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夜光虫  作者: オータ
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第16話

「どうして喧嘩になったんですか」



 新婦の家の中に引きずられてきた二人は、ボロボロの姿のまま、それぞれ視線を宙に漂わせた。



「……たぶん、チョコとバニラのイタズラがきっかけです。俺が用意したのは本当に水と砂糖水でした。

あの二人が今どこに隠れてるのか分かりませんが……俺がいない隙にコップの中身を白酒とすり替えたようです」

「まだそんな嘘をついて好かれたいのか!?最初からアンタが用意してたんだろ!」



 新郎はもはや悲鳴のように叫んだが、その前に新婦の母親が歩いてきた。

年を増すごとに隣人は、貫禄も比例して増している気がする。



「ジャンボは確かにウチの水道の水を汲みに来たよ。「もうちょっとマシな案はなかったのか」って聞いたら「式の邪魔だけはしたくない。地雷を踏んでその後に響いたりしないよう、ずいぶん調べた」なんて言ってたね」



 静かだが、有無を言わさぬ説得力を感じ、新郎はもうなにも言えなかった。

ジャンボは虚ろな目のまま、三人に深く頭を下げた。



「俺が全ての原因です。やはり俺なんかが祝いの席に出るべきではなかった。

式を……台無しにしてしまった」



 ギラついた刃までも失った、力のない声だった。

ふらつくように立ち上がり、ジャンボはまた頭を下げる。



「帰ります。どうか、式は続けてください。お二人の今後が幸せであるよう祈ります」



 ふらふらと出ていくジャンボは空虚なだけでなく、泥のような闇に覆われていた。隣人はいても立ってもいられず追いかけた。

隣人の彼の名を呼ぶ声が響く。


 その声を聞いてようやく呪いが解けたように、新郎は肩の力が抜けて、後悔が責め寄せてきた。



「ごめん……本当に……どうかしてた……」



 顔を覆う新郎を見て、新婦は決心したように息を吸い込んだ。



「全部、聞こえてた。いつまでも私の心にジャンボさんがいると、あなたが苦しげに叫んだ声も」



 新郎は、うっと言葉を詰まらせた。

なにか取り繕おうとしたが、なんの言葉も出てこなかった。

アレは、あの言葉だけはずっと押さえ込んでた本心だったから。



「真剣に話すから、よく聞いて」



 新婦は新郎としっかり向かい合い、決して目をそらさなかった。



「私にとって確かに、ジャンボさんはただの友達以上に特別な人だった。

最初にアナタが話しかけてくれたのも、私が失恋して公園で大泣きしてたからだものね。

その後も友人として彼と過ごすことになったけど、やっぱり好きだったよ。

アナタに告白されるまでは」



 新婦は新郎の両手をそっと包んだ。



「私を支えてくれたのはアナタだった。立場だって全然違うのに、いつも気さくに優しく接してくれた。告白されてからやっと気がついて「あ、私、この人のこと好きだ」って思ったの。

それまで失恋でいっぱいだった部分が全て、アナタの心で癒されてた」



 新婦は自分の手が少し震えるのを感じた。

きっとこの続きも話さなければならない。彼の心に巣食った不信は、確実に自分の気の迷いのせいなのだから。



「なのに……私は……結婚を決めてから日が進むにつれて、恐ろしくなったの。

本当にアナタの妻として務まるだろうか。ちゃんと結婚生活を送れるだろうか。

それになにより……アナタの親戚が怖かった」



 静かに聞いていた新郎は表情を変えて、彼女の手をそっと握り返した。



「親戚がなにか君に言ったのか?」



 新婦は首を横に振る。



「その逆で、私にはなにも伝えないようひた隠しにされてた。

まるでアナタを腫れ物扱いして、欠点のひとつもバレないように。

私、本当はアナタがお酒の席で暴れたって話も知ってた。

だからその事についても聞いてみようとしたら、逆に罵られそうな勢いで止められて……私はアナタをあんな扱いをする親戚と上手くやれるか本当に……怖くなってしまったの」



 新婦はゆっくり目を伏せて、苦悩に満ちた視線を手の上に落とした。



「誰にも相談できなかった。なんて話したらいいかも分からなかった。もちろんジャンボさんにも話したりはしてない。

でも……私は心の奥底で「逃げ出したい」と思った。「ジャンボさんが私を連れて逃げてくれればいいのに」なんて無責任で身勝手なことを思った」



 新婦は一気に話し終え、そっと息をつく。目を伏せたまま新郎から手を離した。



「なにも行動に移したりはしてない。ジャンボさんにとっても迷惑な話だったと思う。

だから……破談でも私は受け入れます」



 しばらく静寂が続く。

もう新婦はなにも話そうとせず、審判の時を待つように、ぐっと唇を結んでいた。

新郎はそんな彼女の両手を引き寄せる。



「今日、ドレスを着て待ってくれていた間も同じことを思ってた?」



 新婦は首を横に振った。



「私の中の葛藤はもう決着がついてた。アナタやアナタの親戚が怯えているような影はもういないと思ったの。それに今日の喧嘩を目にしても私は……アナタを愛してると思った」



 新婦は新郎の瞳をみつめた。

嘘のない真っ直ぐな目だ。この目を好きになったんだと、新郎は出会った日のことを思い出していた。



「……君を不安にさせてたのは、俺の心の弱さのせいだ。もし……許してくれるなら、どうか俺と結婚してください」



 新婦は驚いた。そして2回目のプロポーズに頷いた。



「私がアナタを不安にさせたのも、私の心の弱さのせいだった。……許してくれるなら……私と結婚してください」



 新郎は新婦の両手を握りしめ、深く頷いた。

お互いに少し泣いていた。けれど、ようやくこの一件は解決したのだ。


 ジャンボを除いては。

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