習場』だ」
その時だった。
ひとりの女性隊員が、軽い足取りで如月副隊長に近づき、肩をぽんと叩く。
「副隊長、お疲れさま~。準備、ぜんぶ終わってるよー」
「ああ、ありがとう」
副隊長は女性隊員から、上下が一体化したトレーニングスーツを受け取った。
それを俺たちの方へ向けて広げる。
「今から、これに着替えてもらう。全員分ある。受け取った者から順に更衣室で着替えろ。更衣室は案内させる。着替えたら、ここへ戻ってこい」
「はーい、取りに来てー」
女性隊員が手を振る。
俺たちは順番にスーツを受け取った。
生地は見た目以上に軽い。けれど、触れた感じは妙にしっかりしていて、ただの訓練着じゃないことが分かる。
「それじゃ、更衣室に案内するね~。ついてきて」
女性隊員はくるりと踵を返し、俺たちを先導した。
途中で振り返り、にこやかに名乗る。
「あ、私は本庄亜美。よろしくね!」
柔らかい笑みを浮かべたまま、俺たちの顔を順番に見回した。
「みんな緊張してるでしょ。表情、固い固い」
先に口を開いたのは蓮次だった。
「如月副隊長は、いつもあんな感じなんですか?」
「うーん、そうだねー。副隊長は不愛想だし、怖いって思われがちだけど、本当は優しいんだよ。みんな信頼してるし」
本庄先輩は人差し指を立てて、ちょっと誇らしげに言った。
「ただ、誤解されやすいだけ。あと――」
そこで少しだけ声を潜める。
「私、この隊に三年いるけど、副隊長の笑った顔は一回も見たことないんだよね~」
副隊長は、本当に笑わない人らしい。
「はい、着いたよ。奥が女子更衣室、手前が男子更衣室ね」
俺たちは更衣室へ入り、それぞれスーツに着替えた。
最初は少し大きいかと思ったが、袖を通した瞬間に生地が身体へ吸い付くように密着する。
「……すごいな、これ」
「ほんとだ。着た瞬間に調整された」
俺と蓮次は、腕を動かしたり、軽く屈伸したりして感触を確かめる。
締めつけ感はないのに、身体のどこにも遊びがない。妙に動きやすかった。
「じゃあ、戻ろうか」
「うん。そうだね」
更衣室の出口へ向かったところで、本多が入口の前に立ち塞がった。
あからさまに、俺を睨んでいる。
「俺はまだ、お前のことを認めてねぇ」
低い声だった。
「結界を抜けて時間に間に合ったからって、それで終わりじゃない。お前より俺の方が上だって、ここで証明してやる」
宣戦布告だった。
「お前みたいな訳の分からない奴に負けるなんて、俺のプライドが許さねぇ。測定が何だろうが関係ない。絶対に負けないからな」
周囲にいた生徒たちも足を止め、こっちを見ている。
本多の言葉に乗せられるように、何人かは俺を見る目を鋭くした。
ここまで言われて、黙って引くわけにもいかない。
――なら、結果で示すしかない。
「分かった。俺も、全力で相手になるよ」
本多は舌打ちを残して、更衣室を出ていった。
他の生徒たちも、その後に続く。
「俺たちも行こう」
「ああ」
蓮次は短く頷き、俺の後ろについてきた。
演習場へ戻ると、如月副隊長が全員の顔を見渡した。
「揃ったな。今から測定時に使用する端末を配る」
本庄先輩が端末を載せたトレイを持ってくる。
薄い板状の機器で、画面部分だけが少し厚い。手首に巻くには少し大きいように見えた。
「それが魔力流動観測帯だ。今日一日、お前たちの体内を流れる魔力反応を常時計測する。取得したデータは中央管理室へリアルタイムで送信される」
副隊長は演習場上部のガラス張りの一角を一瞥した。
そこが中央管理室らしい。
副隊長は一拍置いて、話を始める。
「見るのは魔力量だけじゃない。安定性、変動幅、消耗後の推移まで含めて記録する。後でMana Potential Index――魔力量指数として整理される。訓練内容や任務の幅を決める基準にもなる。だが、勘違いはするな。“魔力が多い”ことと、それを“扱える”ことは別物だ」
たしかに、その評価基準は俺には不利だ。
けれど、今さらどうにもならない。
「装着方法を説明する。画面側を手首の外側に当て、端末側面の両端を同時に押せ。ベルトが展開される」
俺たちはそれぞれ右手首に端末を装着した。
次の瞬間。
『生体認証を登録しました。お名前を教えてください』
「――っ!?」
脳内に直接、機械音声が響いた。
装着した全員が、同じように一瞬たじろぐ。
俺も端末に向かって名前を告げた。
『ようこそ。鐡瑛志さん。これより魔力量を計測します』
……俺には魔力が無い。
なら、何が出るのか。
それだけは少し気になった。
『体内流動エネルギーをスキャン。魔力規格外反応を検知。現代魔術理論外エネルギーを確認。計測結果――魔力量、計測不能。非魔力系統反応と断定』
やっぱり、そうなるか。
それとも、魔力以外の反応をここまで拾えたことに驚くべきなのか。
如月副隊長が左耳のインカムに触れる。
副隊長の視線を追うと、演習場上部の中央管理室では、見知らぬ男が端末らしき機器を操作しながら何かを伝えていた。
「……魔力量計測は終わったようだな。その観測帯は、戦力評価測定の間も計測を続ける。手を抜くことは許さん」
その一言で、弛みかけていた空気が引き締まる。
「それでは、戦力評価測定の概要を説明する」
副隊長の声が、演習場の中央に通る。
「第一項目は、魔術制御測定だ。精密命中制御力、出力継続調整能力、――大きくはその二つを見る。その中で最初に見るのは、精密命中制御力だ。まずは一つの的を正確に撃ち抜けるか、そのあと複数の的を時間内に連続で落としてもらう」
壁面の発光ラインが明るさを増し、演習場の奥に複数の標的が浮かび上がる。
そこで本多が、拳を握りしめて前へ出た。
「早く始めましょう! 俺は自分の実力が知りたいです! ……それに、こいつには負けられません!」
本当に分かりやすい。
その熱に当てられるように、俺の中にも静かな火が灯る。
「それでは、第一項目を始める」
如月副隊長の声が、複合現実演習場の中央に静かに通った。




